俺は日が昇る前から城を出て、新しく建設した兵舎のそばに立っていた。
しばらくすると扉が開き、寝ぼけ眼の男たちがぞろぞろと外へ出てくる。
卵が好物なあの青年、
彼らは皆、先日俺が民兵として雇った者たちだ。
「おはよう。今日も訓練を始める」
眠気を拭いきれていない彼らは、ぼんやりとした表情で俺を見つめた。
なぜ城主である俺が、こんな朝早くから民兵たちの前にいるのか、不思議そうにしている。
たしかにその通りなのだが、組織というのは作った最初が肝心だ。
だから今だけでも、なるべくこの民兵たちの世話をしてやりたいと、なんとかスケジュールを組んでいるのだ。
「整列しろ! このまま海岸まで走るぞ!」
俺は本格的な軍隊訓練の第一歩として、民兵たちに列隊と姿勢訓練を徹底させた。
単なる力仕事ではなく、統率の取れた集団を作るための第一歩である。
そんな彼らへは、報酬として食糧──特に卵を利用することで、訓練への積極的な参加を促した。
やはり空腹には正直なようで、食べ物のために民兵たちは指示通りに訓練を行っている。
おかげで最初はバラバラに動いていた者たちも、徐々に集団行動という名の新しいルールに従い始めていた。
俺は整列した民兵たちを、ゆっくりと確認しておく。
「そこ、少しだけだが列が歪んでいるぞ。姿勢も良くしろ……そうだ新之助、その体勢を維持するんだ!」
当初、新之助をはじめとする民兵たちは、この訓練方法に戸惑っていた。
戦うために志願したにもかかわらず、俺が発した最初の命令は「立つこと」「列を作ること」だったからだ。
しかし、集団行動を続けたことで、民兵たちも次第に理解したのだろう。
初日と比べると、積極的にルールを守ろうとしてくれている。
「みんな、よく聞け! これはただの身体鍛錬ではなく、戦いに必要な秩序を作るための訓練なんだ」
そのためにも、俺はこれから民兵たちに朝食として配布する食料を手に取る。
「食糧は列を作って受け取ること。順番を守らない者、争う者には罰則を与える!」
俺は訓練の一環として、食糧の配給にも厳格な規律を導入した。
当初はこうしたルールに戸惑いを見せる者もいた。
これまでの潮見城では、避難民や労働者が配給に殺到し、早い者勝ちで食糧を奪い合うのが常識だったからだ。
だが、数日が経過すると、次第に民兵たちは列を作ることに慣れ、規律を受け入れるようになっていった。
食糧配給の現場での混乱が減少し、統率が取れた行動が次第に形成されつつあったのだ。
「戦いは、剣を振るう前から始まっている。統制のない集団は、ただの暴徒だ。お前たちが荒獣と戦うには、まず一つの集団として動けるようにならねばならない」
そうなれば、生存率も上がる。
みんなの命を預かる身としては、一人でも多くの民兵たちに生き残ってもらいたい。
「そのためにも、そろそろ次の段階へ移行する頃合いだな」
基本的な列隊訓練と立ち姿勢の維持が定着しつつあることを確認すると、次の訓練を開始する。
民兵たちの訓練を補助する伝助たちを集めると、俺は彼らに訓練計画の書類を渡す。
「今日から、民兵たちに以下の訓練を追加する」
・走り込み(持久力の強化)
・集合訓練(命令への即時対応)
・連携演習(集団行動の基礎)
「こうした訓練に加え、夕食後には『文化教育』を導入するつもりだ」
俺の発言に対し、家老の
「若、ひとつ質問がございます。なぜ民兵たちに、文化教育など取り入れるのですか? 荒獣との戦いに関係ないように思えますが……」
「知識のない兵士は、戦場ではただの駒にすぎない。俺は民兵たちに、自分で考えるための頭を持って欲しいんだ」
「ですが、彼らは平民ですよ?」
「平民だが、民兵でもある。強い軍隊とは、武力だけではなく、状況判断能力と学習能力を備えているものだ」
「それはそうですが……」
「歴史を思い出せ、伝助。学ぶ力のない軍は、長期的には必ず滅びる」
前世での歴史書から得た知識だが、この原則は異世界でも同じはずだ。
単なる命令の執行者ではなく、自ら考え、状況に応じて行動できる兵士が必要となる。
だからこそ、戦い方だけでなく、読み書きや計算、指揮の基礎を学ばせることで、単なる戦力ではなく、戦略的思考を持つ兵士へと育てることが重要だった。
「某には、まだ若の真意が読めません」
「それでもいい。いずれ、伝助にもわかる時がくるはずだ」
