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第20話 放送事故からの大逆転!?

 配信を終えたボクたちは、リビングのテーブルで向かい合ったまま座っていた。気まずい。さっきは配信の力を借りて久しぶりにセンパイと話せた。仲直りはできたと思うけど、あれはセンパイがリスナーさんたちに気を遣ってボクに会わせてくれただけかも知れない。


「あ、あの、センパイ……」


「ましろ、ごめん。アタシ、怖かったんだ……。世間から、チューチューブから否定されているみたいで……。それで、あんな酷いことを……本当に、ごめん」


 ボクの目の前には、いつものカッコいいセンパイの姿はない。

 その代わりに素直にごめんと言える素直な女の子がいた。

 恥ずかしそうにホッペを赤くしちゃって。

 もう、こんな時にそんな顔しないでよ。ずるいなぁ、センパイは……こんなの許さないわけないでしょ。

 これだからセンパイは天然で困っちゃうよ。まぁ、そこがセンパイの良さなんだけどね。


「もう気にしてないよ。それにボクもセンパイに嫌な態度を取っちゃったから」


「ましろ……」


「なに?」


「アタシ、聞いちゃったんだ……ましろの声優時代の苦労話」


「え!?」


「この間……」


***


 ましろと仲直り出来ないと思いながら、

 アタシがバイトから帰ってくると、ましろの部屋から楽しそう声が聞こえる。


「ましろ?」 


 ましろの部屋のドアに近づくと、会話の内容からましろが個人配信していることがわかった。

 多分、ましろのファンサイトでやっている配信かな。


「アイツ……アタシがいなくても、やれているな」


「ましろんは、声優時代の苦労ってあったの? ましろんみたいな売れっ子なら苦労とかない気がするけど、あった教えて。まぁ、確かにボクは見た目も声も可愛い売れっ子だからね」


 はぁ? 何が見た目も声も可愛い売れっ子だ! ましろの奴、調子に乗りやがって!

 こんな典型的な調子乗りは、教育的制裁を食らわせなくてはいけない。

 くそ、配信中じゃなかったら殴りこんでやりたい。


「いや、この状態じゃ言えないだろ……」


 アタシは、吐き出せないモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、ましろの配信に聞き耳を立てる。


「みんなの夢を壊しちゃうけど、ボクだって苦労していたよ。所属事務所がアイドル声優として売り出そうとしていたんだ。でも、可愛いだけじゃダメで、新人のボクはなかなかオーディションを通らなくて……。そんな時にエロいプロデューサーが『大物に気に入られたら、すぐに主役がもらえる』とかね。ボクが男だってバレたら、手のひらを返したみたいに冷たくなったけど」


:マジかよ!

:声優界の闇じゃん!

:そのプロデューサー、やば!


「だよね。それにボクと声質が似ていたり、得意キャラが被っている大御所女性声優にはボクをオーディションに落とすように圧力があったっていうウワサもあった。声優って華やかに見えて、汚い世界だったよ」


:マジで!

:ましろんの声質と被る大物女性声優って……。

:おいおい、詮索するな!


「安心して、もう気にしてないから。だけど、ボクはこんな人たちに負けたくない! 見返してやりたいって思って演技を磨いて実力で役を勝ち取ったんだ。でも、そういう人間って人の成功が面白くないのか、枕営業で勝ち取ったとか悪いウワサを流し始めちゃう。だから、声優業界が嫌いになって辞めたんだ」


:ましろん、ごめん! 辛いこと聞いて

:ましろん、頑張ったね。えらい、えらい!

:ましろんが配信者に転生してくれてよかった!


「みなさん、ありがとう」


「ましろ……」


***


「ましろ、ごめん。アタシ、知らなくて……」


「センパイ……人の部屋で聞き耳立てるのやめてよ! 犯罪じゃん!」


「うるせぇ! アタシだって聞くつもりじゃ……」


「いいよ。逆にごめんね。センパイが憧れていた声優業界の夢を壊すようなこと言って」


「いや、もういいんだ。アタシはせいゆうから逃げた人間なんだから」


「違うでしょ」


「え?」


「今は、はいしんしゃに挑戦しているでしょ」


「あの、これからもアタシと一緒に配信活動して欲しい」


 センパイは、いつものカッコいいセンパイに戻ってボクにお願いした。しおらしい可愛いセンパイも良かったけど、ボクが1番好きなのは、どんな時でも自分の道を真っ直ぐ進むカッコいいセンパイ。


 でも、このままOKしちゃうのも、なんか面白くないな。

 そうだ!


