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第42話 新しい訓練方法

新之助しんのすけは、城主である皆本守の命令に従い、民兵たちと一緒に潮見しおみ城の東にある海岸までやって来た。

背後には、現在建設中の石垣がそびえ立ち、目の前には果てしない荒海が広がっている。


波の音が響くなか、潮見城主である皆本守は、民兵たちに指示を飛ばす。


「列を組んで立て。そして、休め」


単純な指示だったが、新之助はすぐに気づいた。

この砂地は、立つには最も適さない場所だ。

足元はぬかるみ、長時間同じ姿勢を維持するのは難しい。


そんななか、皆本みなもとまもるは厳しい指示を放つ。


「そこのお前、横にズレすぎだ。そっちは前に寄りすぎ。隊列を崩さないよう、全員が意識して列を保て! たかが隊列と思うかもしれないが、訓練では一切の妥協は許さない!」


城主である皆本守の命令に、背けるはずがない。

民兵たちは真面目に、隊列を保とうとする。


それでも新之助は、次第に足に疲労を感じ始めていた。


「立つだけで、こんなにきついのか……?」


皆本守の命令は、『隊列を崩さないようにすること』という、単純なものだった。

しかし足場が悪い砂浜で長時間立ったままとなると、想像以上に難しい。


「ここで倒れたら、なんのために民兵に志願したんだかわからない……なんとか耐えてみせるぞ!」


この訓練の後には昼食が待っている。

訓練を耐え抜いた者には「ゆで卵が一つ追加される」と皆本守が告げていた。


卵好きの新之助にとって、その言葉がなによりも励みになる。

新之助は、ただその一つの卵のために、全身汗だくになりながらも必死に耐えた。



そしてやっと休憩時間が訪れ、じばしの休息を挟む。

新之助が疲れを癒やしていると、皆本守が新たな指令を出す。


「次の訓練は、全員が微動だにせず立ち続ける。もし一人でも脱落したら、全員の卵を没収する!」


その瞬間、場の空気が張り詰めた。

新之助は、周囲の者たちがゴクリと唾を飲み込むのを聞く。

みんな、訓練後の卵を楽しみにしていたのだ。


新之助は、悟る。


「これが、貴族のやり口か……」


貴族は食べ物をエサにして、民を動かす。

それは今まで散々見せつけられてきたやり方だった。


しかし、それでも新之助は、卵のために耐えることを決める。


「やってやる……卵を口に放り込むまで、なんだって耐えてみせるぞ!」




家老かろうである伝助でんすけは、皆本守の新しい訓練方法をじっと見つめていた。


──この訓練方法は、正しいのだろうか?


伝助は、皆本守のやり方に疑問を抱いていた。

彼の家は、代々の武士家系であり、独自の戦闘訓練法を持っていた。

その訓練法では、個の力を鍛え、剣術や体術を徹底的に磨くことが重視されている。


しかし、皆本守の方法は、まるで違った。

皆本守が求めているのは、「個々の強さ」ではなく「集団としての規律と統率力」だったからだ。


「若は、組織された軍隊の戦い方を目指しておられるのか」


そのためにも、まず民兵たちに「個人ではなく、集団として動くことの重要性」を

叩き込もうとしているのだろう。

だがそれが、伝助には理解できない。


「若は民兵たちを、どうするおつもりなのだろう……」


伝助は自分の主である皆本守へと目を向ける。

その時、一瞬だが伝助と皆本守の視線が交差した。

しかし、皆本守の目は揺るがない。


「……若は本当に、潮見城を変えようとしているのだな」


この日、潮見城に新たな戦術の概念が生まれた。



『個々の剛勇ではなく、秩序と団結による戦い』



皆本守の意図は明確だった。


潮見城の民兵は、武士のように一騎当千を求められるのではなく、統制の取れた軍隊として機能することが重要だと宣言したのだ。


この日から、潮見城の兵士たちは、まったく新しい訓練を受け始めることと

なる。


それが戦乱の世を覆す新時代の幕開けだということに、まだ伝助は気が付いていない。

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