だけど、アタシは中学生になってから、声優になる夢を諦めかけた。
小学校6年生までは、可愛い男の子のような声質だった。
それが突然、落ち着いたトーンの、カッコいい青年のような声に変わった。
声変わり!? なんでアタシが!?
アタシは女の子なのに! 男の子みたいな声が変わるなんて、そんなのおかしい。
「いやだ! アタシは……」
声優になって魔法少女や可愛いキャラクターを演じたかった。
現実で叶えられない”女の子らしさ”をアニメの世界で叶えたかったのに。
「こんな声じゃ……」
見た目通りの男キャラしかできない。
アタシはベッドの上で泣いた。いや、泣こうとした。
だけど、こみあげてくる嗚咽の声すら低くて、泣くたびに自分が“男の子”みたいで嫌だった。
「キモい……」
いやだよ、こんな声なんて。辛い現実から目を逸らすように布団に顔を埋めて叫んだ。
アタシは、声優になることで”男っぽい見た目”と違う”女の子らしいアタシ”を演じたかった。
それが女の子らしくなる唯一の方法だったのに。
「もう、アタシ……どうしたら、いいだろ」
これから生き方について悩んでいたアタシは、SNSである声優の記事を見つけた。
そこにはアタシと同じような可愛い女の子キャラを演じたくて声優を目指したけど、声質せいで男役ばかり回ってくることに悩んでいた、有名声優さんのインタビューだった。
まさかプロの声優さんでもアタシと同じ悩みがあるなんて驚いた。
しかも彼女は、それでも声優を続けていた。
「やりたかった役ができなくても、夢は諦めたくない。私の声を必要としてくれるキャラがいるなら、その子のために頑張りたい。そして、同じように夢を諦めそうになっている人に、声を届けたい」と書いてあった。
アタシの中でオフになっていた”やる気スイッチ”がオンになった。
「アタシ、間違っていた……」
可愛い女の子役ができなくても、アタシにしかできない役があるかもしれない。声が可愛くなくても声優にはなれる。
「アタシ、諦めない……声優になる!」
アタシは、声ではなく“現実の見た目”で女の子らしくなろうと決めた。
中学生になったアタシは、まず髪を伸ばしてみることにした。
そう思ったけど、翌日、担任先生から「クロナ、男子のくせに髪が長すぎる。ちゃんと切れ」と指導された。
担任の先生にもアタシが女の子だって認識されてない。
アタシだって、みんなと同じセーラー服を着てるんだけど。
顔だけで男子って判断しているのか?
教師として、どうなんだろう?
まぁ、男子じゃないって言い返すのも面倒くさいから「わ、わかりました」と、あっさり諦めた。
アタシは髪を伸ばす自由もないのか。
次の日、アタシはウルフカットにして登校した。
そしたら今度は、クラスの女子からめちゃめちゃモテた。
「クロナくん、その髪めっちゃ似合っている!」
「前のロングより断然いい!」
「ありがとう……」
いや、アタシは女なんですけど。
キミたちと同じセーラー服着ているでしょ。
あのさ、ちゃんとセーラー服見てよって話。
美容師さんには「男子にモテたい」って言ったのに、結果、女子からモテるってどういうこと?
女の子にモテても、アタシの目指してた“女の子らしさ”とは違う。
まぁ、確かに。この切れ長の目に中性的な顔立ちじゃ、女だって思われないか。
原因はそれだけじゃない。アタシは、同い年の女の子に比べて、体が成長しなかった。胸も小さくて、下手したらぽっちゃり男子の方が大きいかもしれない。
それがコンプレックスで、下着屋さんには行けなかった。
周りの視線が怖くて、いつも母さんに頼んでた。
それでもアタシは努力した。
”鶏胸肉”がいいと聞けば、鶏胸肉ばかり食べた。牛乳を飲めば大きくなると聞けば、毎日牛乳を飲んだ。
気づけば身長ばかり伸びていて、背の順ではいつも1番後ろ。
次にストレッチや軽い筋トレを試してみた。
胸を大きくすることは諦めて、せめて女性らしい体のラインを作ろうと頑張った。
でも、逆効果だった。思った以上に筋肉がついて、お腹にはうっすら腹筋が浮かび、逆に男らしい体型になってしまった。
「アタシはイケメンアイドルか!?」ってツッコミを入れたくなる。
次に服を変えてみた。スカートやワンピースに挑戦してみた。
でも、鏡には映っているアタシは、どう見ても”女装した男子”にしか見えなかった。
「アタシ……女の子なのに」
アタシの努力は空回りばかりで、疲れちゃった。
だったら、周りが”男の子”と勘違いするなら、そのままでいよう。
無理に「女の子です!」って訂正するのも面倒くさい。
中学では、もう無理に抗わなくていいや。
でも、高校では自分らしくいられる場所に行きたい。
制服で性別が決まらない学校に通いたい。
そんな都合のいい学校があるわけないと思っていたら、あった。
「私立アリアンヌ学院?」
ここは男子がセーラー服を着たり、女子が男子用ブレザーを着たり、制服の選択が自由だった。
当時は”ジェンダーの自由”が一般的じゃなかったから、すごい珍しい学校だった。
しかも、偏差値もちょうどいい。頑張ればアタシでも合格できるかもしれない。そう思って、私立アリアンヌ学院一本に絞って受験勉強を始め、受験に挑んだ。
「アタシ、ここに行きたい!」
すぐに母さんに相談すると、「クロナが行きたい高校にしなさい。父さんには伝えておくから」とOKしてくれた。
「母さん、ありがとう」
そして、アタシは合格した。
制服を買いに母さんとデパートに行った。
私立アリアンヌ学院は有名校なのか、デパートの屋上のフロアを貸し切って制服売り場が用意されている。平日なのに、アタシと同じように制服を探しに来た親子で会場はあふれている。
売り場には可愛いセーラー服とカッコいいブレザーが並んでいた。
ブレザーは男子用、女子用のどちらも用意してあった。
「クロナ、どの制服もいいわね」
「うん」
確かにどの制服も魅力的だけど、アタシが欲しいのは男子用のブレザー。
手を伸ばすの抵抗はあったけど、アタシ以外にもブレザーを手に取っている女の子が数人いた。
アタシだけじゃない。同じ仲間がいて、ほっとした。
ブレザーに袖を通して、試着室の鏡を見た。
あれ? めっちゃ似合っている。試着室の鏡の前に立っていたのは、ブレザー姿のイケメンだった。……って、アタシじゃん!
アタシって男子用の制服がこんなに似合うんだ。
「あら、クロナ似合っているじゃない! 若い頃の父さんみたい!」と、恋する少女みたいに目を輝かせてうっとりしている。
母さん、その目は娘を見る目じゃない。どちらかというと想い人を見る目だよ。
もう結婚して20年近くになるのに、出会った当時と同じ気持ちで父さんを見ているのか。
はいはい、ごちそうさま。母さん、もういい年なんだから、そんなリアクションしないでよ。
いつまでも初々しい少女のような母さんの女らしさに、ちょっとイラっとした。
「母さん、娘にそのリアクションおかしくない?」
「だって、本当のことなんだもん!」
でも、アタシも嬉しかった。
鏡の中の自分を見て、少しだけ高校生活が楽しみになった。
今度こそ、“アタシ”として生きていける気がした。