もうすぐ配信の時間だ。なんだか緊張するな。
ソロ配信なんて『ましろんべーず』でやり慣れているのに。
声優の時も一人でのアフレコなんて楽勝だった。
そんなボクが新人声優のように配信マイク前で手が震えている。
きっとセンパイがいない不安のせいかも。
いつも目の前にいる
たったそれだけなのに。ボクが配信前に不安になってしまう程、大きな存在になっていたなんて。
それに今日はセンパイの脱退を発表しなくてはいけない。センパイから正式に抜けるとは聞いていないけど、ボクと一緒に活動したくない空気をセンパイから感じた。今朝、チャンネルをもらうと言っても何も言い返してこなかったから、もう興味もないかもしれない。
一緒に『チャンネル登録者100万人目指そう!』と意気込んでいたのが遠い昔に感じる。
「はぁ……配信したくないな」
今日の配信を中止にしちゃおうかな。
ボクはスマホのチュイッターアプリを開いて、配信中止ツイートを流そうとする。
いや、逃げちゃダメだ。ここで逃げたら、もうボクは二度と配信できなくなるかもしれない。
ボクの第六感がそう告げている気がした。嫌だけど、配信しなくちゃ。ボクら……いや、ボクのチャンネルの今後をリスナーさんたちに、ちゃんと伝えなくちゃ。
これが切っ掛けでセンパイのリスナーちゃんたちは、きっと離れていく。
それなら構わない。彼女たちの居場所はセンパイなんだから。それだけで終わればいいけど。もし、センパイが配信者を引退するかもって話になったら、リスナーちゃんたちは完全に居場所を失う。センパイの声、配信を聞くことで辛い現実と戦うエネルギーをもらっていたリスナーちゃんたちの活力を奪ってしまう。
ボクがセンパイの代わりに彼女たちの居場所になるのは難しい。彼女たちの居場所はセンパイが配信する『しろ×クロちゃんねる』なんだから。
ボクらのケンカで居場所を失う人たちを増やしてしまったことを後悔している。
いけない。こんなテンションで配信したら、ボクのリスナーさんまで離れちゃう。
リスナーちゃんには悪いけど、今日はボクしかいない配信に付き合ってください。
ボクは深呼吸をすると、『しろ×クロちゃんねる』のオープニング映像を流す。
「みなさん、こんましー! あなたのお耳の恋人のましろです!」
:ましろん、こんましー!
:今日も天使ボイス!
:俺の癒しの時間が始まった!
ボクは数秒前の気持ちを押し殺して配信に挑む。
少しでもリスナーさんに違和感や不安を与えた瞬間にボクの負けだ。
それは配信者にあるまじきことだ。
どんなメンタルでも配信に来てくれているリスナーさんたちを楽しませる。
それがボクの仕事。声優の時と何も変わらない。
「さて、今日は久しぶりに雑談配信をしようかな」
:あれ? クロちゃんは?
:ましろんのソロ配信?
:おーい、クロちゃん!
しまった。いつもはボクの挨拶の後にセンパイの声が聞こえてくるのに。
いつものクセでセンパイの挨拶が飛んでくると思い込んでしまった。
:クロ様がいない?
:ましろちゃんだけ?
:どういうこと?
センパイのリスナーちゃんたちまで不安になり始めている。
このまま続けるのは、正直きつい。
配信の中盤くらいでセンパイが抜けることを発表する予定だったけど、もうセンパイがチャンネル抜けることを発表するしかない。
「みなさん、実は……」
:@クロナ
:クロ様!
:クロちゃん!
「え?」
ボクは配信画面を見て目を疑った。
センパイがリスナーとして配信に入ってきた。
だって、センパイはもう……。
ボクが振り返ると、センパイが立っていた。
「センパイ?」
:クロちゃんがコメ欄にいる?
:何があったの?
:クロちゃん、出る場所間違えているよ
やばい、このままだとリスナーさんたちを置いてけぼりの配信になっちゃう。
どうしよう。そうだ! 良いことを思いついたぞ!
勝つ確率の低いギャンブルって嫌いだけど、この状況を逆転する確変はこれだ!
