俺は机の上に広げた設計図を見つめながら、深いため息をついた。
「やっぱり、そう簡単に銃は作れないか……」
目の前にあるのは、
現代の知識を活かして、この世界に銃を導入しようとしていたのだが、実際の製造はどうにも思い通りにいかなかった。
「最大の問題は、銃身の加工だな。精密に作るとなると、いまの技術では限界があるようだ」
机の上には、銃の試作品が数本並んでいる。
だが、これらは失敗作だった。
蒸気機関を応用して、高硬度のドリルを作ることもできた。
しかし、その先に壁があった。
蒸気機関の初号機は、耳を塞ぎたくなるような轟音と大きな振動を伴い、精密な作業にはまったく向かなかった。
おかげで銃身を貫通させるはずの穴はわずかに曲がってしまい、実用に堪えない代物になってしまったのだ。
「この蒸気機関では、回転速度を一定に保てない……安定化させるには、
それを実現するには、
旋盤を作る時間は、いまの潮見城にはない。
「このままだと、『
銃の量産による部隊の大規模武装を断念せざるを得なかった。
だから、計画を修正するしかない。
「大量生産が無理だとしても、質を上げることはできるんじゃないか?」
思考を切り替えよう。
「大規模生産ではなく、熟練した鉄工職人による手作業で銃身を鍛造する方法……これなら数は少なくとも、実用性のある銃を作ることができる!」
大量生産は諦め、熟練した鉄工職人による手作業での製造に切り替える。
生産速度は落ちるが、灯里の「
しかも、それなら暴発の心配もなくなる。
「だけど、これで全軍に銃を装備することは不可能になった……であるならば、少数精鋭にするしかない。銃は限られているんだから、最も優秀な兵士だけを選抜して、そいつらに銃を与えるんだ」
ちょうど適任者がいる。
海潮族のパールは、潮見城で最も戦闘に長けた男だ。
彼の目であれば、きちんと精鋭を選び抜くことができるだろう。
「少数精鋭の銃部隊…………良いじゃないか。使いどころが難しくはなるが、戦術の幅は広がるぞ」
そのためにも、武器の最適化も進めよう。
「よし、やるか!」
道筋が決まれば、あとは実行するだけ。
戦国時代風の異世界で、銃を作る。
こんなにワクワクすることはない。
そのことを想像するだけで、寝不足による疲れはどこかへ吹き飛んでしまった。
◇
「今日もまた、何もできなかったな……」
彼は半月前に、城主である
前任者である
しかしそれからの二週間、徳兵衛は何の功績も立てられていない。
それが徳兵衛を悩ませていた。
「俺は、立派な武士になるって決めたのに……!」
徳兵衛の夢は、武勲を立て、立派な武士として認められることだ。
だが、
徳兵衛は、先日の出来事を脳裏で思い出す。
自分の目の前で、鍛え上げられた武士ではなく、名もなき農民や労働者たちが訓練を受け、あまつさえ統一された装備を与えられていった。
その一方で、徳兵衛には単調な巡回任務しか与えられない。
平民を重視し、従来の家来たちを遠ざける。
城主は、武士の価値を軽んじているように見えた。
──まさか、俺は城主様に忘れられたのか?
「俺は……何のために、ここにいるんだ?」
焦燥感が徳兵衛の胸を締め付けていく。
その時、暗い感情を吹き飛ばす声が、背後からかかる。
「徳兵衛、交代の時間だぞ」
「ああ、もうそんな時間か。じゃああとは、よろしく頼むよ」
これから寝ずの番をする者と交代した徳兵衛は、見張り塔から離れた。
そして、街のほうへと歩いて行く。
「約束の場所は……たしか、ここだったな」
徳兵衛は今夜、同じ巡回隊の一員である
待ち合わせ場所である酒場に入ると、見知った顔が手を上げる。
「徳兵衛、こっちだ」
「悪い、待たせたな」
唐丸は、すでに酒を飲み始めていた。
すぐさま徳兵衛も酒を頼み、二人で乾杯をする。
潮見城名物の海産物のつまみを口に運びながら、唐丸とたわいのない話を始めた。
仕事を忘れ、友人と談笑にふける。
落ち込んでいた徳兵衛にとって、それは至福の時となった。
そしてテーブルの上にあるつまみをすべて食べきったところで、唐丸がゆっくりと切り出す。
「お前、武士になりたくはないか?」
唐丸のいきなりの問いに、徳兵衛は口を開けて驚いた。
「急に何を言っているんだ、唐丸?」
「実はな……」と、唐丸は声を潜めながら話を続ける。
「オレの叔父は
思いがけない名前を耳にして、徳兵衛は息を呑む。
風間城は、潮見城の西に位置する大きな城だ。
その城主は、潮見城を含む広大な地域を実質的に支配している。
「唐丸、どういうことだ?」
「ここだけの話だが、風間城の貴族たちは、最近の皆本様の動きに不快感を抱いている。特に風間城の影響力を排除し、潮見城の経済を独立させる動きが、風間城の利益を脅かしているのが原因だ」
「そ、そうなのか……?」
「だから風間城の城主は、このままではならぬと、皆本様に対して『忠告』を与えるつもりだ」
「忠告だって?」
「ああ。潮見城が傷つけば、皆本様も自分がどれだけ愚かなことをしているか自覚できるだろうからな」
「でも、忠告っていったい何をするつもりなんだ?」
「それはなあ、徳兵衛──」
唐丸は身を乗り出して、こう提案する。
「皆本様が買い集めた食糧を燃やせばいい」
「食糧を!? そんなこと、できるはずがない!」
「できるさ。なぜなら徳兵衛は、皆本様の近侍になったんだからな」
「お、俺が……!?」
「そうだ、徳兵衛が潮見城の食糧を燃やすんだ。そうすれば風間城の城主は、お前を武士として召し抱え、領地を与えるだろう」
徳兵衛は唐丸の話を聞いて衝撃を受けながらも、すぐさま考え込む。
この申し出が単なる「おいしい話」ではないことは理解している。
裏切りの罪は重い。
一度踏み込めば、後戻りはできないだろう。
しかしそれでも、「武士になる」という夢と、土地を得るという誘惑は、あまりにも大きかった。
せっかく城主の近侍になったというのに、つまらない巡回仕事ばかり。
手柄は平民である民兵たちが上げ、歴とした身分である自分は閑職に置かれ続けている。
これまで溜まっていた鬱憤も重なり、その甘い誘惑に心が揺れ始める。
そして気が付けば、徳兵衛はこう口にしていた。
「…………もしこのまま潮見城にいても、俺はただの雑兵で終わるだけじゃな
いか?」
徳兵衛の心の中に、ほんのわずかな迷いが生じた。
それが、すべての始まりだった。
◇
ちょうどその頃、皆本守は
しかしその一方で、彼の知らぬところで、新たな陰謀が動き始めていた。
炎が潮見城を焼き尽くす夜が──刻々と近づいていた。