目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第40話 新たな戦力

「それが、機械きかいの力だ」とはいえ、問題もある。

蒸気機関じょうききかんは確かに工業化の象徴であり、第一次産業革命の礎となった技術だが、潮見城には、まだ工業革命を起こすだけの環境が整っていない。

技術者もいなければ、蒸気機関を量産するための鋳造所も存在しないのだ。


それでも、俺には考えがある。


「まずは鉱山こうざんから変えていくことで、徐々に蒸気機関の活用範囲を拡大する。最終的には潮見城で、工業化の基盤を築く。そのたも手持ちの資金を投じて、最低でも三台の蒸気機関を製造する」


「まずは鉱山からで、ございますか」


「機械を作って、鉱山で使用して初めての実用化になる。鉱山労働者の負担軽減と生産性向上を最優先とし、まずは工業化への実績を作ることが重要だ」


「そんな夢物語のような機械が、本当に作れるのでしょうか……?」


「作れる」


俺は自信を持って答えた。

前世の知識があれば、十分に実現可能だ。


「蒸気機関は、この城を変える鍵になる」


伝助は黙ってうなずくと、静かに退室していった。

彼の背中からは依然として疑念が漂っているように感じたが、いずれ成果を見せれば理解してくれるだろう。




数日後。

俺は城の訓練場に立っていた。

そこには伝助によって選抜された民兵の候補者たちが集まっている。


だがその光景を目にした瞬間、俺は思わず内心で落胆した。

そこに集まっていたのは、貧しい身なりをした男たちばかりだったからだ。


多くは農民や漁師、中には商人の使用人と思われる者もいる。

彼らの服装は粗末で、中には靴すら満足に履いていない者もいた。


「なあ伝助……これが選抜された者たちか?」


伝助は俺の声のトーンを察したのか、少し身を縮めながらも毅然と答える。


「はい。男性、罪人でない者、十八歳以上四十歳以下、身体に障害のない者。若が指示された選抜条件の通りでございまする」


確かに、俺が提示した条件どおりだ。

しかし、この条件を満たす者の中で、まともな装備を持つ者はほとんどいない。


──この時代の生産力を、まだ舐めていたな。


戦乱と不安定な社会情勢の影響で、民衆の大半が満足な服すら手に入れることができていない。

彼らをこのまま兵士にするには、明らかに装備が足りなかった。


ふと、脳裏にこの世界の戦争のあり方が浮かんだ。

貴族たちは武士を主戦力とし、それを支えるために平民を動員する。


彼ら平民は訓練も装備も与えられず、ただの足軽あしがるとして戦場に駆り出されるだけでなく、「戦闘員」ではなく、「弾除け」として消費される存在だった。


それが、この世界における戦争の常識だ。


皆本守の記憶を通じて、俺が知っていたのはそういう現実だった。

だが、俺は諦めない。


「ならば、変えるまでだ。俺は平民を、ただの捨て駒にはしない」


俺は小さく呟くと、集まった男たちの前に立った。


「諸君、俺は皆本守だ。潮見しおみ城の城主である」


男たちは一斉に頭を下げた。

彼らの表情には恐れと緊張が見え隠れしていた。


「今日から君たちは、潮見城守備隊の民兵となる」


静寂が広がった。

誰も声を発しない。


「武士ではなく、平民である君たちが直接戦うという発想は、この世界では異端だろう」


俺は一人一人の顔を見つめながら、話を続ける。


「だが、俺は信じている。適切な訓練と装備があれば、君たちは立派な戦士になれることを」


男たちの間で小さな動揺が広がった。

伝助も俺のことを見ながら、懐疑的な視線を送ってくる。


「厳しい訓練になるだろう。しかし、それに耐えれば、君たちとその家族の生活は確実に向上する」


俺は彼らの前に移動し、大きな声で宣言する。


「俺はただの飾りの城主ではないし、君たちをただの捨て駒にもしない。この城を守るための独立した戦闘部隊を作るつもりだ。そのための核となる存在が、お前たちだ」


男たちの目が少しずつ変わり始めた。

恐れや緊張が、わずかな希望の光に変わっていく。


「適切な訓練と装備があれば、お前たちは一人前の戦士になれる。武士に頼らずとも、城を──この街を、守れる!」


俺は再び男たちを見つめた。

彼らの中には緊張や不安がまだあるが、それ以上に、新たな希望の光が芽生えつつあった。


「俺たちは変わる。そして、この城も変わる──だから、お前たちも、変わるんだ!」


目の前の力なき男たちが小さくなずきながら、声を上げる。

彼らを鍛え上げることができれば、潮見城は新たな戦い方を手にすることができるだろう。


この変革の第一歩は、今この時はまだ小さな一歩かもしれない。



それでもこの一歩が、いずれ大きな波となることを、俺は確信していた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?