俺は新たな技術の開発に没頭していた。
日本での知識を頼りに、この世界に
あれから三日間にわたる試行錯誤の末、ついに最初の蒸気機関が完成した。
作業場に訪れてきた家老の
「若、本当にこれが動くのですか?」
伝助の目の前には、金属の管と筒、大小の歯車が組み合わさった奇妙な機械が置かれている。
たしかに見た目は少し不格好ではある。
技術的な部分で未熟なところもあり、理想的な形には程遠い。
それでも、蒸気機関には変わりなかった。
「伝助、安心しろ。みんなで三日三晩かけて作ったんだ、動かないなんてことはないさ」
自信満々に答えたものの、内心では不安もあった。
この世界の金属技術は現代日本には遠く及ばない。
その制約の中で作り上げた蒸気機関が、果たして思い通りに動くだろうか。
俺は蒸気室に水を灌ぐと、いまや俺の助手となっている灯里へと声をかける。
「
「はい、若様!」
俺の合図に、灯里が
灯里の能力を使えば一瞬で火が燃え盛るが、今回はあえて通常の方法で火を起こしている。
それは灯里がいなくとも蒸気機関が動くのかを検証するためでもあった。
「若様、これで良いんですか?」
「ああ、この炉で水を沸かし、蒸気の力でピストンを動かす。そして
俺の説明を聞いた灯里が、真剣な表情でうなずく。
彼女は最初から俺の計画に興味を示し、作業中も側にいてくれた。
文明を発展させるための技術革新が、これからの潮見城にとってどれほど重要か、灯里は理解している。
炉の火が徐々に強くなり、上記室内の水が沸騰し始めた。
蒸気が管を通り、ピストンに圧力をかける。
最初の動きは微かだったが、ギシギシという金属音とともに、ピストンがわずかに上下し始めた。
それを見た灯里が、目を輝かせながら小さく叫ぶ。
「動いてるっ!」
初めはぎこちない動きだったが、水温が上がるにつれて、蒸気の勢いも増していく。やがて車輪は安定したリズムで、勢いよく回転するようになった。
その様子を目にした伝助が、息を呑むようにつぶやく。
「こ、これはすごい……!」
伝助の顔から半信半疑の表情が消え、驚きと畏怖の色に変わった。
生き物のように動き続ける機械は、この世界の住人からすれば未知の装置でしかない。
人の力を加えずに、ただ水と火だけで動く装置。
その光景は、この世界の常識を根底から覆すものだった。
「…………若、この蒸気機関とやらが量産されれば、戦の在り方すら変わるでしょう」
伝助の言葉には重みがあった。
これは単なる発明ではなく、戦場の覇権を左右する力そのものでもあることに、気が付いたのだろう。
そのことを家老である伝助が察してくれて、心の底から嬉しくなってしまう。
「ああ、伝助の言う通りだ。だが、これはまだ始まりにすぎない。改良の余地は山ほどあるからな」
俺は満足げにうなずきながら、次なる改良点を頭の中で整理していた。
効率を上げるための調整、より強い材質の確保、そして何より、この技術を実用化するための設計図の作成が必要となる。
その夜、俺は疲れた体を引きずるようにして寝室へと向かった。
三日間ほとんど眠らずに作業を続けていたため、頭はぼんやりとしている。
しかし扉を開けると、部屋の中に人影があった。
一瞬緊張したが、月明かりに照らされた紫色の髪を見て、すぐに誰なのか悟る。
「
彼女はいつものフードを被っておらず、手には一枚の紙を持っていた。
近づいてみると、それは俺が描いた蒸気機関の設計図だったということがわかる。
紗夜の視線は図面の細部を追い、淡々とした表情を浮かべていた。
「紗夜……勝手に人の部屋に入るなよ。それに、その設計図は触るな」
俺の忠告に対して、紗夜はまったく気にした様子もなく、指先で設計図を軽く弾いた。
設計図をおもちゃのように扱うその仕草には、好奇心と何か別の意図が見え隠れしていた。
やがて紗夜は設計図を懐にしまい、さも当然のように俺に告げる。
「これを『
「…………冗談じゃない。設計図を返せ」
俺が手を伸ばそうとした瞬間、紗夜は無言のまま一通の密書を差し出す。
その内容を目にした瞬間、俺の体から力が抜けた。
密書には、俺の身の回りの世話をする
重三郎は、灯里を教団から奪い取った際に俺の言葉を誤解して、灯里に俺の夜の相手をさせようと準備をしていた部下だ。
しかしその密書には、重三郎の名とともに『
「こ、これは……!?」