ボクはセンパイとのデートから帰ると、部屋に直行してベッドへとダイブする。枕で顔を覆い隠してベッドの上を転がり回った。
どうしよう! やっちゃったよ。センパイに男として意識して欲しいからと言って、キス未遂をしてしまった。
ボクの心に住む悪魔ちゃんは「ましろ、よくやったぞ! これで大好きなセンパイは、お前をただの後輩じゃなくて一人の男として意識しているに違いない!」と賞賛の声をくれた。
「そ、そうだよね! にぶいセンパイにはあれくらいやらないとね!」
「いえ、ましろ! あなたは過ちを犯しました! こっちの忠告を無視してセンパイの唇を奪おうとした。あれは異性としての意識よりも、異性への恐怖心を増幅させましたよ!」と天使ちゃんがカンカンになってお説教をする。
悪魔ちゃんと天使ちゃんがボクの頭の中で大ゲンカする中、ボクはベッドの上で、自分がやってしまったことにジワジワと後悔の波が押し寄せてきた。
「ちょっと攻めすぎた……」
センパイが動揺する顔が見たい……いや、センパイにボクを意識して欲しいと思ってやった。だけど、あれじゃただの変態だよ。
飲みの席だったら、お酒の勢いでやったとか言い訳出来るけど、シラフでやりましたなんて通じるわけがない。
どうしよう。いくら鈍感なセンパイでも流石に気付くかな。
もっと計画的にセンパイとの距離を縮める予定だったのに。
「もう……センパイがわるいんだよ……」
あなたの困った可愛い顔が見たい。変態行動をしてでも、あなたを振り向かせたいって思うほどボクは狂っているんだよ。
「このまま……手を出さずにいられるのかな……」
隣の部屋には好きなセンパイが寝ている。
そう考えるだけで、胸のモヤモヤが増えていく。
「もし、あの時……あのままキスをしていたら……」
ダメだ、ダメだって思ってるのに、脳内の再生ボタンは勝手に押されちゃう。
ボクの妄想である”ましろの妄想劇場”のはじまり、はじまり!
***
センパイに想いを伝えたいボクは、センパイの頬についたあんこを取るフリしてキスをする。何が起こったのか理解できないセンパイは、
普段のクールさを失って、あわあわしている。恥ずかしさを抑えられないのか、ほっぺがほんのり赤くなっている。
「ましろ……今のって……」
「センパイ、言わなくても分かるよね?」
「お前……」
「そういうことだから……」
いつもにぶいセンパイでも何かに気付いたのか、ゆっくり瞳を閉じて唇をボクに向けてくれた。
「センパイ……」
ボクはセンパイにもう一度想いを伝えるため、センパイのアゴに手を添えてボクの唇を近づける……。
***
「キャー!!!」
あまりにも恥ずかしい妄想に耐えきれず、ボクはベッド上で足をバタバタさせながら、クッションで顔を隠して叫んだ。
何を妄想しているんだ、ボクは! なんて、ご都合主義のラブコメマンガみたいなストーリーだ。こんな甘々な展開が現実で起きるわけないでしょ!
センパイが照れながら、ボクを求めてくれる……そんな夢みたいなシーンを思い描いちゃった。
高カロリーで甘すぎる妄想で胸焼けしちゃうよ。
「キモ……」
我に返ったボクは部屋の天井をぼんやり見ながら、現実とかけ離れた妄想を鼻で笑う。
「こんな未来……来るわけないのにね」
センパイの中に住み着いているハイトさんが死なない限り、センパイがボクに振り向く可能性はない。いや、ハイトさんだけじゃない。センパイの中に住み着いている可愛い後輩で配信パートナーのボク自身を殺さないといけない。
ハイトさんだけでも厄介なのに……。
それだけじゃない。
ボク自身も、センパイの中の“可愛い後輩”のボクを1回殺さなきゃいけないなんて。
「それでも……ボクはセンパイを……」
諦められない。そう口にしたかったけど、2人の強敵を前に自信を無くしちゃったな。
「とりあえず謝らなくちゃ」
ボクはキス未遂事件を謝るためにメッセージアプリを立ち上げる。
ーーー
センパイ、お疲れ様!
今日のお花見、楽しかったね!
あれは……センパイのあたふたした顔が見たかっただけだから!
特別な意味は……
ーーー
「殺される……」
センパイはセンシティブなことに関してはシャレが利かないんだった。いつもボクがおバカなことを言っても、大抵のことはギャグでスルーしてくれる。だけど、恋愛や性的なことに関しては冗談が通じない。ポッキーゲームや王様ゲームのチューもセンパイは「付き合ってない男女がやるのはダメだ!」って一昔前の日本人みたいな貞操概念をしている。
「それにボクが高校時代にやっていたことも……本気で怒っていたからな」
センパイは恋愛=神聖なものというイメージを持っている。
今時の小学生でも好きな男子に簡単にキスをしちゃうくらい恋愛概念が緩いのに。
「まぁ、そんなピュアなセンパイもボクは好きなんだけどね」
そんなセンパイだから、あのキス未遂が遊びでしたって口にしたら、一気に嫌われてしまう。そんな堅物なクセにボクのほっぺについたあんこを……。ボクはお花見でほっぺについたあんこをセンパイが指で取って舐めたことを思い出して体が火照り始める。
「ずるい……」
あぁ、どうしたらいいんだ……メッセージで謝罪なんて、センパイには逆効果だよね。
告白も直接するものって大昔の恋愛脳しかないセンパイにメッセージで謝罪しようというのが間違っていた。
「明日、起きたら謝ろう」
はぁ、ボクがこんなにモヤモヤしている悩んでいるのに、
センパイはボクに対して隙を見せない。
下着姿でウロウロしたり、お風呂上がりに裸で部屋に着替えを取りに行ったりと女子力皆無な行動は多々あるけど。
ボクと一緒にいても変に緊張している……いや、遠慮しているのかな。センパイがリビングで寝落ちしちゃった姿を見たことがない。
いや、あった。センパイがバイト終わりに晩ご飯を作ってくれた後、ボクがお風呂から上がると、リビングのソファでセンパイは、まるで子犬みたいにスースーと寝息立てていた。百獣の王ライオンも寝顔がネコちゃんに見えるのと同じ現象だ。
あんな、無防備な寝顔を見たら、もっと好きになっちゃうでしょ。
ボクの気持ちも知らないで、呑気に寝ているセンパイがムカつく……でも、やっぱり大好き。早くこの想いを伝えないとボク……恋煩いで死んじゃうかも。