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第56話 生活魔法を覚えよう 2

◆◇◆


 生活に役立つ、ちょっとした魔法。それが【生活魔法】だ。

 だが、そのちょっとした魔法の存在が、この世界ではとても便利で必須なものだと、異世界から召喚された美夜は痛感している。


 まずは飲み水を作り出す【水生成ウォーター】。生き抜くためにみは、絶対に必要な魔法だ。飲み水、大事。

 そして、火種を出す【着火ファイア】魔法──これも大事だ。

 王城で使われている魔道コンロがあるのは裕福な家庭だけなのだと、美夜は書物を読み込んで知った。

 魔道具は様々あるが、どれも高価な代物だ。

 燃料として使うのは、ダンジョンから生まれる魔獣や魔物の体内にある魔石。

 高エネルギーを保有した、その魔石を電池のようにして使うらしい。


 ごく一般的な家庭では高価な魔道コンロはなく、薪を使って調理をするらしい。

 火打石では火をおこすのに、とても時間が掛かるそうだ。だが、【着火ファイア】魔法を使えば、一瞬で薪に火が点くのだとか。


「ダンジョンでの野営の際に、【水生成ウォーター】と【着火ファイア】魔法が使えるかどうかで、快適度は断然変わってきますね。俺たち獣人族は魔法が苦手なので、【生活魔法】も少ししか使えないけど」


 ユキヒョウ族のピノが教えてくれる。

 兵士になる前には、ダンジョンで小銭を稼いでいたらしい。


「俺が使えるのは【水生成ウォーター】だけ。それも頑張って、コップに一杯くらいっすね。まぁ、ないよりはマシですけど」

「ふみゃあ……(そうなんだぁ……)」


 魔法を使える獣人は少ない。

 魔力はあるが、【身体強化】や【獣化】といった魔法やスキルとして使うことが多く、四属性の魔法を使える者はほとんどいないらしい。

 ユキヒョウ族の故郷は厳しい寒冷地なため、例外的に【生活魔法】を使える者が多少多いようだ。


(寒い土地だったら、【着火ファイア】魔法を使える人は重宝されそうだよねー)


 だが、四属性の魔法や【生活魔法】が使えない獣人たちは、その代わりに膂力に優れている。

 戦闘に特化した者たちも多く、人族の魔法使いと互角に戦えるらしい。


(なにそれ、すごい。魔法で瞬殺されそうなものなのに、発動するより先に魔法使いを無力化できるってことよね? 獣人こわっ……怒らせないようにしておこう)


 護衛騎士として常に背後に控えてくれているクマ獣人のダンテも魔法は使えないようだ。

【獣化】スキルと【身体強化】魔法は得意と聞く。


(クマの姿で戦うだけでも無双! って感じなのに、さらに【身体強化】魔法まで使えるなんて、頼もしい!)


 小柄なピノと並ぶと、大人と子供だ。

 大男のダンテは身長が二メートルはあると思う。

 体格もがっちりしており、肩までよじ登らせてもらった感覚から、筋肉の鎧をまとっているようだった。


(二の腕なんて、丸太みたいだもんね。ただ、その性格はのんびり──というか、ぼんやり? おっとりしているようだけど……)


 おかげで、本物のクマを前にしてもそれほど怖くはなかったのだ。

 ハチミツの壺を抱えてほわほわしている、ぬいぐるみのクマを連想してしまった。


(今度、ハチミツを使ったお菓子を作ってあげよう)


 護衛騎士とは仲良くしておいて損はないはずだ。

 最弱の子猫なのだから、強い相手には可愛く媚びて生き抜くべし。

 にゃふふ、と含み笑いしながら、美夜はシャローンの胸に抱かれたまま訓練場に運ばれた。


 兵や騎士たちの訓練場には、十数人ほどの者が鍛錬に励んでいた。

 ちょっとした運動場ほどの広さがあり、周囲は高い塀で囲まれている。


「塀は魔法で強化しております。血の気の多い者が暴れると、すぐに壊れてしまいますので」


 頑丈そうな塀を見上げて、美夜は頬を引き攣らせた。

 コンクリートっぽい謎の材質で作られた塀を、どうすれば壊すことができるのだろうか。


「いや、あれ土魔法でがっちがちに固めたやつですよね? どうやって壊すんですか。化け物でもない限り無理じゃないっすか?」


 ピノもドン引きしたようで、信じられないといった表情をしている。


「殴ったら壊れるぞ?」

「は? 殴っ……たのか、ダンテ」

「ん、組手の練習をしている際に、空振りして殴ってしまった。そしたら、壊れた。意外と脆い」

「ここにいたわ、化け物……」

「にゃ……(こわ……)」


 子猫とユキヒョウが耳をぺたりと寝かせて震えていると、シャローンがぱんと手を叩いた。


「私たちは魔法の練習をするので、あちらの訓練場に移動しましょう」

「おお、そっちは初めて行きます」


 シャローンが案内してくれたのは、さきほどの訓練場よりもひとまわり狭い広場だった。

 こちらも塀で囲まれており、壁際には人の形を模した的のようなものが置かれている。


「ここは対魔法用の結界が張られている特別な訓練場です。多少、魔法が暴発したとしても、壊れることはないので安心して練習できますよ。……まぁ、今日は【生活魔法】の練習なので、その心配もないでしょう」


 フラグかな、と思ってしまったのは内緒である。

 だって、今日は【生活魔法】の訓練なのだ。訓練場が壊れるような魔法を使うこともない。


「では、さっそく講義を始めます」

 絹糸のような美しい金髪をかきあげて、シャローンがにこりと微笑む。

「にゃっ!」

 お願いします、とぺこりと頭を下げると、釣られたのか、ピノとダンテも頭を下げた。

「うふふ。良い生徒さんたちです」


 褒められた二人は嬉しそうだ。

 なぜか、三人揃ってシャローン先生の講義を受けることになった。

 生活に関する魔法、とざっくりとした区分けをされているが、内容は多岐にわたる。


「生きていくための初期魔法、と私たちエルフは幼い頃に教わる魔法なのです」

 魔力が豊富で、魔法が得意なエルフたちが最初に覚える魔法なのだとか。

「なので、すでに四属性魔法を軽々と操るミヤさまは、すぐに使えるようになると思いますよ?」


 それは朗報。

 目を輝かせる子猫に、シャローン先生は丁寧に手ほどきしてくれた。


「まずは目で見て、肌で感じてください。魔力の流れを理解できれば、容易に発動できますよ」

 ほっそりとした指先の先端に小さな火の玉が浮かぶ。


「これが、【着火ファイア】。ファイアボールを出せるミヤさまには、むしろ調整するのが難しいかもしれませんね。魔法はイメージが大切です。呪文はその紐づけにすぎません。出したい炎の形を強く思い描きながら、少しだけ魔力を流してくださいね」

「んんみゃう……(むずかしー)」


 油断すると、巨大な炎の柱が出現しそうになるので、調整がとても難しい。


(魔法はイメージ……んー……ライターで火を点けたくらいの大きさで! 【着火ファイア】!)


 強く念じると、小さな炎が立ち昇った。成功だ。


「すげぇ! 勇者サマ、やりましたね!」

「成功ですね。さすがですわ、ミヤさま。さぁ、続けましょう。次は飲み水を作りましょう」


 そんな調子で、次々と伝授された美夜は、その日のうちにほぼすべての【生活魔法】をマスターすることができたのだった。



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