「センパイ! 何、リスナーさんとして参加しているですか!? 配信始まってるよ!」
ボクは後ろで、ぼけっとしているセンパイを配信に参加するように声をかける。
きっと、センパイはいつも通りテンパった顔でおどおどしているに違いない。
だけど、センパイに配信者としての心が死んでいないなら、この誘いに乗らないわけがない。
センパイ……信じてるよ。
「みんな、こんクロ~! キミのお耳の王子様クロナだ。今日は、ましろのソロ配信を高みの見物をしょうと思ったけど、ましろに誘われちまったからしょうがなく参加するぞ」
:クロちゃんが凸してきた!
:クロ様~!
:クロちゃん!
さすが、センパイ! ちゃんと乗ってくれた。ボクがお願いしたみたいってのはムカつくけど。まぁ、今回は見逃してあげる。
さぁ、センパイ覚悟してよね。ボクの誘いに乗ったこと、ボクと離れようとしたことを後悔させてあげるから!
「で、ましろ。このまま雑談配信でいいのか?」
「いや、センパイ。折角だから雑談配信じゃなくて”対談配信”にしよう!」
「対談配信? 雑談と何が違うんだよ」
「いつもの中身のない会話じゃなくて、おふざけなしの真面目な話」
「アタシはいいけど、リスナーちゃんたちはどう?」
:クロ様と、ましろちゃんの対談聞きたいです!
:どんな内容でもお二人のお話に興味津々です!
:ディープな話に期待です!
「だってさ、ましろ」
「OK! リスナーさんの許可も出たので、ボクとセンパイの対談配信を開始します!」
:ましろんの急な路線変更!
:神企画の匂いしかしない!
:わくわく!
コメント欄も、盛り上がっている!
これでセンパイを逃げられなくした。
話せる場所がないなら、無理やり作ってやる。
センパイ、お願いだからボクから逃げないで!
「みなさんにお願いがあります。今回の対談配信は正直、何が起こるかわかりません。真面目な話過ぎて企画が盛り上がらない可能性もあります。ご了承ください。あと、センパイとガチンコトーク中はコメント欄に返事はできません。ごめんなさい」
:OK!
:クロちゃんとのガチンコ対決!
:ゴングを鳴らせ!
よし、リスナーさんたちの了承も得たし、センパイとの話し合いが出来る。
「センパイ、お仕事お疲れ様」
「あぁ、ありがとう」
センパイは、ぎこちない返事をする。
まぁ、何の準備も出来ていないのに配信に巻き込まれたら、当然のリアクションか。
だけど、こんなやり方じゃないとセンパイがボクから逃げようとする。
このチャンスにセンパイの本音を聞きたい。それにボクの気持ちを伝えたい。
「センパイ……」
「ましろ、ごめん」
「え?」
「アタシ、お前の気持ちに気づけなかった」
ボクが切り出そうと思った瞬間、センパイの先制攻撃がヒットする。
まさか、センパイが先に謝ってくれるなんて。
「アタシ、チャンネルBANに収益化剥奪に正直ビビった。今までのやり方がダメだと決めつけてお前の意見を無視しようとした。それにお前を傷つけることまで言っちまった。本当にごめん」
センパイのバカ。配信外のこと、しゃべりすぎ。リスナーさんたちがポカンだよ。
急に優しくするなんて、ずるいよ。ボク……。
どうしよう。配信中なのに、涙が出てきちゃった。
「お前が『しろ×クロちゃんねる』でソロ活動するって言われた時、ショックだった。自業自得なのにな。だけど、その後お前と一緒に配信できなくなるのは辛い。もっと一緒に配信をしたいって気持ちが強くなった。アタシのわがままだけど、また一緒にやってくれないか?」
センパイ……その気持ちが聞けただけでボクは満足だよ。ありがとう。
「しょうがないな。やっぱり、センパイはボクがいないとダメなんだから」
「調子に乗るな!」
「いたい!」
センパイは照れ隠しをするようにボクのほっぺを引っ張った。
:状況はわからないけど、ハッピーエンド?
:てぇてぇ
:やっぱり、最強コンビだ!
「リスナーさん」
:ましろちゃんとクロ様が仲直り出来てよかった
:これからも2人の仲良し配信に期待!
:クロ様とましろちゃんは2人で一つですね!
「リスナーちゃん、ありがとう」
こうして、ボクらの仲直り配信は無事に終了した。