さすがに小さな子猫のお腹では半分も食べきることはできなかったが、パンケーキを気に入ってくれた魔王が残りをお腹に片付けてくれた。
「勇者の国の料理は美味だな。賢者のおかげで、我が国の料理のレベルも上がったように思うが、肉料理に偏っているから、こういう新しいメニューは興味深い」
「ふみゅ?」
そういえば、この国には知識が豊富な賢者がいるらしい。会ったことはないが、感謝したい。おかげで、美味しい魔獣肉料理が食べられるので。
(物語の中の異世界では、食事があまり美味しくないっていうのが多いイメージだったから、嬉しい驚きだったのよね。それが、賢者サマのおかげなのかー)
だが、スイーツ系はあまり得意ではないらしい。
(だったら、この世界にはないレシピを提供するお仕事をするのもいいかも!)
ずっと魔王の客人扱いされているのも悪くはないが、さすがに毎日ぐうたら過ごすだけの日々が少しばかり申し訳なく思うようになってきた。
(あんなに綺麗な服をたくさん作ってもらったし……少しはお返ししないとね!)
幸い、魔王もパンケーキは気に入ってくれたようだ。
甘いホイップクリームがそれほど得意なわけではなさそうだが、甘さ控えめのスイーツもあるので問題ない。何なら、ポテトチップスなどの揚げ物系のお菓子を作れば受けそうだと思う。
幼い頃から自炊をしていたので、料理にはそこそこ自信がある。バイト先の飲食店で美味しそうな料理のレシピを教えてもらったため、この世界でも役立てることはできそうだ。
(お菓子作りの動画を眺めるのが趣味だったし、きっと作れるはず……!)
この世界の食材が元の世界のものと同じかは分からないが、【鑑定】スキルを駆使すれば、どうにかなるのではないだろうか。
ふと、気付く。そういえば、子猫に戻った自分のステータスはどうなっているのだろう、と。
(魔法も使えるようになったことだし、レベルが上がっていたりして?)
ウキウキしながら、美夜はさっそく【鑑定】スキルを発動してステータスを確認することにした。
「ウニャニャッ!(鑑定!)」
そうして目の前に現れたステータスボードは──
<勇者・ミヤ>
レベル1
種族 猫(幼体・生後一ヶ月)
体力 F
魔力 A
攻撃力 F
防御力 F
俊敏性 E
魔法 【全属性魔法】・【火魔法】・【水魔法】・【風魔法】・【土魔法】←NEW!
スキル 【全言語理解】・【鑑定】
固有スキル 【猫パンチ】・【ひっかき】・【咆哮】・【毛玉吐き】
(……魔法が増えている?)
あいにく、レベルは1のまま、上がってはいなかったが、魔法欄に『NEW!』という文字が見える。昨日覚えたばかりの【火魔法】と【水魔法】、【風魔法】に【土魔法】が加わっていた。
前回確認した時には【全属性魔法】しかなかったので、魔法を使ったことで追加されたようだ。じっと【火魔法】の欄を眺めていると、【鑑定】スキルが反応して、詳細が見られるようになった。
(【
あの物凄い大きさの火柱が【ファイアボール】だったのだろうか。火の球にしては、可愛げのないサイズだった気がするのだが、魔力を込めすぎてしまったのかもしれない。
ステータスに表示されている、美夜の魔力はAランク。体力や攻撃力などは最低ランクのFだが、魔力量だけは多いので、その可能性が高い。
(私、勇者ってなっているけど、むしろ魔法使いの方なのでは?)
魔法特化の勇者というのもいるのだろうか。お金と暇がなかったので、あまりゲームには詳しくないので、そこのところはよく分からなかった。
(うん、でも得意なところを伸ばしていった方がいいわよね!)
