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第18話 本当の一人ぼっちになったボク

 遅起きのボクには珍しくセンパイがバイトへ行く前に目を覚ました。

 いや、本当は寝られなかった。ハイトさんへのライバル宣言をしてから、まずセンパイとの今の状態の修復をしなくちゃいけない。

 そう考えていたら、朝になっちゃっていた。

 手鏡で今朝の顔をチェックして、ボクは目を疑った。


「あぁ、最悪」


 ボクの可愛い目元がパンダみたいになっている。

 こんな顔でセンパイと仲直りしたくなかったのに。


「おはよう」


「ましろ……」


「今日、バイト?」


「あぁ。これから行ってくる」 


「センパイ……」


「なんだ?」


「チャンネルは残しておくから」


「え?」


 センパイは一瞬驚いたような顔をした。

 そうそう! センパイ、良いリアクションできるじゃん!

 ボクは予想通りのセンパイの反応が見れてニヤけそうになるのをグッと堪えた。


 でも、すぐに目を伏せちゃった。

 あれ? センパイ、そのリアクションは何?

 ボクの言ったことに興味ありませんって言いたい態度は?

 無理して余裕ぶらなくていいよ。いつものテンパったセンパイを見せてよ。


 今は、そんな余裕ぶったセンパイは見たくないよ。ボクの言葉に反応してよ。無視しないでよ!


「その……ボクがソロ配信で使うから。新しくチャンネル作るの面倒だし」


「あぁ」


 え? センパイ、何そのリアクション!

 いつもなら、「ましろ、何勝手なこと言ってんだ! お前のチャンネルじゃないぞ!」ってツッコんでくれる。


 でも、今日のセンパイは違う。

 ツッコまないセンパイなんて、ボクが知っているセンパイじゃない!

 こんなのは、ボクたちのやり取りじゃないよ。

 センパイがツッコんでくれると信じるも、その想いは届いていないみたい。センパイはボクのことを無視してバイトへ向かう支度をしている。


「ましろ」


「何?」


「バイトが終わったら、ちょっと寄るところあるから、先にご飯食べていて」


「どこに行くの?」


「不動産屋……引っ越し先、探しに行ってくる」


 え? センパイ、何を言っているの?

 センパイらしくない笑えないギャグなんて言っちゃって。

 あぁ、なるほど。ドッキリ……ドッキリなんでしょ!?


 ボクに引っ越すって伝えたら、どんなリアクションするかっていうドッキリか。センパイ、素直に謝れないからってキャラに合わないドッキリなんてしなくいいのに。そんないじっぱりなセンパイも嫌いじゃないけど、今はそのセンパイのターンじゃないでしょ。

 いつもの素直なセンパイを見せて欲しいな。


「ましろ、ごめん。アタシがいたら迷惑だろ?」


「え?」


 センパイ、笑えないギャグをいつまで続けるの?

 もう飽きたよ。出て行く詐欺なんてやっても無駄だよ。

 センパイは……そんなことしない。いつものボクなら自信満々に言える言葉が出てこなかった。

 ボクがギャグだと思っている言葉を口にするセンパイの目は笑っていない。本気だ。本気でボクの前から消えようとしている。


 ウソ。ウソだよね。センパイ、もういじわるしないから。ウソだって言ってよ!


「安心しろ。引っ越し資金が貯ったら、すぐに出て行く。だから、その間だけは、ここに置いて欲しい。そのくらいのワガママ、許してくれよ」


 これがセンパイの本音なんだね。センパイの素直な気持ちが乗った言葉がボクの胸を貫く。センパイがボクの前から本当にいなくなっちゃう。 センパイは、いつもの「行ってきます」を口にしないで行ってしまった。ボクはセンパイの背中を黙って見送ることしかできなかった。


***


「センパイ、ボクと一緒に配信活動してください!」


「ましろ、ありがとう! よろしくな。一緒に……」


***


「あれ?」


 ボク、何をしていたの?

 目が覚めたボクは自分の部屋のベッドの上にいた。

 さっきまで、リビングにいたはずなのに。

 ボクはどうやってベッドまで来た?

 思い出せない。


 それより今、何時かな?

 ボクはゆっくり起き上がって枕元にあったスマホを手に取ると、15時と表示されていた。


「もう3時か……」


 それしても懐かしい夢を見た。ボクとセンパイが『しろ×クロちゃんねる』を立ち上げようと決めた日が夢に出てくるなんて。

 夢の中で満面の笑みのセンパイの顔が過ったと思ったら、ボクと離れることを宣言したセンパイの顔が飛び出してきた。


「バカ……」


 センパイのバカ。どうして、そんなこと言うの!?

 ボクが本気でセンパイとの場所を壊したいなんて思うわけないでしょ。 センパイ以上に、この『しろ×クロちゃんねる』をずっと続けたいって思っているのはボクだよ。

 そりゃ、収益化をしょうと提案したのはボクだよ。

 もうボクらも子供じゃないから、生きていくのにはお金が必要でしょ。 それに大好きなセンパイにお金で苦労させたくなかった。

 やりたくないバイトでお金を稼ぐよりも好きなことで楽しくお金を稼いでバイトを辞めさせたかった。


 正直、この配信活動で得たお金はボクはいらなかった。

 ボクは他にもお金を稼ぐ手段はたくさんあるから。

 ただ、センパイと一緒にいられる口実が欲しかった。


 1人で配信活動してコラボという形でのセンパイとの2人きりの時間じゃボクは満足できない。配信企画や構成を1から10まで一緒に考える時間までも独占したい。そんな欲張りなボクだから、一緒にチャンネルを立ち上げようと言ったんだよ。


 センパイと一緒に初めて出会った高校の時のような時間を過ごしたかった。今と変わらない中身のない会話をだらだらと続けたり、センパイが作ってくれた美味しいお菓子やご飯を食べる日々。

 センパイが先に高校を卒業してからボクは1人だった。

 失ってから初めて気付いたボクはセンパイがいないとダメな病気になっちゃって。


 ボクが声優になろうと思った理由は、センパイと一緒にいる時間を1秒でも増やすためだよ。同じ仕事を選べば、センパイとアフレコで一緒になったり、ライブで挿入歌を一緒に歌ったり、そうなったらセンパイの側にたくさんいられる。

 でも、その未来でセンパイは待っていなかった。


 待っていたら、センパイとの未来があると信じたけど、その未来は来る気配がない。

 センパイのいない世界に居続ける意味はあるの?

 ボクは即答自問自答した結果、「ないよね」とボクは即答した。


 そして、ボクは声優を辞めた。

 こんなことをセンパイに言ったら、怒られちゃうかもね。


「センパイ……」


 もうボクたち、一緒にいられないの?

 いやだよ。ボク、あれからずっとセンパイのことを探してやっと会えたのに。もうセンパイのいない人生を歩いて行ける自信がないよ。


「お願いだから、ボクの前からいなくならないで……!」


 そう叫びたかった。

 でも、ボクにはその言葉を吐き出す勇気がなかった。


 センパイに届かない本音を心の中で呟きながら、ボクは静かにベッドの中で泣いた。


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