納得した様子を見せる伝助に対して、俺は新たな指示を告げる。
「そうだ、伝助。パールを隊長の一人に任命するつもりだから、そのつもりでいてくれ」
「あの海潮族のパールを!? さすがにそれは危険すぎます。異民族は信用できません」
この世界において、異民族は信用されず、しばしば差別の対象となっていた。
特に貴族社会では、『異民族は裏切るもの』と考える風潮が根強い。
それでも、俺はその古臭い考えを改めたかった。
「出自で判断するな。俺は能力があれば、その者を重用するつもりだ」
それは海潮族だけでなく、平民出身の民兵たちにも言えること。
「それにたとえ海潮族であっても、潮見城に住む限り、すべての民は同じ法の下にある」
「異民族に法など、理解できるのでしょうか?」
「できるさ、異民族だって俺たちと同じ人間だからな。そもそも出自によって差別することは、城の発展を妨げるだけだ。」
俺がそう言うと、伝助は黙り込んだ。
彼の頭の中で、長年刷り込まれた価値観と、俺の言葉が衝突しているのだろう。
「伝助、わかってくれ。今後、兵の数を増やすには、新たな指導者が必要になる。そのためには、出自に関係なく、有能な者を登用しなければならないんだ」
「…………承知致しました。若の考えることは、某には考え付かないことばかりなのは、今に始まったことではありませぬ」
「ありがとう、伝助。俺の計画を成就するには、伝助の力が必要不可欠だ。これからも頼りにしているよ」
「若……」
この日を境に、伝助の意識が何か変わったようだった。
民兵たちの訓練にも、積極的に参加してくれるようになった。
その一方で、俺の政務は火を追うごとに増えて行った。
民兵たちの訓練、潮見城の統治、新しく始まった貿易について、建造中の石垣プロジェクト、やることは山のようにある。
その影響で、次第に朝起きるのが遅くなり、寝起きの悪さが増していった。
次の日。
朝起きた俺がいつものように政務室に到着すると、すでに紗夜が待ち構えていた。
「皆本守、遅いですね。遅すぎるので、私が食べておきました」
よく見ると、朝食が半分ほどに減っている。
「紗夜、さすがに礼儀をわきまえろ」
思わず眉をひそめて言ったが、紗夜は意に介さない様子で軽く笑う。
「……皆本守は、そんな形式張った礼儀が好きだったか?」
その言葉に、俺は返す言葉を失った。
確かに俺自身、過度な礼儀作法を好む性格ではない。
それは俺の前世である原田悟も、この体の持ち主だった皆本守も同じだ。
事実、俺は形式張った礼儀を革新させ、新しい秩序を作るために必死になっている。
「まあいい。それは紗夜が食べてくれ、俺は新しい朝食を頼むとするよ」
「そう言うと思って、皆本守の分はすでに用意している」
紗夜がどこからか、朝食が乗った盆を取り出した。
見間違いでなければ、影の中から出てきたように見えたが……。
「食べるがいい、皆本守。私からのプレゼントだ」
「紗夜が作ったわけじゃあるまいし……それでも、ありがたく頂戴するよ」
俺は椅子に座り、紗夜が用意した食事に手を伸ばす。
その間、紗夜がじっと俺を観察している気配がした。
「なんだよ紗夜、俺が食べるところを見るのが、そんなに面白いか?」
「気にしないでいい……私はただ、あなたをずっと見ているだけだから」
「そうか、それならまあ、いいか」
箸を使って、漬物を口に運ぶ。
その様子を、紗夜が静かに見守っていた。
紗夜とこういった時間を過ごすことは、前よりも多くなっていた。
最初は俺のことを監視するかのように黙って見るだけだった紗夜だが、最近はこういった遊び心が芽生えている。
俺たち二人の関係は、「形式」張った監視から、「自然体」でいる時間へと変化しつつあった。
俺は久しぶりに、鑑定スキルを使って紗夜のステータスを確認してみる。
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みこの資質:影
近接戦闘力 A (→ S)
遠隔戦闘力 B (→ B)
俊敏力 A (→ S)
最大魔力 B (→ A)
学習能力 D (→ B)
成長力 C (→ A)
親密度 D 【レベルアップ!】
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俺に対する紗夜の親密度が、EからDへと上昇していた。