さらさらと指通りの良い金糸の髪を指で梳くようになでる。しかる
折角、眠りにつくことが出来た薫を起こすのは忍なく、畳んで置いていた薫の衣服の中から木綿の
「絹依お嬢様。怖いです。とても」
「あ、あら、千代子。いつから其処に?」
「つい今しがたにございます」
ほぼ、絹依の専属
絹依が、何か用でもあるのかと尋ねると、
「ぅ……? ぬいねえさま……?」
寝起きの薫が、舌っ足らずに絹依を呼んだ。あまりの可愛さに発狂しかけた絹依であったが、そのような感情はおくびにも出さず、にこりと微笑みを浮かべる。
「あら。かおくん、ごめんなさいね。起こしてしまったかしら?」
「いいえ。ちょうど目が覚めたところだったんです。……それよりも、僕ってば、ぬい姉様のお膝の上で寝てしまうなんて。幼い子供みたいで恥ずかしいです」
薫は身体を起こすと、羞恥に頬を染めた。その恥じらう姿があまりにも可憐で、絹依は「んんん」と咳払いをして、どうにか平静を装った。次いで、薫に足の痺れを心配されたが、薫の小さく愛らしい頭で痺れるならば本望である! と、心中で叫んだのち、心配しなくても大丈夫だと伝えた。
絹依と薫のやり取りを眺めていた千代子は、病的に義弟を愛する絹依を見て、微笑ましくも複雑な気持ちを抱いた。いつかはそれぞれ別の異性と結婚し、離れ離れにならなければならないのに、と。――千代子の心配は取り越し苦労である。
「かおくん、これから一緒に食堂へ行きませんこと?」
「食堂に……ですか?」
「千代子が来て教えてくだすったの。飲み物と軽食が用意してあるのですって!」
寝ぼけ眼をコシコシと擦っていた薫の腹から、くうぅ〜と可愛らしい腹の音が鳴って、一同は沈黙したのちに、ウフフ、ホホホと笑ったのであった。
然れど薫本人だけは、白皙の肌を真赤に染めて、恥ずかしそうに腹を押さえていたのであるが。
「さあ、行きましょう! かおくん」
「はい! ぬいお姉様」
二人は仲良く手を繋いで廊下に出ると、小走りで一階へ続く階段を降りていった。その微笑ましい様子を笑顔で眺めていた千代子は、開け放たれたままの窓を閉め、薫にかかっていた木綿の単衣を畳んだ。しかる間、階段を駆け上がってくる足音が聞こえたかと思えば、絹依と薫に名を呼ばれた。
「はい! 今すぐ参りますわ。……ほんに、仲の良いご姉弟ですこと」
千代子は、ふふっと笑って、木製の扉を静かに閉じたのであった。
◆◇◆◇◆◇
その晩の夕食の席で話題に上がったのは、
「……殿方って、どうしてこの手の話題になると、こうも盛り上がるのかしら? わたくしは、全く面白味を感じないのだけれど」
「そうねぇ。お母様もあまり興味を引かれないわねぇ」
「そうでしょう?」
絹依はスプーンでライスカレーをすくうと、小さな口でぱくりと
「お父様、かおくん。せっかくの美味しいライスカレーが冷えてしまいますわ。お喋りはそのへんになさって、手を動かしたらいかがです? 蒸気機関車の蒸気より、ライスカレーの湯気が消えてしまう方が一大事でしてよ?」
絹依がスプーンの先を突きつけると、父と薫は目を丸くしたのち、プッと吹き出して笑い始めた。――何か笑われることでも言っただろうか?
絹依は首を傾けたが、二人とも笑うばかりで説明をしてくれやしない。隣に座る母に助けを求めようとしたが、母まで笑っているではないか。
「もうっ! なんなんですの? みんなして!」
ふん! と、怒りのままにカレーを頬張ると、綺羅綺羅ときらめく空色の瞳と目が合った。
「ぬい姉様……
薫の言葉が引き金となって、父と母は、ハハハ! ホホホ! と、声を上げて笑い出した。其れに驚いた薫は、「えっ? えっ?」と二人を交互に見て困惑している。
「ぬ、ぬい姉様……僕、何かおかしなことを言ってしまいましたか? 僕はただ、ぬい姉様がかわいくて……」
「……かおくんは悪くありませんわ。お父様とお母様のことは放っておきなさい」
「はい! ぬい姉様っ」
父と母に笑われるのは腹が立つが、薫に『かわいい』と言われて気分が良かった絹依は、薫と微笑みを交わしながらライスカレーを食したのであった。