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春のPON祭り

第21話 しろ×クロ、バズったってよ!

「ふぁ~……よく寝た」


 目をこすりながら、枕元のガラホを開く。

 7時か。そろそろ起きないと。昨日は久しぶりの配信だったし……いや、あれは放送事故だろ。

 マイクの切り忘れだけは注意してたのに、よりによって ましろの声優時代の闇 とか、コンビ解散危機の裏話 とか……絶対に表に出せない話をベラベラ喋っちまった。


「タバコ吸うか」


 気分を変えたくて、ベランダへ出た。

 ポケットからタバコとジッポを取り出し、火をつける。

 煙をゆっくり吐きながら、ボソッとつぶやいた。


「登録者100万人……やっぱ、厳しいかな」


 アタシはポケットからガラホを取り出してチューチューブのアプリを立ち上げる。そこに表示されているチャンネル登録者数げんじつに言葉を失う。


「ま、ましろ!」


 アタシは、勢いよくましろの部屋のドアをバンバン叩く。


「起きろ!」


「まだねむい~……センパイ、うるさい」


「さっさと起きろ!」


 アタシは、ましろをベッドから引きずり出す。眠気に勝てないましろが目も半開きのボケッとした顔でうとうとしている。


「センパイ、どうしたの……って、くさっ!? タバコくさい!」


「わりぃ! でも、それどころじゃねぇんだ!」


「はぁ……ボクはタバコ臭い人との会話NGなんだけど?」


 ましろは半開きの目で、アタシのタバコ臭さを消すように要求する。

 あぁ、ウザい! お前は面倒くさい彼女か!

 だけど、タバコの臭いが原因でコンビ解散まで行きそうになったからな。折角、仲直りして再出発しようと誓い合ったしな。


「あぁ、もう!」


 アタシは、ましろの要求を呑んでましろのお気に入りの消臭剤を慌てて振りかける。

 服についたブラッキーの臭いを爽やかな柑橘系の香りで上書きだ。

 よし、タバコの臭いが消えた。


「ほら、これでいいだろ!」


 ましろはアタシのスウェットに顔を近づけて子犬のように臭いを嗅ぎ始める。


「うん! OK!」


 とりあえず、ましろのご機嫌を取ることができたな。

 いや、そんな場合じゃない。アタシはポケットに入れていたガラホでチューチューブの画面を開く。


「これを見ろって!」


 ガラホの画面には、目を疑う数字が並んでいる。チャンネル登録者数50万人。10万人達成して、たった1ヶ月で。

 チャンネルBANや収益化剥奪の影響で登録者数が伸び悩んでいたはずなのに。


「チャンネル登録者数が50万人になっているんだよ!」


 ましろは目を細めてアタシのガラホの画面を覗き込む。


「……ふ~ん」


「ふ~んじゃねぇ! やばいだろ! 昨日まで20万人も行っていなかったのに!」


「もう、センパイ……うるさい」


 突然、登録者が5倍に増えて興奮しているアタシと対照的に、ましろはノーリアクションだ。お前は、どうしてそんなに落ち着いているんだよ!


 ましろは「眠いから寝るね」と訴えるようにベッドの中へと潜り込む。 


「寝るな!」


「う~ん、眠いよ~」


「なんだよ、これ! まさか……チューチューブのバグか!」


 そうに違いない! 1日で登録者がこんなに増えるわけがない。

 アタシたちのチャンネルの収益化が勝手に外されようなバグで、登録者数が表示されているんだ。


  もしかしたら、チュイッターに何か情報があるかもしれない。アタシは慌ててガラホでチュイッターのアプリを立ち上げる。

 検索欄にチューチューブ 誤作動と入力してで検索をかけるが、そんなツイートは1件も見つからない。


「あれ? おかしいな……」


「センパイ、うるさいよ~」


「なぁ、ましろ、これは……」


「現実だよ」


「へぇ?」


 ましろがゆっくり起き上がると、自分のスマホをアタシに見せてくれた。


「ボクらのチャンネルが登録者50万人達成したんだよ」


 ましろのスマホのチューチューブの画面にも『しろ×クロちゃんねる』の登録者数が50万人と表示されている。


「ま、マジなんだな……」


 信じられない。本当に現実なのか?

 アタシは夢を見ているんじゃないのか?


