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第41話 民兵を軍隊に

潮見しおみ城に集められた百数名の民兵たちは、初めての訓練を迎えていた。


俺は訓練場の端から、目の前に集まった男たちを見渡す。

彼らは先日集まってもらった民兵であり、潮見城の未来を託す新しい軍となる男たちだ。


そんな民兵たちに対し、伝助が号令を発している。

伝助でんすけには、民兵たちの、隊列の整列と基本的な体力訓練としての走り込みを指揮するよう、あらかじめ命じてあった。


しかし、彼らの訓練風景を眺めていると、なにか異変に気が付く。


「これは、もしかして…………」


伝助には、組織的な軍隊の訓練経験がない。

そもそも伝助の家系は代々武士であり、彼が知る戦士の訓練は、あくまで個の武芸を鍛えることを主眼としたものだ。

伝助にとって、軍隊とは精鋭の武士を中心に構成され、個々が優れた戦闘能力を持つことが重要なものであり、大人数の歩兵をまとめる経験はなかった。


「これじゃ、ただの烏合うごうしゅうのままだな」


俺は伝助の傍まで移動すると、肩に手を置く。


「伝助、交代だ。あとは俺にやらせてくれ」


「交代ですか!? 若、某にやらせてください!」


「いや、訓練を見ていたら、俺もちょっと指揮をしたくなってみたんだよ。だから気にするな」


俺が目指すのは、烏合の衆でも、武士を真似た平民の集団でもない。

これまでの武士中心の戦い方とは違う、組織された近代的な軍隊を作るのが目的だ。


「全員、整列しろ!」


単純な指示だったが、集団行動をしたことがない民兵たちは、早くも苦戦していた。

やはり個としてではなく、集団としての意識を作ることが先決だろう。


「聞け! 今日から始まる訓練は、お前たちが今まで見たことのないものになる。お前たちに求めるのは個の強さではない。集団としての強さだ!」


不満そうな表情を浮かべる者、困惑した顔をする者、様々な反応が見られたが、誰も声を上げる者はいなかった。


「この訓練では、お前たちの体だけはなく心も鍛える。仲間と共に苦しみに耐える力を鍛えるんだ」


彼らは今日、初めて会ったばかりの者たちだ。

まずは仲間意識を作って、連帯感を育むことが必要だろう。


「さあ、始めるぞ。列を完璧に組め。一人でも乱れれば全員やり直しだ」


民兵たちに指示を飛ばすなか、俺は伝助に新たな命令を下す。


「パールを連れてきてくれ。あいつもこの訓練に参加させる」


海潮かいちょう族のパールでございますか?」


「そうだ、パールは荒海あらうみでの生活に慣れているが、集団戦闘の経験は乏しい。民兵と同様に規律の中で動くことに慣れていないから、ここで一緒に訓練してもらおう」


パールは、荒獣こうじゅうを倒すほどの実力者だ。

そんなパールが民兵に混じって集団戦を学べば、さらなる戦力として期待できる。



伝助が訓練場から走っていくのを見送っていると、民兵の中にいる一人の若い男が目についた。

彼は他の者たちよりも、必死に訓練に励んでいるように見える。


気になった俺は、その男に近付いて声をかけてみる。


「お前、名前は?」


「じょ、城主様!? わ、わたくしは、し、新之助しんのすけと申します!」


新之助と名乗った彼の声は緊張していたが、目は決意に満ちていた。


「新之助は、どうして民兵に参加したんだ?」


「弟を……去年の紅雨季こううき風間かざま城で失いました。食べるものがなく、飢えで……」


新之助の言葉に、周囲の男たちが沈黙する。

多くの者が、新之助と似たような経験を持っているのだろう。


毎年、紅雨季になると、潮見城の民は風間城へ避難することを強いられる。

しかし、風間城は避難民に対して十分な食糧を提供することはなく、貴族や

上級武士たちが優先的に配給を受ける一方で、貧しい民衆は飢えに苦しんだ。


新之助の弟は、食べるものを得られず、衰弱し、静かに息を引き取ったそうだ。

風間城での避難生活の悲惨さは、それほどまでに過酷なのだ。


「弟さんが……だから今年は、潮見城に残るのか?」


「はい。城主様が『潮見城を守る』と言われたのを聞いて、希望を持ちました!」


新之助の言葉を聞いて、胸の奥が熱くなるのを感じる。

自分の発言によって、人の心が動いたことが、たまらなく嬉しかった。


「それとですが、250文という報酬の存在も大きかったです。農民として働いていても、一生稼げない額だったもので。あとは、兵士になれば卵が食べられるっていう話も……」


えへへと頭をかく新之助。

たとえ卵目当てだったとしても、民兵の選抜基準は厳しかったはず。

それでも新之助は頑丈な体格と力強い体力のおかげで審査を通過し、最終的に選ばれた百数名の一員となったそうだ。


俺は新之助に「期待しているぞ」と声をかけてから、その場を離れる。

新之助のような意欲的な若者が参加していることがわかっただけで、民兵を招集したかいがあったというものだ。


俺は民兵たちに向かって、大声で命令する。


「お前たち! このまま列を保ったまま、海岸まで走って移動するぞ!」

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