日本の料理のレシピを伝授するのは子猫の姿では無理だから、満月の日に頑張ることにしよう。
そして、今の姿の時にできることは──
硬い膝の上で香箱を組んだまま、ちらりと魔王を見上げる。小さな子猫が膝から落ちないよう、さりげなく片手を添えた姿勢で食事をする美貌の男。
美夜の視線に気付いた魔王は、微かに瞳を細めて首を傾げた。
「どうした、勇者よ。まだ物足りないのか?」
「ンニャッ」
いらない、と首を振ると、「そうか」と少し残念そうに眉を寄せる。
よほど子猫に餌付けする行為が好きなのだろう。付き合ってあげたい気持ちもあるが、調子に乗って食べ過ぎてしまったので、これ以上はさすがに無理そうだ。
魔王は子猫が食事をする姿を見逃すまい、と凝視してくるが、美夜も魔王が食べる姿を眺めることは好きだった。
一国の王だけあって、彼の食事する姿はとても美しい。
国によってマナーはそれぞれ違う。異なる世界のマナーはどんなものなのだろう、と興味を持って観察していたのだが、今は純粋に綺麗な所作に見惚れていた。
音を立てずにカトラリーを使い、皿を無駄に汚すことなく食事を終える姿は圧巻だった。
(これが本物の貴族……! 音を立てないでスープを飲むなんて、私には無理そう)
それはそれとして、あまり美味しそうには見えないのだけはいただけないと思う。こんなに美味しいご馳走ばかりなのに。贅沢な食事にすっかり舌が肥えてしまっているのかもしれない。
(うーん……『魂のツガイ』相手とされる私が料理をして、食べさせてあげたら、ちょっとは喜んでくれるかしら)
それだけでは弱いかもしれない。いっそ、材料となる肉から調達してきてあげれば、感動してくれるのではないだろうか。ふとした思い付きだったが、妙案に思えた。
子猫の姿でできることは、魔法を覚えて、使いこなせるようになること、だ。
自衛ができるようになれば、きっと安心してもらえるし、魔獣を倒せるようになれば、レベルも上がるし、美味しいお肉も手に入るので一石二鳥。
(よし、そうと決まれば、魔法の練習よ!)
張り切った美夜は魔王の膝からぴょん、と床に飛び降りた。したっと華麗に着地すると、尻尾をぴんと立てて、魔王を振り返る。ちょうど食事も終えたようなので、そのまま誘うことにした。
「にゃにゃっ!」
鍛錬場に行こう! と誘ったのだが、魔王には猫語は伝わらない。
「む? 眠いのか?」
「にゃにゃっ(違うってば)」
首を傾げる魔王の足首をぺしぺしと叩く。やわらかな肉球ではあいにく何のダメージも与えられなかったが、魔王の口元を綻ばせることには成功した。これが猫パンチの威力である。
仕方がないので、魔王を先導するように先を歩くことにした。
尻尾をぴんと立てて、堂々とキャットウォーク。少し歩いては後ろを振り向いて、魔王がついてきているかを確認する。魔王はあまりの愛らしさに唇を嚙み締めながら、子猫の後を追った。
可愛らしさで叫ばないよう、拳を握り締め、真顔で歩く。何なんだ、この愛らしい生き物は。
賢者が目にしたら、「カルガモ親子の行進か!」とお腹を抱えて笑っただろう、この光景を王城内のメイドたちはしっかりと目に焼き付けた。
カルガモ親子の行進は、母親の後をひよこがぴよぴよと追い掛けるので、絵面的には逆になる。だが、子猫を決して見逃すまい、といった鬼気迫る迫力の魔王は意外と母を慕うひよこと似ていなくもなかったようで。
ラッキーにもこの光景を目にすることができたメイドや文官たちは、ほっこりと幸せな気分になったようだった。
ちなみに、方向音痴の子猫が場所も知らない鍛練場に辿り着けるはずもなく。
結局うろうろと場内をお散歩するだけにとどまり、やがて歩き疲れた子猫を回収した魔王ともども、ふたたびお昼寝を堪能することになった。
おかげで、魔王の不眠症もすっかり改善されて、侍女長を始めとした、宰相や大臣などに密かに感謝された美夜だった。
「執務室にこもりきりは心身共に良くありませんので、これからもアーダルベルトさまをお散歩に連れ出してくださいね、ミヤさま」
侍女長から美味しいクッキーを賄賂に貰ったので、美夜は意気揚々と魔王を食後の散歩に連れ出すようになった。
方向音痴なため、色々な場所へ潜り込んでしまい、しばしば王城内で下働きの者たちに「陛下がこんな場所にっ!」と悲鳴を上げさせることになってしまったが、おかげで城内の地図を覚えることができたので、結果オーライである。
魔王も知らない隠し部屋を見付けるといった、面白いイベントもあったので、なかなかに楽しい休日を過ごすことができた。
宰相に休日として与えられた三日間を大いに満喫して、ついでに無事、鍛錬場を見つけることができた美夜は上機嫌で魔王と共に魔法の練習に明け暮れた。
「ふっ……なかなか、やるな。それでこそ、勇者だ」
魔王がノリノリになったので、魔王と勇者ごっこも白熱した。
【闇魔法】を得意とする魔王に対抗するため、【光魔法】を覚えることができたが、勢い余って鍛錬場を破損したとして、侍女長にお説教されたことだけは反省している。