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第55話 生活魔法を覚えよう 1

■ 第十八章 生活魔法を覚えよう


 魔王が治めるアウローラ王国で暮らし始めて、五十日。

 召喚勇者である美夜のステータスに変化が現れた。



<勇者・ミヤ>

レベル3

種族 猫(幼体・生後二ヶ月半)

体力 F

魔力 A→S

攻撃力 F→E 

防御力 F

俊敏性 E→Ⅾ

魔法 【全属性魔法】・【火魔法】・【水魔法】・【風魔法】・【土魔法】・【精霊魔法】←NEW!

スキル 【全言語理解】・【鑑定】

固有スキル 【猫パンチ】・【ひっかき】・【咆哮】・【毛玉吐き】



 そう、レベルが上がったのだ!

 しかも、それに伴ってか、魔力と攻撃力、俊敏性も上がっていた。


(やったー! 魔法の練習を頑張った成果よね? 使える魔法も増えているし、どんどん強くなっている気がするわ!)


 ふすんふすん、と鼻息荒くステータス画面を眺める。

 体力や防御力がそのままなのは遺憾だが、これはまぁ子猫だから仕方ない。

 今のところは諦めておこう。まだ生後二ヶ月半なのだ。

 きっと成長すれば、そちらのステータスも上がるに違いない。


(護衛騎士を二人もつけてくれたんだし、魔法の練習もし放題よねっ! さっそく、練習に行くわよー!)


 うにゃにゃにゃーん、とピノに訴える。


「はぁ。兵の訓練場ですか? なんだって、そんなところに……魔法の練習?」

「うにゃにゃっ!(そうだよっ!)」


 今日こそは、覚えたい魔法があるのだ。

 異世界で暮らすには、絶対に欲しい──そう、生活魔法である。


(異世界モノのライトノベルでもよく見かける、あの生活魔法! エルフのメイドさんたちが使っている便利な魔法、私も使ってみたい!)


 魔王アーダルベルトの客人として遇されている、召喚勇者の美夜。

 小さくて非力な子猫である彼女を、エルフのメイドさんたちは親身になって面倒を見てくれている。

 特に、お風呂ではお世話になっていた。

 毎晩、彼女たちがシャンプーしてくれるおかげで、自慢の毛並みは艶々だ。

 魔王も大満足のキューティクルっぷり。

 丁寧にブラッシングをして、ドライヤー魔法で乾かしてくれている。


(あのドライヤー魔法も【生活魔法】のひとつらしいのよね。あれも絶対に覚えたい)


 今は魔王の厚意に甘えて、王城でお世話になっているが、人生何が起こるか分からないのだ。

 綿密に将来を見据えて勉学やバイトに励んでいたのに、今や子猫姿で異世界にいる。

 どうやら魔王の『魂のツガイ』相手らしいが、この身体はほぼ子猫。

 一ヶ月のうち、一週間だけ獣人姿になる相手とどうこう、というのは難しいのではないだろうかと美夜は冷静に考えている。


(しかも、獣人姿になっても外見は十歳児。事案だ。まず相手にされないだろうし……いや、相手にされる方がドン引きだわ。ロリコンとか無理。いくらイケメンでも受け付けない!)


 初めての満月の夜、理性を失った魔王に押し倒されそうになったが、あれは魔族の本能とやらでどうしようもなかったのだと侍女長や宰相が懸命に説明してくれたので、一応は許してはいるが。


(また、あんなことになったらお城から逃げ出してやるんだから!)


 快適な環境を手放すのはとても惜しいけれど、ロリコンに執着される人生はごめんである。

 幸い、魔王はあれからとても紳士的に接してくれるようになったので、今のところ出奔の予定はない。子猫にはデロ甘でいるが、それは仕方ないと理解している。


(子猫の可愛らしさは格別だものね!)


