◆◇◆
ダンテは黒クマ族の獣人だ。
一族きっての戦士だが、強靭な肉体と戦闘力を誇っているわりに、当の本人はおっとりとした性格をしており、出世欲に乏しい。
家族からは「もっとガツガツと上を目指せ!」と叱咤されるが、ダンテは一部の獣人たちのように血の気が多くないため、気にせずスルーしている。
その温厚さと欲のなさが目を引いて、ティグル副将軍から召喚勇者の護衛を任されたのだ。
殺伐とした戦場よりも、護衛役の方がダンテには向いている。
他の獣人からしたら左遷扱いなのだろうが、彼にとっては栄転だ。
それは、同じく護衛騎士として任命されたユキヒョウ族のピノも同じようで、通訳係を喜んでいるようだった。
一族の中でもとびぬけた巨体で、鍛え上げられた肉体の持ち主でもあるダンテは、その迫力のある外見とは裏腹にいたって温厚な性質の持ち主だ。
そして、可愛らしいものが大好きだった。
なので、護衛をする相手だと引き合わされた召喚勇者である子猫のことを一目で気に入った。
(白くてふわふわで、何とも愛らしい)
幸い、【獣化】した己の姿にもすぐに慣れてくれ、気さくに触れてくれたのが嬉しくて仕方ない。
自分のそれとはまったく違う、傷ひとつない、ぷにぷにの肉球。
ピンク色のそれが自分の腹を優しく揉んでくれた時には、感動に打ち震えてしまった。
ユキヒョウ族のピノはなぜか呆れたように見てきたが、これが信頼の証の行為であることは教えてくれた。とても嬉しい。
(この可愛らしい主を、全力で守ってみせよう)
そう、硬く心に誓ったのである。
可愛さだけでも忠誠を誓うに値する勇者だったが、その知識にも圧倒された。
護衛騎士二人を連れて向かった厨房で、料理長にあれこれ指示をして作らせた料理の素晴らしさときたら!
「美味い。こんな食い物は初めてだ。いくらでも食える」
口の中いっぱいに頬張った勇者監修の新作料理を咀嚼しながら、ダンテは感動に打ち震えた。
「落ち着け、ダンテ。でも、気持ちは分かる。まさか、イモがこんなに美味いなんてなー」
子猫がレシピを教えて、その通りに料理長が作ったイモ料理。
「ポテトチップス、といったか。手が止まらない。これは絶対にエールが合う」
「分かる。冷えたエールをぐいっとやりたくなるよな。塩を振っただけなのに、なんでこんなに美味いんだ? え、イモが違う? そういや、いつものイモより美味い気がする……」
最初はイモ料理を「そんなに美味いのか? ただのイモが」と懐疑的に見つめていたピノだが、一口ポテトチップスをかじるや否や、てのひらを返した。
なんだコレうめぇと呻きながら、モグモグと食べ続けている。
最初は護衛として壁際で控えて見守っていたダンテだが、あまりの良い匂いに盛大に腹の虫を鳴らしてしまったところ、憐れんだ勇者によって「食べていいよ?」と勧められて──止まらない。
とんでもなく美味いイモ菓子を夢中で食べていると、料理長は別のイモ料理も作ってくれた。
同じ材料で作った、このフライドポテトというイモ料理も絶品だった。
さすがにもうイモには飽きたっす、と言っていたはずのピノが目の色を変えてがっついている。
ダンテも無言でフライドポテトを貪り食べた。美味い。
イモの切り方を変えただけに思えたのだが、まったく違う料理だ。不思議で仕方ない。
「細く切ってあるイモを揚げた、このサクサクした食感がたまんねぇっす! こっちも美味いけど」
「いや、皮つきのイモの方が、より食い応えがあると思う。どっちも美味いが」
お互いに「推し」フライドポテトは違うようだが、どちらも美味しいという感想は一致していた。
夢中で皿を空にしたところで我にかえったが、厨房では料理長に料理人だけでなく、なぜかメイドや侍女長まで参戦して、イモ料理を貪り食べていた。
何人もが味見で堪能したイモ料理は勇者の希望により、執務室に運ばれて、無事に魔王陛下と宰相閣下の口に入った。
二人とも絶賛してくれたので、勇者な子猫の機嫌がとてもいい。
なぜか、勇者はダンテの肩によじ登り、腰を落ち着けている。
羽毛のように軽いので苦にもならないが、魔王陛下からの眼差しの方が気になった。
宰相テオドールが『気にするな、さっさと行け』とハンドサインを送ってくれたので、「失礼します」と執務室を後にしたのだが、まるで親の仇でも見るような眼差しだったように思う。
肩に座った子猫が勇ましげに一声吠えた。
「うにゃにゃにゃおーう!」
何を言っているのかは分からないが、ピノが「ころっけ……?」と不思議そうに首を傾げた。
「うにゃにゃにゃにゃんっ!」
「はぁ。また、厨房で料理を作りたいんすか?」
「うーにゃん!」
「まぁ、陛下も美味いって喜んでいたようだし、いいのかな」
「いいのではないか? 料理長も歓迎すると言っていた」
新しい料理のレシピが増えると、料理人は大喜びしている。
お裾分けや味見を狙っているメイドや他の使用人たちも愛らしい子猫の来訪を心待ちにしているようだ。
ピノがじとっとダンテを睨んでくる。
