……どうしたんだろう。
また僕は、黒影さんから距離を置かれるようになってしまった。
今度は今までの比じゃない。声をかけたら、いち早く逃げるように去って行ってしまうのだった。
「それじゃ、ボク、さ、先に行っておくね」
「あ、ちょっと……!」
なんでいきなりこんな距離感が産まれてしまったのか、皆目心当たりがない。
しかも、「どうかしたの?」と訊いても、理由を教えてくれない。返事もどこか上の空で、当たり障りのないことだけ言われるようになってしまった。
僕が何か気づかない内に、彼女に嫌なことをしてしまったのだろうか?と、また前回と同じようなことを考えている。
分からない。なぜ彼女は、いきなりそんな風になってしまったんだろう。
少しは黒影さんと仲良くなれたかな?と思っていたけど、それはまだまだ……僕の思い込みに過ぎなかったようだ。
「むーん……」
とある日の放課後。僕は駐輪場に行って、自分の自転車の鍵を開けていたところだった。
頭の中は、黒影さんのことでいっぱいだった。なぜ彼女から突然距離を取られてしまったのか……その理由をあれこれと考えていた。
(でも結局、ここで僕がいくら悩んだところで、答えなんか出るものでもないんだけどね……)
僕は「はあ……」とため息をついてから、自転車の籠に鞄を入れた。
「あ!優樹ー!おっすおっす!」
元気な声でそう僕に声をかけてきたのは、友人の金森さんだった。
明るい金髪をなびかせて、これでもかというほどに満面の笑みを浮かべていた。
そして彼女の隣には、同じクラスの西川さんも立っていた。
西川さんも僕に向かって、軽く手を振りながら「こんにちは、白坂くん」と挨拶してくれた。
「やあ金森さん、西川さん。こんにちは」
僕は彼女たちに挨拶をかえしながら、交互に二人の顔を見た。
学級委員長の西川さんと、金髪ギャルな金森さん……。なんだか、正反対な組み合わせだな。
「どうしたの?白坂くん」
「あ、いや、二人って知り合いだったんだね。知らなかったよ」
「そーそー!あーしら、実は幼馴染みなんだよね!」
「え!?そうだったの?」
「うん、私と千夏は保育園の時から一緒なの」
「へー!そうだったんだ!いいね、幼馴染みって」
「これからあーしら、カラオケでフィーバーしよーと思って!明日から休みだし、オールで遊ぶ予定!」
「ちょ、ちょっと千夏、いつの間にオールすることになってるの。私は普通に、六時くらいになったら帰るからね」
「えー!?やだよ寂し~!一緒に日をまたごうよ凛ー!」
「何言ってるの。そんなことしたら、またおばさんから怒られるよ?」
「うー!ケチー!ケチんぼ凛ー!」
西川さんは呆れ気味に金森さんへそう話していた。金森さんは納得がいかない様子で、ずっとブーたれていた。
「金森さん、カラオケでオールだなんて、元気だね。僕はそんなに起きれないや」
「ん?まあねー!あーしはいつでもウルトラ元気系JKなんで!」
彼女はこう言って、顔の横に手を当ててピースをした。黄色に塗られた爪が、光に当たってキラリと輝いていた。
そんな金森さんを見ていると、僕も少しだけ元気になって、「ははは、いいね。さすが金森さんだ」と、そう言って笑った。
「……んーーー?」
金森さんは両手で丸の形を作り、望遠鏡を覗くようなジェスチャーをしながら、僕の顔を訝しげに見つめていた。
「な、なに?金森さん」
「優樹の元気パラメーター、今日少なくねー?」
「あ、ああ……うん、そうだね。ちょっと悩み事があって」
「えーマジ!?なに、どういう系のやつ?」
「まあ、うん、要約すると人間関係かな……」
「あー、ニンゲンカンケーね~!どんなことあったのー?」
「ちょっと千夏、踏み込み過ぎだって」
「いいんだ西川さん、ちょうど誰かに聞いて欲しかったから。最近ね、仲良くなった友だちなんだけど……」
僕は自転車を押しながら、金森さん、西川さんと並んで通学路を歩いていた。
「黒影さん」の名前は出さずに、とある人とこういう状況になっているというのを、こと細かく二人に話して聞かせた。
金森さんは「へー!」とか「なるほどねー!」とか、大きめの相づちを打ってくれていた。西川さんは対照的に、何も言葉には出さなかったけど、静かにうんうんと頷いてくれた。
「……と、こういうことでさ。なんでまた距離を取られちゃったのか、よく分かんなくて……」
「うーん、確かに!なんかイミフだね!」
金森さんは腕組みをしながら、唇を尖らせていた。
「前にもね、似たようなことがあったんだけど、その時は事情を教えてくれたんだ。だけど今度は、それも教えてくれなくて……。だから、僕が何か、良からぬことをしてしまったのかなと……」
「……私は、たぶん違うと思うよ」
「西川さん?」
「私も確証はないけど、話を聞いた限りじゃ、白坂くんが相手さんの気分を害したようには感じないよ。だからもしかすると、相手さんは白坂くんとは別のことで悩んでるんじゃないかな?」
「僕とは別のこと?」
「そう。家族のこととか、何か他 のことか……。いずれにしても、まだ他人には話したくないことかも知れない。だからちょっと、言いづらいのかなって。その悩みで頭がいっぱいになっちゃって、白坂くんへも上手く接することができない……。そんな風に考えられるかな」
「そうか……確かにそうかも。僕は少し、自意識過剰になってたのかな」
「仕方ないよ、突然相手の対応が変わったら、そうなのかも知れないって思うもの。もちろんこれは、私の単なる推測だから、参考程度に聞いてもらえるとありがたいかな」
「うん、ありがとう西川さん」
「千夏の方はどう?私と同じように思う?」
西川さんがそうして金森さんへ尋ねていた。金森さんは眼をぎゅーっと閉じて、「うーん……」と唸った後、カッ!と目を見開き、「うん!」と言ってから、声高らかに叫んだ。
「なんか、よく分かんない!」
僕と西川さんは、思い切りずっこけた。
「も、もう千夏!思わせ振りなことしないでよ!」
「だってー!なんか話が難しーんだもーん!」
西川さんは呆れた声色で、「もう……」と呟いていた。
「まあでも、とりまあーしから言えんのはさー、優樹はきっとダイジョーブってことだよ!」
「大丈夫?」
「うん!だって、優樹いいやつだし!」
金森さんはそう言って、にぱっ!と明るく笑った。
「……そう、かな?」
「うん!そーだよ!」
「……そっか、うん、そう言ってくれると、僕も嬉しいな。ありがとね、金森さん」
「うむ!褒め称えたまえ!ついでにストバの新作を捧げたまえ!」
「こら千夏!調子乗らないの!」
「きゃはははは!」
彼女たちのやり取りを見て、僕は声を上げて笑った。
夕日の光に照らされて、僕たち三人の影は地面に長く伸びていた。