 猫は自分の愛らしさを理解して、利用している──冗談まじりに言われていた、この説が正しかったことを、子猫になった美夜は痛感していた。


(叱られそうになったら、ころんと転がってお腹を見せれば許される! 触らせてあげれば、もうこっちのもの。ふふふ、皆チョロいわ)


 可愛い顔の裏側でにやりとほくそ笑んでいる。

 どっちも幸せな気持ちになれるのだから、何の問題もない。猫、ばんざい。


 ともあれ、今のところはあまり必要ないかもしれないが、今後のためにも【生活魔法】はぜひとも覚えておきたい魔法だった。


「にょにょにょ、みゃーん?」


 中庭で魔法の練習をしていたことを叱られて、魔王からは兵が訓練する広場でならいいとの許可は貰っているのだ。

 誰かの付き添いは必須だが、それは護衛騎士の二人がいれば充分だろう。

 あとは、魔法の先生がいれば完璧である。

 せっかく通訳がいるので、そこらへんを熱心に訴えてみた。


「あー……侍女長サマに魔法の訓練をお願いしたいんすか? あの方は、お忙しい方だからなぁ……。とりあえず聞いてはみますが、あまり期待はしないでくださいね」


 ピノが頭をかきながら、自信なさそうに言う。

 ユキヒョウ族の彼は、他の獣人騎士たちに比べると、小柄で細身だ。

 身長はたぶん、百六十五センチほど。体重は五十キロもないように思える。

 年齢は不明だが、目がくりっとした童顔なので十五歳くらいの少年に見えた。

 腰が低く、怖がりなところに、とても共感を覚える。

 丸っこい獣耳は可愛いし、水色の瞳がとても綺麗。容貌も繊細に整っており、日本だと確実に美少年判定される容姿なのに、なぜか卑屈な性格をしているのだ。


(もったいないなー。もっと自信を持てばいいのに)


 斥候をしていただけあって、彼は頭の回転もはやい。

 美夜の言葉も分かりやすく伝えてくれる。

 目端がきく彼は現場でも重宝されていたのではないだろうか?


(でも、もう私の護衛騎士だもんね! 返してほしいって言われたって、もう返さないんだから)


 何かこういうライトノベルがありそうだと、ふと思う。


(斥候の俺を不要だと追い出されましたが、勇者の護衛騎士として活躍しています。いまさら戻って来いと言っても、もう遅い! ……みたいな?)


 おお、主人公っぽい。

 密かに感動していると、誰かに言付けを頼んだのだろう。

 侍女長シャローンと共に美夜の元へ戻ってきた。

 ちなみに、その間ダンテは子猫の背後で気配を消して控えてくれていた。

 こんなに目立つ巨体なのに、いることさえ忘れてしまうほど、ダンテは気配の消し方が上手だ。


「お待たせしました、勇者サマ。侍女長をお連れしました!」

「うにゃにゃっ(ありがと、ピノ)」


 ぴょこりと頭を下げてお礼を言うと、水色の瞳を大きく見開いて、驚いたようだった。

 慌てて首を横に振るピノ。


「そ、そんな! これも俺の仕事なので……」


 仕事なのは分かっているが、それでもちゃんとお礼は言いたい。

 侍女長シャローンはピノと美夜を見比べて、くすりと笑うと、優雅な所作でお辞儀をする。


「ミヤさま、お呼びと聞きました。何やら私にお願いごとがあると」

「にゃっ!」


 こくりと頷いて、ピノを見上げる。

 心得たように、ピノが代わりに説明してくれた。


「……【生活魔法】ですか? 【精霊魔法】を極めたミヤさまには不要だとは思いますが……」

「うにゃにゃにゃい!(おぼえたいの!)」


 お願い、と前脚を重ねてこすり合わせるようにしておねだりすると、シャローンは呆気なく陥落した。

 チョロ、いや、優しい人なのだ。

 子猫の「おねがい」ポーズってかわいいよね!


「そこまでお望みでしたら、お任せください」


 そんなわけで、場所を移動して【生活魔法】の特訓をすることになった。



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