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第24話 あんこより甘いデート!?

 ましろがアタシを花見に誘うなんて、一体どういう風の吹き回しだ?

 別にアタシとじゃなくたって、アイツは一緒に花見に行ってくる奴なんているだろ。

 ただの花見のはずなのに、なんかデートっぽい気がする。


「いや! デートじゃないだろ!」


 アイツとアタシは恋人じゃない。ただの高校時代の先輩・後輩。今は、ただの配信者仲間だ。


「何、意識してるんだ」


 久しぶりに男と出かけられるからって浮かれるな。

 そうだよ! アイツは男だけど、男っぽくないだろ。どっちかっていうと、女友達だ! 最近、枯れきっていたプライベートが充実しようとして潤っているだけだ。


「浮かれすぎだろ……とりあえず服を選ぶか」


 アタシは出かけるための服を選ぶために、クローゼットに眠る服を次々に取り出す。ましろと再会するまで、バイトとマンションの往復しかしてなかった。最悪、着られればいいという精神で服を選んでいたせいで、ジャージの上下とスウェットばかりになっていた。ましろと再会してから「センパイ、ダサい格好しないで!」と彼女みたいな注意されたことも結構ある。


 それから、ましろがアタシ好みの服をたくさん用意してくれた。

 ほとんどがライダースやカジュアルスーツみたいなメンズっぽい格好ばかりだった。

 気のせいか、アタシの学生時代の服の好みに似ていた。アイツ、アタシの好きな服の好み覚えていたんだ。声優の専門学校を退学してからのアタシは”他人の記憶から消えたい”しか考えられなかった。

 なのに、アイツがアタシの好みを覚えてくれたことが少し嬉しかった。

 衣装鏡の前で、ふと微笑んでいるアタシの顔が映った。

 何を照れているんだ、アタシは!


「……キモ」


 もう、早く服を選んじまおう。これはデートじゃない。ただの花見だ。 別にオシャレする必要ない……そう思っているのに真面目にコーデを選んでいる。

 カジュアルすぎてもダメだし、スーツ系だと固すぎて気合い入っていると思われる。「センパイ、何を気合い入れてるの!」って、ましろがバカにする顔が頭に浮かぶ。


「もういい! これにしよう!」


 アタシはましろに買ってもらったカジュアル系の黒のスーツに、無地の白ティシャツを合わせることにした。ワンポイントになる茶色の革靴を履けば、それなりオシャレになるだろ。


「よし、準備出来た。あ、そうだ」


 ましろに準備できたとメッセージを送らなくちゃ。

 ガラホを開いて、ましろに準備できたとメッセージを送信する。

「ボクはまだ準備できてないから、センパイは先に行ってて!」と返事が来た。アタシは「了解」と返信して待ち合わせ場所へと向かう。


***


 ましろが指定したのは桜がきれいに見えることで有名な公園だった。

 平日の昼間なのに、たくさんの人がレジャーシートを広げながら桜の木の下で花見を楽しんでいる。

 いや、花見という口実で飲み会を楽しんでいるというのが正しいかな。


 気のせいかな。さっきからアタシ、見られている気がする。

 この格好、変だったかな? まぁ、女のアタシが男っぽい格好していたら、目につくか。


「ましろの奴、遅いな……」


「センパイ~!」と、ましろが甘えた声で呼びながら、小走りで駆け寄ってくる。わざとスカートの裾をふわっと揺らし、風になびく髪をそっと指で抑えている。


 はぁ? マジかよ。アイツ、めっちゃ気合い入れてるじゃねぇか!

 クリーム色のジャケットに、薄ピンクのティシャツ、ピンクのミニスカート。そして、足下は黒の革靴。

 いや、気合い入りすぎだろ。

 おい、お前は男だろ。そんな短いスカートを穿いて……見えたらヤバいだろ。


「ごめんね、遅くなっちゃった」と、少し息を切らしながら、上目遣いで、こっちを見つめてくる。


 可愛いな。なんで、コイツは男のクセに、こんなに可愛いんだ。


「センパイのえっち!」と、わざと甘い声で指摘して、ぷくっとほっぺを膨らませる。


「ねぇ、ボクのきれいな足、ジロジロ見ていたでしょ?」と甘い声を使って耳元でささやく。


「誰がお前の足なんか見るか!」


「もう、センパイったら。素直になればいいのに~」


 童貞男子を誘惑する先輩女子みたいにアタシをイジってくる。

 コイツと一緒にいると調子を狂わせられる。


「早く、桜を見に行くぞ」


「ねぇ、ボク……お腹空いちゃった」


「あとでいいだろ」


「いやだ~! お腹空いた~!」


 ましろが泣きわめくと、周りがアタシを悪者でも見るような視線を送ってくる。「あの人、女の子を泣かせている」、「きっと女泣かせのホストだわ」という謎の幻聴まで聞こえる気がする。


「わかったよ。何が食いたい」


「から……」


「唐揚げはなしだから!」


「なんで!」


「花見に来てまで唐揚げを食う奴がどこにいる」


 ましろは「ここにいるよ」と訴えるような顔をして、口元に指を添えている。コイツ、絶対女子から嫌われるあざと女子だろ。自分が可愛いって分かっていて、そんなポーズが出来るんだ。