 ましろはアタシの前にちょこんと座ると、ニヤリと笑う。


「センパイ、夢じゃないよ!」と言いながら、遠慮なくアタシのホッペを思いっきり引っ張った。


「痛い痛い! なにすんだ!?」


「ねぇ、夢じゃないでしょ?」


 痛い……本当なんだ。『しろ×クロちゃんねる』がチャンネル登録者50万人達成したんだ。


「ま、ましろ……」


「やったね、センパイ。それに……ほら、収益化だって復活だよ」


「え!?」


 ましろがスマホにチューチューブのチャンネル管理ページの画面を見せてくれた。


「収益化マークがついている!」


「うん。チューチューブくん、ごめんねメッセージも来てるよ」


 ましろのスマホ画面にはチューチューブの運営から届いた謝罪文が添付されている。



***



【重要】一部チャンネルに対する誤った措置についてのお詫び


平素よりチューチューブをご利用いただき、誠にありがとうございます。


この度、当社の自動審査システムにおける誤作動により、「しろ×クロちゃんねる」を含む一部のチャンネルに対し、不適切な収益化停止およびチャンネル凍結措置が行われました。

該当のチャンネル運営者様ならびに視聴者の皆様には、多大なるご迷惑とご心配をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます。


〇原因について


今回の問題は、当社のコンテンツ審査AIが特定のコンテンツを誤ってガイドライン違反と判定したことにより発生しました。

また、手動審査の対応が遅れたことで、誤った措置の解除までに時間を要してしまいました。


〇対応について


現在、誤って制限をかけたチャンネルの復旧作業を順次進めており、「しろ×クロちゃんねる」についても収益化およびチャンネルの復旧が完了しております。対象となったチャンネルには、個別に詳細なご説明と、今後の対応についてのご連絡をさせていただきます。


また、今回の事態を受け、以下の対応を実施いたします。


〇審査AIの精度向上


誤判定を減らすため、AIのアルゴリズムを見直し、審査精度の向上を図ります。

手動審査の迅速化

自動判定された違反措置に対し、迅速に人間の審査員が確認できる体制を強化します。

対象チャンネルへの補償

収益化が誤って停止されていた期間分の広告収益について、対象のチャンネルに適切な補填を行います。


〇今後について


本件のような誤作動が再発しないよう、審査体制の改善に努めてまいります。

また、配信者の皆様が安心して活動できる環境を提供できるよう、引き続き取り組んでまいります。


改めまして、この度のご迷惑を深くお詫び申し上げます。


チューチューブ運営チーム


***


「やっぱり、チューチューブの審査AIの誤作動だって」


 ましろの言うとおりだった。アタシたちは何も間違っていなかった。

 これからは『妄想劇場』もできる。アタシたちのやりたい活動を続けることができる。


「よかった……」


「センパイ、よかったね」


「うん」


「でも、なんで。登録者数がこんなに増えたんだ?」


「昨日の放送事故がバズったみたいだね」


「……はぁ?」


 チュイッターのトレンドに”しろ×クロ仲直り事故配信”、”しろ×クロてぇてぇ配信”という謎のハッシュタグが並んでいる。

 タップしてみると、昨日の放送事故配信のURLが張り付いたものばかり。


「昨日、リスナーさんや切り抜き師さんに拡散してもらったおかげだよ」


「あんな放送事故が喜ばれるのか?」


「ボクたちが配信で見せない姿を面白おかしく見た人や感心してくれた人がチャンネル登録してくれたみたいだね。ほら、昨日の配信の再生回数見てよ」


「ひゃ、100万再生!?」


 ウソだろ! アタシたちの1番の人気企画の『妄想劇場』だって10万再生も行かないのに。この配信だけ100万再生もされている。

 しかも、どんどん再生数が増えている。


「昨日の配信を見てボクたちのチャンネルを気に入った人が他の動画の再生数も増やしてくれているね」


「何がバズるかわからないな」


「ねぇ、センパイ! これからはプライベート配信でバズろ?」


「はぁ!? お前、頭おかしいのか!?」


「じゃ、まずはセンパイのシャワーシーンから!」


「バッカ! ダメに決まってんだろ!?」


「そう? みんな気になると思うよ」


「そんなエロ配信したら、マジでチャンネルBANだろ!」


「チューチューブくん、センパイと一緒でウブだからね。ちょっと刺激が強いかも」


 ましろの奴、調子に乗りやがって。ちょっと仕返してやる。


「じゃあ、ましろのシャワーシーンでも配信するか」


「センパイ、ナイスアイディア! そうだよね、センパイより可愛いボクのシャワーシーンの方がリスナーさん喜ぶよね。大バズりすること間違いない!」


「バカ!」


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