「どうしようかな?」


「おい! ここはいいよって言う流れだろ」


「それはセンパイの態度次第かな」


「あぁ、もう! 何でも言うこと聞くから頼む!」


 センパイ。それは男に対する禁句キラーワードだよ。

 ボクが男だってこと忘れているな。

 じゃあ、思い出させてあげるよ。


「……センパイ、なんて言った?」


「え?」


「なんでも言うこと聞くって言ったよね?」


 ボクはセンパイの耳元へと唇を寄せる。

 リスナーさんをメロメロにするASMRでボイスで囁く。


 あれ? センパイの肩がビクッと震えている。

 もう、本当にウブなんだから。

 こうしちゃおう。 


「じゃあ、センパイの唐揚げとホットケーキが食べたい! だから、作って!」


「はぁ?」


「何でも言うこと聞くって言ったよね? え? 変なこと想像してたの?」 


「ば、バカなこと言うな!」


「もう、センパイのえっち!」


 センパイはウブな女の子みたいに顔を真っ赤にしている。

 もう、センパイったら可愛すぎ。これだからセンパイを好きになることをやめられないよ。


「もう、センパイはえっちなんだから!」


「ましろ!」


「冗談だよ! でも、センパイ。何でも言うことを聞くの安売りは良くないよ。ボクみたいに勘違いする人もいるからね」


「おぅ?」


 センパイはボクの忠告の意味が理解できないのか、ポカンとした顔をしている。

 え!? センパイ、わからないの!?

 センパイ、鈍すぎ。こんな分かりやすく教えてあげているのに、なんでわからないかな。

 まぁ、いいよ。半年以内に、この意味を分からせてあげる。

 分かったときに後悔しても知らないからね。


:てぇてぇ

:最強コンビが復活?なのか?

:ましろんのソロもいいけど、クロちゃんもいないとつまらない


:クロ様、おかえりなさい!

:クロ様が帰って来てくれて良かった!

:しろ×クロの復活嬉しいです。


「あれ?」


「どうした、ましろ?」


「え? センパイ……配信、まだ繋がってる……」


「はぁ!?」


 ボクは目を疑った。コメント欄にリスナーさんたちからの温かいコメントが止まることなく流れている。

 しかも、パソコンの画面には配信中の表示が点いたままだ。


「おい! ましろ、繋がったままじゃねぇか!」


「てへへ、やっちゃった」


「やっちゃったじゃねぇ!」


:クロちゃん、イチャつくな!

:こっちがハズい!

:もう、2人で薄い本を制作しようかな!


「こら、盛り上がるな!」


:薄い本じゃダメ!

:もう広辞苑くらいの厚さの聖書にしなくちゃ!

:わたしが自費出版します!


「リスナーちゃん!」


 あれ? なんか予想外の展開が起きちゃっている?

 ボクらの放送事故が異常に盛り上がっている。

 待てよ、これはチャンスかもしれない。

 変な企画やるより、こういう事故った配信で数字が伸びるパターンもある。今回のチャンネルBANや収益化剥奪によるボクらの崩壊寸前からの大逆転がリスナーさんたちの推したい気持ちを再加熱させている。


「みんな、落ち着け! 今日の配信はちゃんと削除……」


「リスナーさん、切り抜き師さん、今すぐ、この配信を拡散して!」


「ましろ!」


:了解!

:チョキチョキします!

:腕が鳴るぜ!


「おい、ましろ! リスナーを煽るな!」


:ましろちゃん、わたしたちもやります!

:2人の尊さを広めなくちゃ!

:クロ様、お任せください!


「リスナーちゃんもやめてくれ!」


「センパイ!」


「なんだよ!?」


「ボクを信じて!」


 ボクはセンパイに「大丈夫だから」と目で合図を送る。

 それを見たセンパイは「ましろを信じる」と応えるように頷いてくれた。


 大丈夫! これを切っ掛けに登録者数が伸びる。

 ボクはこれから起こるであろう勝確(かちかく)イベントに胸を躍らせた。

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