「いや、お前が食いたいだけなんじゃないのか?」
「それだけではないが、食いたいのは認める」
「ほらぁ! もう、すっかり胃袋を掴まれちまっているじゃないか」
そういうピノだとて、落ち着きなく尻尾を揺らしている。
意地っ張りだが、身体は正直だ。
勇者レシピの美味い飯を期待しているのは明白だった。
「なら、お前は食わないのか」
「そんなわけないだろ! 俺は勇者サマの通訳として、責任を持って毒見役をしているだけだぞ?」
「嫌ならば、俺がその役を代わってやろう」
「絶対イヤだね!」
「うみゃみゃにゃい?」
「違うから! 別に俺たち『仲良し』じゃねーですからっ⁉」
悲鳴のような叫び声を揚げるピノ。
どうやら、勇者に「仲良しなんだねぇー?」と無邪気に尋ねられたようだ。
ユキヒョウなのに、子犬みたいにキャンキャンとうるさいピノに、ダンテは鷹揚に頷いてみせた。
「俺は『仲良し』になりたいが、お前は違うのだろうか」
視線を合わせて首を傾げてみせると、うううと唸った後、ほんのり顔を赤らめて、ピノは「俺も『仲良し』がいい……」と同意してくれた。
子猫が嬉しそうに「なんっ!」と鳴いた。
鈍感だとバカにされがちなダンテでも、彼女が喜んでいるのは分かった。
◆◇◆
そうして、辿り着いた厨房にて。
なぜか、召喚勇者による『にほんの料理教室』が開かれた。
講師は召喚勇者、ミヤ。生後一ヶ月と半分の愛らしい白い子猫だ。
生徒は料理長を筆頭に王城の調理人たち。
下働きの連中は教室を遠めに眺めながら、本日のディナーの準備に余念がない。
通訳はユキヒョウ族のピノ。
彼がいなくては、この教室は開催されなかったので、料理人はもちろん、なぜかメイドたちにまで感謝されて戸惑っていた。
ちなみにダンテは召喚勇者の護衛騎士にして、栄えある味見係に任命されている。役得だ。
これから作るのは、またしてもイモ料理。
不思議に思ったが、どうやら裏庭で勇者が作ったイモが豊作らしい。
これらを消費するために、しばらくはイモ料理が続くようだ。
ピノはイモがあまり得意ではなかったようだが、ダンテは野菜が好きなので嬉しかった。
クマは肉食獣と思われがちだが、実は雑食なのだ。
肉も嫌いではないのだが、好物はどちらかといえば、木の実や野菜、果実だった。イモ料理なんて、大好物である。
強面な外見から、酒が強そうだと誤解されがちだったが、どちらかといえば下戸であり、更に言うと、甘い菓子に目がない。ハチミツ? 好物に決まっている。
そう自己申告すると、勇者には「ギャップ萌え!」というよく分からない誉め言葉をいただいた。
どういう意味だろう。ピノに視線で尋ねたが「俺に聞くな。よく分からん」と首を振られた。
おそらくは召喚勇者が元いた場所での方言のようなものなのだろう。
「えー。じゃあ、今から作ってもらうのは、コロッケ? です」
「コロッケ……」
戸惑う料理人たちに、勇者の言葉を伝えていくピノ。
みゃーみゃーという、つたない子猫の説明をどうにか解釈して伝えていくピノは仕事人だと、ダンテは感心した。
言葉足らずな説明のもと、自分なりに解釈して試行錯誤の末に料理長が完成させたのが、ダンシャクイモを使った、コロッケという料理だった。
数ある食材の中から、勇者が「これとこれ! こっちは丁寧に包丁で叩いてね!」と厳選したものを調理した、平らな食べ物だ。
ジャイアントボアの肉を細かく切って、マッシュしたイモと混ぜて、コロモと呼ばれるものをまとわせて油で揚げた料理である。
「ポテトチップスとフライドポテトもそうだったけど、このコロッケ? という料理も食欲を刺激するな……匂いが堪らない」
「うむ。肉が加わった分、よりそそられる香りがする」
護衛騎士の二人には充分そのコロッケとやらはご馳走に見えたのだが、勇者曰く「これだけだと、物足りなくなっちゃうから」ともうひとつのレシピも伝授していた。
「ほう、これがメンチカツ。イモがメインなコロッケと違い、こちらは肉がメインなのですな?」
「にゃっ!」
こくりと頷く子猫が、期待に満ちた眼差しをこちらに向けてくる。
喜んで、試食しよう。
まずは、コロッケから。
ピノはお上品にフォークとナイフで小さく切り分けているが、ダンテは手で摘まみ上げると、そのまま口の中に放り込んだ。
「ん、旨い。表面が香ばしいが、中身は滑らかなイモとボア肉に甘味が混じっている。これも大変すばらしいご馳走だ」
「こっちのメンチカツも最高だぞ! 肉汁がじゅわっと口の中に溢れてきて、幸せすぎる」
護衛騎士二人が笑顔で揚げ物を貪り食べていると、我も我もと試食に参加したい者たちが寄ってきた。
そんなわけで、急遽コロッケとメンチカツの祭りが開催される。
料理人が総出で二種類を揚げていく。
ポテトチップスと違い、こちらはしっかり肉料理と認識され、ディナーのメインとして食卓に並んだ。
魔王陛下に「よくやった」と褒められた子猫がウキウキと新しいレシピをいくつも厨房に持ち込み、嬉しい悲鳴に満ちることを、この時のダンテはまだ知らない。