俺は政務室で一人、今後の戦略を練っていた。
『
相手は、人外の化け物たちだ。
つまり、従来の軍事訓練だけでは不十分だろう。
「荒獣は知能が低く、単純な突撃を繰り返す傾向があるらしい。でもその巨体から発せられる怪力は常人の想像を超えており、通常の武器では致命傷を与えるのも困難なのか」
政務室に集められた荒獣の資料を読みながら、俺は打開策を言葉にする。
「なら、次元の違う武器が必要だな」
刀や弓矢が荒獣に効かないなら、もっと強い武器を使えばいい。
それこそ従来の武器よりも、一つ次元が上の物を。
「やはり、『
火薬があれば、その破壊力は弓矢などとは比べ物にならない。
荒獣にも通用するはずだ。
「問題は、
火薬の原料となる硝石は、一応この戦国風の世界にもあるらしい。
しかし実戦レベルの火銃はまだ開発されていなかった。
「火銃がないのなら、日本に伝来した
理由は単純。
種子島と呼ばれる火縄銃は、湿気に極端に弱い。
『紅雨季』の間、潮見城は三ヶ月間ほぼ連続して降る雨の中で戦うことになる。
火縄銃のような火縄を点火する方式の銃器では、実戦での運用がほぼ不可能だった。
「それなら、
近世以降に確立された
燧発式銃とは、いわゆるマスケット銃などが当てはまる。
この銃は、火縄を使わず、
「
燧発銃の製造には、火薬の安定供給が不可欠。
密かに硝石の購入を進めていたが、まだ十分ではない。
硝石の輸入量を確認しようと書類に目を通した瞬間、突然背後から声がかかる。
「最近、大量の
振り返ると、紫色のショートヘアの少女──
紗夜が現れるときは、いつもこうだ。心臓に悪い。
「またお前は、勝手に政務室に忍び込んで……」
「それより皆本守、なぜ天塩を大量に買い込む必要がある?」
天塩──つまり、硝石のことについて、紗夜は気になっているらしい。
さすがは忍者のようにいろんな情報を入手している影の"みこ"だ。
俺が考えている銃の発明についても、もう目をつけられてしまった。
「俺が天塩を買う理由…………それは」
紗夜がごくりと息を呑むのを見計らって、俺は高らかに宣言する。
「しめさばを作るためだ!」
「…………しめさば」
「そうだ、じめさばは旨いんだぞ?」
「………………そう、
紗夜は俺の説明に納得したわけではなさそうだったが、それ以上は何も言ってはこなかった。
むしろ、紗夜は天塩についてではなく、俺自身に興味があるようだった。
──なんだか、いつもの様子と違うな。
せっかくの機会だ。
この際、紗夜のことについて探ってみよう。
「紗夜は好きな食べ物とかないのか? 『
「私が好きな食べ物? そんなこと、今まで考えたこともなかった……」
「どうやら『血塗れのみこ』には、俺みたいな人間はいないみたいだな。前から気になっていたんだが、『血塗れのみこ』はどんなところなんだ? 紗夜はいつから、そこに?」
俺の質問に対して、紗夜はゆっくりと時間をかけてから答える。
「五年前まで、別の場所で過ごしていた。それまでは……ある人物に仕えていた」
紗夜の口調は淡々としていたが、「仕えていた」という表現から察するに、過去に何らかの主従関係があったのだろう。
紗夜の雰囲気からしても、それは納得のいく答えだった。
「仕えていたって、どんな人に──」
「邪魔をした。私は帰る」
俺の質問から逃げるように、紗夜はいそいそと席を立って、政務室を後にした。
誰にでも、聞かれたくないことというのがある。
紗夜にとって、俺が質問したことはそういう話だったのだろう。
「紗夜がいないと、静かだな」
政務室には、俺しかいない。
秘密の作業を進めるにはちょうど良いが、紗夜のように話し相手がいないのも寂しいものだ。
「……さてと、作業に戻るとするか」
書類を広げて、設計作業を進める。
燧発銃は、すでに歴史上で長期間運用され、その有効性が証明された兵器だった。
一発ごとに弾丸と火薬を込める必要はあるものの、射速は1分間に3発程度であり、荒獣に対しては十分な戦力となり得る。
「でも、問題はどうやってそれを作るかだな。金属加工ができる職人がいるかどうか……」
燧発銃を製造するには、複雑な金属加工技術が必要だ。
「最大の問題は、『
銃身は長く、かつ内部を均一に滑らかにする必要があるため、従来の手工業では非常に時間がかかる。
「でも…………もし、蒸気機関で鋼鉄のドリルを回転させれば、銃身の穴を短時間で開けることができるんじゃないか?」
通常、銃身の製造には、鉄の棒を鍛造して穴を貫通させるか、鉄板を巻いて溶接する方法が用いられていた。
しかし、この工程は高度な技術を要し、工匠の熟練度に依存する部分が大きい。
蒸気機関を使った穴あけの技術──ドリリング技術を応用すれば、短期間で銃身の大量生産が可能になるはずだ。
「燧発銃が完成すれば、潮見城の防衛戦術は大きく変わるぞ!」
接近戦を回避し、遠距離から荒獣を迎撃できる。
統制の取れた銃隊を編制すれば、数十名でも大軍に匹敵する火力を発揮できるだろう。
戦士の個人技能に依存せず、一定の訓練で実戦投入が可能となる。
「民兵たちをただの『足軽』から、『銃兵』に成長させることも夢じゃないぞ!」
しかし、そのためには準備が必要となる。
「蒸気機関を活用した銃身加工技術、安定した火薬の製造と弾丸の確保、射撃訓練を行って実戦レベルの部隊を編制すること──道のりは長いな」
それでも、燧発銃の開発は単なる兵器の導入ではなく、潮見城の軍事技術そのものを変革する可能性を秘めていた。
「燧発銃までのロードマップは長いが、それでもやる価値がある」
もし実現すれば、それこそ世界が変わるだろう。
「技術の進歩は、戦いの形を変える。新たな兵器を持つ者こそが、次の時代を支配することは、歴史が証明している」
そのためにも、さらなる改良が必要だ。
俺は設計図に墨を入れながら、ロウソクに火を灯す。
今晩は、寝ずの作業になるだろう。
「みんなを守るためには、やるしかない…………なら、やってみせるしかないなッ!」
『紅雨季』まで、残された時間はわずか。
新たな時代の幕開けを、この潮見城から、俺自身の手で切り開いてみせる!