実は潮見城が現在建っている場所は、本来の計画地とは異なっていた。
城の建設が開始された当初、地下の洞窟が崩落する事故が発生した。
そのため、やむを得ず城の建設地を移転するということがあったのだ。
しかもその崩落事故により、旧潮見城の水道網はほぼ完全に破壊され、一部の水路は放棄されたままとなっている。
徳兵衛は幼少期に、この放棄された水道を偶然発見していた。
幼かった徳兵衛は廃井戸を探検している際に、潮見城の本丸へと続く地下通路を見つけてしまったのだ。
好奇心旺盛だった幼少期の徳兵衛は、そのまま地下通路を探索した。
水路は様々な道に分岐し、迷宮のように複雑に絡み合っていた。
だというのに、たまたま潮見城の本丸へとたどり着いてしまったのだ。
徳兵衛がその秘密の道を発見したのは、本当に偶然だった。
子どもである徳兵衛にとって、それは世紀の大発見だと喜び、すぐさま父親にその話をした。
だが父親からは称賛ではなく、厳しい折檻と冷たい言葉を浴びせられた。
『徳兵衛、よく聞け。本丸への不正侵入は死罪だ』
父親の言葉は絶対だ。
徳兵衛はこれ以来、その秘密を胸の中へと封じ込めた。
あれから十年以上の月日が流れ、あの秘密の抜け道を見つけたことによって、唐丸から潮見城を裏切るよう提案されている。
「
「どうやら徳兵衛は忘れているようだな。お前はたまに、酒の席で地下通路について豪語していたことがあっただろう?」
「そ、そういえば……」
その時、徳兵衛は思い出した。
酒に酔ったことで口が滑り、幼少期に見つけた地下通路のことを宴席の場でつい喋ってしまっていたことを。
「お前は、『自分なら本丸に忍び込むことなど容易い』なんて言いふらしていたようだな。オレのところまでその噂が流れてきたぞ」
その徳兵衛の「
潮見城の情報を持っている人物を、唐丸は人を使ってずっと探していたのだ。
「忘れるなよ、これは徳兵衛を見込んでの話だ。徳兵衛でなければ、
その風間城の城主である石川武彦は、皆本守の潮見城独立政策に対して、強い不満を抱いている。
潮見城の経済を独立させ、風間城の支配から脱しようとする皆本守の動きは、風間城の貴族たちの利益を脅かしているとのことだった。
しかも唐丸の叔父は、風間城の城主石川武彦の側近だ。
その縁を通じて、風間城主の意向を受けた唐丸は、皆本守への「警告」として、潮見城の食糧庫を焼き払おうとしているのである。
唐丸は、徳兵衛にこう話す。
「食糧庫は城内にあるが、警備が厳重で正面からの侵入は難しい。そこで、徳兵衛の出番ってわけだ」
「……俺の地下通路の話を、利用するつもりなんだな」
「そうだ。お前なら、本丸に忍び込めるんだろう?」
「…………たしかに、できる」
徳兵衛であれば、外から本丸へ侵入することは容易だ。
「出世のチャンスだ、徳兵衛にとっても悪い話じゃない。だから、オレたちを案内してくれ」
「……………………」
徳兵衛は、即答できなかった。
なぜなら──。
「これは……裏切りだ」
もしも潮見城を裏切れば、徳兵衛は憧れの存在である武士の誇りを捨てることになる。
それだけじゃない。
もしも潮見城の食糧庫を燃やすことに成功すれば、潮見城の人々が飢えに苦しむことになるのだ。
「唐丸、俺は…………」
「なあ徳兵衛。悩む必要はないんじゃないか?」
「うっ…………」
唐丸の脇差が、徳兵衛の喉元に押し当てられる。
その瞬間、徳兵衛の選択肢から、拒絶という言葉が消え去った。
「さあ徳兵衛、案内しろ」
「………………わかった」
拒否することは許されない。
徳兵衛は、腹をくくった。
唐丸は立ち上がると、テーブルに代金を置きながら、酒屋の主人にこう言い放つ。
「店主、会計だ。そっちのテーブルのやつらの分もな」
徳兵衛と唐丸が立ち上がったのと同じタイミングで、隣のテーブルの男たちも席を立つ。
唐丸は、彼らの分の会計も払うと言った──つまり隣の男たちは、唐丸の仲間だったのだ。
──俺は最初から、見張られていたのか。
徳兵衛がここから逃げるチャンスは、元からゼロに等しかった。
もしも唐丸の話を無理やり断って外に逃げ出していたら、この男たちが自分を始末していたのではと悟ってしまう。
それによく見てみれば、この男たちの顔は見たことがない。
風間城の手の者なのだろう。
唐丸は風間城の男たちと一緒に、徳兵衛を囲んだ。
「徳兵衛、そう怖がるな。オレたちはもう仲間だ」
「そ、そうだな……」
「だから、このまま潮見城に潜入する。地下通路まで、案内してくれるよな?」
「……ああ、もちろんだ」
唐丸は徳兵衛と肩を組みながら、廃井戸へ案内するよう促してきた。
徳兵衛に拒否することはできない。