センパイ、ごめんね。ボクは部屋のベッド上でゴロゴロ転がりながら、ドアの向こうにいるセンパイに謝る。本当は、あんな態度いけないってわかっているセンパイが仲直りしようとボクに歩み寄ってくれているのも気付いているよ。
ボクだって、あのくらいのケンカでセンパイと絶交しようとか、配信活動が一緒にやらないなんて本気で思ってないよ。
ボク、ちょっとセンパイのことを試しちゃったんだ。ボクがセンパイを突き放したら、センパイから歩み寄ってくれるのかなって。
優しいセンパイだから、すぐに仲直りしに来てくれると信じていた。
だけど、今考えるとボクもセンパイを信じきれてなかったってことなのかな?
いつもなら甘えていればどうにかなったのに、今回は違った……。
センパイは仲直りしに来てくれなかったね。もしかしたら、ボクから「センパイ、ごめんね。仲直りしよう」って声をかけると思っていたのかな?
そうかなって思っていたよ。真面目なセンパイが全然謝りに来ないんだもん。ボク、ヒヤヒヤしちゃった。
あれ? センパイ、ボクが動くの待っているの? 今までのボクなら、すぐに「センパイ、仲直りして~」って飛びついてた。
それじゃダメなんだ。押してダメなら、引いてみろ。
ボクって結構攻めタイプでしょ。攻めすぎるからセンパイが引いちゃっているのかな?って気づいて。
ボクが冷たい態度に出たら、センパイから動いてくれるかなって期待しているのに。
なんか、逆効果だったのか。ボクらの間に見えない壁ができちゃったね。
センパイがボクに「何の苦労しないで声優をやっていた」って言ったことなんて気にしてないよ。
確かにボクは、あまり苦労しないで声優になれたよ。
ボクはデキる子だからね。
でも、苦労がなかったわけじゃないんだよ。あの言葉からセンパイの夢をボクが叶えたことを心のどこかで妬ましく思っていたのかもしれないね。まぁ、人間だから人の成功を妬むのは当然のことだけどね。そういう裏表がない素直ところもセンパイの可愛さの一つなんだよね。
実はボクがセンパイに対して怒っているのはウソじゃない。
2つだけあるんだ。
最初は1つだけだったのに、今日になってもう一つ増えちゃったよ。
2番目が1番ムカついた!
一つ目はボクを信じてくれなかったこと。
ボクがチャンネルのやり方を変えなくても大丈夫って言ってもセンパイはボクの言葉に耳を貸さなかった。
「もうダメだ」とか「収益化も外れちゃった!」、「もうチャンネルはおしまいだ!」って大騒ぎ。
まぁ、心配性のセンパイだから仕方ないのかもしれないけど、もう少しボクのことを信じて欲しかったな。
それにチューチューブの規約違反に該当するチャンネルなんて数え切れない程ある知っている?
たまたまチューチューブの審査AIの標的にされなかっただけで、エロいASMRで荒稼ぎしている女配信者なんていっぱいだよ。
まぁ、ボクのASMRよりは刺激が少ないから、ボクのリスナーさんが満足できるクオリティじゃないけどね。
そんなチャンネルより健全な『しろ×クロちゃんねる』が収益化を剥奪されるなんておかしい。
チューチューブの規約なんて気まぐれなもので、こんなのはすぐ元に戻るよ。ウワサ通りチューチューブの審査AIのバグの可能性だってあるよ。それなのにボクよりもチューチューブからメッセージばかり信じてる。
そんなに心配なら、ボクが助けてあげるのに。最悪、チューチューブがダメになったら、ボクのファンサイト『ましろんべーす』でセンパイと一緒に配信活動すればいいか。
それか、センパイのファンサイトを作ってあげていいか。センパイのファンも増えてきたし、ファンサイトを立ち上げたらチューチューブよりも活動の幅が広がるかもしれない。
「いや、センパイがソロデビューしたら、センパイと配信中にイチャイチャできる口実がなくなっちゃう!」
それは大問題だ。センパイにはソロデビューの話は絶対しないでおこう。ボクとセンパイの居場所はチューチューブだけか。
こうなったら、チューチューブくんのご機嫌が直るかどうかに掛かっているな。
「チューチューブくん、空気読んでよね……」
ボクはスマホを片手にチューチューブのアプリを立ち上げて、『しろ×クロちゃんねる』のページを開く。
やっぱり、まだ収益化の表示が消えている。
チューチューブの運営さんに、まとな人が居ることを祈って待つか。
ボクはスマホを枕元に置いて真っ暗な天井を見上げる。
「センパイ……」
ボクのお腹の虫が「お腹が空いた!」とご立腹な音を出す。
さっきはご飯食べたってウソついちゃった。
本当はセンパイの唐揚げ食べたかった。
センパイが唐揚げ作ってくれるって言った時、仲直りしようって思ったのは本当だよ?
でも、あの匂いを嗅ぐまでは――絶対に許せないって思っちゃった。
ボクが隣にいるのに、センパイは"あの人"の匂いを纏って帰ってきたんだよ?
ボクが1番許せなかったのは、あの人に頼ろうとしたことだよ。目の前にいるボクじゃなくて、どこにいるか分からないあの人の思い出の匂いに包まれて乗り切ろうとしたから。
「許せるわけないでしょ……センパイのバカ!」
ボクも、まだまだお子ちゃまだね。大人にならなくちゃ。センパイが安心して頼れる大人の男にならないと。いつまでもセンパイがボクのことを男として認識してくれない。
「センパイ……ボクって頼りない?」
センパイに届かない疑問をボクは投げつけた。
やっぱり、このままじゃダメだ。ボクから仲直りしようと言わなくちゃいけないかな。大人のボクから歩み寄ってあげますか。
ボクはゆっくり起き上がって部屋のドアを開ける。
リビングには誰もいない。
あれ? センパイは?
もしかして部屋かな?
「センパイ?」
ボクはセンパイの部屋のドアをノックする。
返事はない。もう寝ちゃったのかな?
ボクがベランダに目を向けると、センパイがいた。
あ、センパイいた!
ボクがベランダの戸に手をかけると、センパイがタバコを吸っている姿が目に映った。
センパイ、またあの人の匂いに包まれたいの?
そして、センパイの目から涙が零れている。
センパイ、泣いてる……?
何かあったの? さっきのケンカのせい?
まさか……ハイトさん?
「ねぇ、センパイ……どっち?」
窓越しのセンパイに訊ねるも、答えは決まっている。
ハイトさんのことを思い出しているんだ。
「センパイ、それは反則だよ」
ボクには分かる。センパイがボクと仲直り出来ないくらいで、泣いてくれるわけないよね。
ボクは、やっぱりあの人には勝てない。
センパイの心を奪うことはできないんだ。
「ハイトさん、もう消えてよ」
こんな言葉が自然に出てくるなんて、ボクも案外、黒いのかもね。
リスナーさんが聞いたら、”黒ましろん登場!”みたいに話題になるかも
それにボクってこんな冷たい声が出せるんだ。また新しいボクの一面を発見しちゃった。
これはハイトさんに感謝しなくちゃ。
「ボクがあなたをセンパイの心から消す」
生死不明のライバルに宣戦布告をしてボクは自分の部屋へと戻った。