 正直、アタシはそんな腹が減っているわけじゃないし。特に食べたいものもない。


 アタシの視線の先に桜の木の下で団子を美味しそうに食べているおじいさんとおばあさんの姿が映った。


「センパイ、お団子が食べたいの?」


「いや、別に……」


「ふーん。じゃあ、お団子で決まりだね!」


 なんで、お前がアタシのわがままを聞いてやるみたいな流れになっているんだよ! 元々はお前が何か食いたいって振ってきたんだろ。


「この辺にお団子屋さん、あるかな」


「そんな都合よく団子屋があるかよ」


「あったよ!」


 ましろが指さす方向に団子屋の出店があった。

 マジで団子屋があるのかよ。

 まぁ、ちょうどいいや。


「いらっしゃい!」と威勢の良い団子屋の店長の声が響く。

 白い割烹着を来て、頭に白いハチマキを巻いた絵に描いたような和菓子職人みたいな店長だ。こういう職人気質な人が作るものって美味しいイメージがあるから期待できる。


 みたらし、あんこと定番の2種類の団子が美味しそうに並んでいる。

 美味そう。


「お二人さん、何にするかい!?」


「センパイ、どれがいい?」


「そうだな……」


 あんこ、みたらし、どっちも美味そう。

 甘い物好きのアタシとして、あんこは絶対に食いたい。

 だけど、みたらしも捨てがたい。いつも無意識にあんこを選んじまうけど、目の前で並んでいるみたらしが無性に美味そうに見える。

 久しぶりに、みたらし団子食うのもありかな。


「センパイ、早く決めてよ」


 どっちの団子を買うかで悩んでいるアタシを急かす。子供が買ってもらうお菓子を決められずに迷っているのを呆れた目で見ている母親みたいな顔をするな!

 そもそもお前が何か食いたいって言ったから、ここにいるんだろ!

 本当はアタシだって団子なんて食いたかったわけじゃ……ダメだ、どっちも美味そうで決められない。


「すみません、あんことみたらしを1つずつください!」


「はいよ!」


「おい! まだ……」


「これなら、どっちも食べられるでしょ!」と、ましろがにやにやしながら、こっちを見る。


「もう食いしん坊のセンパイのために、どっちも選んだよ」と、ましろが良くやったでしょと言いたげな目で訴えてくる。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


「はい、お待ち!」と、店長が景気のいい声でパックに詰め込んだ団子を手渡してくれた。


「あの、頼んだのはお団子は2本ですよ」


「姉ちゃん、可愛いからサービスだ!」と店長は、あんことみたらしを1本ずつサービスしてくれた。


 おい、店長。コイツは男だぞ。コイツには、あんたと同じものが着いているぞ。

 まぁ、この見た目と顔で男だと一発で見抜ける奴はいないか。


「ありがとうございます!」と、ましろも満更でないという顔をしている。ましろの笑顔を見た店長はデレデレしている。

 店長、コイツは可愛い顔してとんでもない悪女だぞ。いや、クズ男というのが正しいか。普段、自分のリスナーを金づるとしか思っていない最低な配信者なんだぞ。あんたみたいに見た目で、ころっと騙される男をカモにして荒稼ぎしている奴なんだよ。


 ましろの本性を教えてやりたいけど、きっと信じてくれないんだろうな。


「兄ちゃん、可愛い彼女に感謝しろよ」


 誰が彼氏だ! アタシが女なんだよ!

 こんな見た目だけど、性別上アタシが女だ。

 まぁ、こんな格好しているから間違えられても仕方ないか。


「……あぁ、はい」とアタシは店長に恥を掻かせないように乗ってあげることにした。


 団子を買い終わったアタシたちは桜を見に向かう。

 ちょうど空いているベンチを見つけて座った。

 兄ちゃんと姉ちゃんか。アタシたちは、いつも性別を間違えられる。

 勘違いさせる格好する方が悪いって言われたらおしまいだけど。

 アタシたちは、ただ好きな格好しているだけなのに。

 そっちが勝手に見た目で判断しているんだろ?って言ってやりたい。


 まぁ、アタシたちが好きな格好で生きているからって誰かに迷惑をかけるわけじゃない。これからも自分を貫いて生きるだけだ。


 でも、やっぱり辛い。ましろもそう思っているんだろ。

 さっきまで団子屋の店長に「姉ちゃん、可愛い」と褒められて喜んでいる表情を浮かべていたけど、あれはコイツなりの気遣いだったんだろうな。


 アタシたちは、お互いの性別を勘違いされて気まずい空気のまま、桜をぼんやり見ている。


「センパイ」


「なんだ?」


「ボク、おねぇちゃんだって」


「アタシなんて、兄ちゃんだぞ。どういうことだよ!」


「困っちゃうね」


「まぁ、今に始まったことじゃないだろ」


「そうだね」


 せっかく、桜を見に来たのに雰囲気が台無しだ。

 重い空気を壊すように、ましろのお腹がぐぅっと鳴った。

 お腹が鳴った恥ずかしさで、ましろのほっぺが桜よりも濃いピンク色に染まる。


「団子、食おう」


「うん」


「あんことみたらし、どっちがいい?」


「あんこ!」


「ほら、ましろ」と、アタシはパックに入ったあんこの団子をましろに渡す。


「ありがとう! いただきま~す」と、ましろは子供のように団子を頬張る。


「うん、美味しい」と、満面の笑みを浮かべながら、口元にあんこをつけている。さっきまで偉そうに母親面していたと奴とは思えない。

 お前は子供か!


「ましろ、動くな」と、アタシは、ましろの口元についたあんこを取ってやった。

 そのまま、指についているあんこをぺろっと舐める。


「うまいな」


「センパイのバカ!」と、ましろが桜と同じピンクに頬を染めて、ポカポカとアタシの肩を叩き始める。アタシ、何か悪いことしたか?

 まぁ、いいか。アタシもあんこの団子を取り出して頬張る。


「やっぱり、あんこだよな」と舞い散る桜吹雪を眺めがら、アタシは団子をもう一口食べる。

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