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第43話 これが本当のアタシ?


 放課後の教室。夕焼けが差し込む窓際で、彼女はアタシの手をぎゅっと握りしめた。


「クロナくん、付き合ってください!」


 その声は、震えていた。幼稚園の頃、初めてアタシに「好き」って告白した同級生にそっくりだった。

 きっと、彼女の初めて告白なんだろう。

 夕焼けのオレンジに負けないくらいに頬を赤くして、恥ずかしさを勇気に変えて想いを伝えてくれている。

 それが分かるからこそ、胸が痛い。

 ここでアタシが断れば、きっとこの子は傷つく。

 でも、ウソの「いいよ」はもっと残酷だ。

 気持ちがないまま付き合って、バレたときの方が傷が深い。


「ごめん……他に気になる子がいるんだ」


「そ、そう……わかった」


 彼女の潤んだ瞳から、涙が一粒、こぼれ落ちた。

 そのままアタシを残して、彼女は教室を飛び出していった。


「……これでよかったんだ」


 アタシが悪者になれば、彼女の痛みは少しだけ軽くなる。

 どうか、彼女に素敵な出会いが訪れますように。


 静まり返った教室で、アタシは祈る。

 ついでに「アタシにも、普通の男女の恋愛ができますように」と神様におまけでお願いしておいた。


***


 私立アリアンヌ学院に入学してから、アタシの人生は大きく変わった。 良くも悪くも。まさに実感する日々だった。


 ここには、アタシと同じように”見た目”と”中身”のギャップに悩み、生きづらさを感じている子がたくさんいた。


 スカートを履いて登校する男子。男子用のブレザーを着ている女の子。 

     入学初日は、さすがに戸惑ったけど、みんな本当に楽しそうに笑っていた。

 きっと、みんなも外の世界では「男のくせにスカート穿いている」、「女のくせに制服の下がズボンなんて」って散々言われてきたんだろう。

 アタシだって中学時代に「男なのにセーラー服着ている」、「似合っていないからやめろ」って陰口を叩かれ続けた。


 でも、この学院では、そんな声は聞こえない。

 ここには”外”では生きにくかった子しかいないからだ。


 世間の価値観を押しつぶされて、本当の自分を我慢してきた。

 でも、この場所では、なりたい自分でいていい。

 他人の目を気にせず、生きていい。

 初めて学校って居心地が良いって思えた。


 ただ、”悪い意味で変わった”のは、アタシがモテすぎることだった。 

     しかも、男子じゃなくて、女の子に。


 入学初日、誰が言い出したのか知らないけど「1年に国宝級のイケメンが来た!」なんて騒がれて、学院中にアタシの名前が広まった。


 教室に入れば、あっちか「クロナくん、好きな食べ物は?」、こっちから「どんな子がタイプ?」と質問攻めにあった。

 ちょっと落ち着いたかと思ったら、今度は女子の先輩が次々と教室に現れて「クロナくん、メルアド教えて!」と戸惑っているアタシにお構いなしでケータイを奪って勝手に自分のアドレスを登録された。


「あ! ずるい 私もアドレス教えて!」


「ウチも!」


 先輩たちによるアタシのケータイの奪い合いが始まった。


「マジか……」


 みなさん、アタシは女ですけど?

 そんなこと、言える空気じゃないか。


 家に帰って母さんに話すと、「あら、クロナ、モテモテじゃない!」と、まるで他人事のように笑っていた。

 母さん、娘が危険に晒されたんですけど? 

    もっと危機感を持ってください。


「あなたは、父さんそっくりのイケメンだから仕方ないわね~」って惚気話まで聞こえて、もう怒る気もなくなった。


 それからも女の子たちの猛アタックは止まらなかった。

 ある日、購買で人気のメロンパンを買おうとしたら、「クロナくん、メロンパン買っておいたよ!」と同級生の女の子にプレゼントされた。


「あと、これ…」と彼女は耳元でささやきながら、1枚のメモを渡される。メモには「クロナくん、私のメル友になってください!」と丁寧な文字とメアドが書かれていた。


「マジか……」


 アタシは悩んだあげく、メロンパンのお礼としてメル友になることに。 

     でも、メールのやり取りした後、「クロナくん、好きです! 付き合ってください」とメールで告白された。


「う~ん……どうしょう」


 彼女の気持ちを思うと、断りづらい。

 でも、メールで告るのは好きではない。本気なら、ちゃんと直接想いを伝えて欲しい。


 アタシは、その子の告白を断った。

 それ以来、メールは来なくなった。


 自分らしくいられる場所を見つけたはずなのに、最初の居心地の良さが薄れていた。

 理由は簡単だ。アタシがモテすぎて、男子の反感を買ってしまった。 

     アリアンヌ学院は自由な校風で、見た目や性別の多様性を受け入れてくれる。

 でも、恋愛となると話は別だ。

 男子は女の子が好きで、女の子は男子が好き。

 そのチグハグの違和感が消えない。


 アタシは女だ。

 だけど、父さん似の切れ長の目と中性的な顔立ちのせいで、女の子しかモテない。

 アタシだって少女マンガのような普通の恋愛をしてみたい。


 それなのに男子から「アイツ、女のくせに目立ちすぎ」と陰口を叩かれ、「俺たちの敵だ」とまで言われた。


 ある日、先生に頼まれた用事を終わらせて教室に戻ると、残っていた数人の男子が黒板に何かを書いていた。


 付き合いたい女子ランキング?

 くだらない。中学でもこんなことやっていたけど、男子っていくつになってもやることは変わらないんだな。成長し切れていない男子たちを呆れて視線でアタシは眺めていると、アタシは目を疑う文字が書かれていた。


 付き合いたくない女子第1位:クロナ


「マジか……」


 とんでもないこと書きやがって。あぁ、ムカついてきた。どうしてアタシと付き合えないんだ? 

    ちゃんと説明してもらおうじゃないか。

 アタシは、どうして女として見てもらえないか真相を確かめるように教室にいる男子の会話に聞き耳を立てる。


「やっぱり、ワースト1位はクロナで確定だよな」


「あぁ、マジでクロナはないよな」


 ほう、本人が教室の外にいるとも知らずにアイツら、ペラペラしゃべっている。このまま乗り込んで、文句の1つでも言ってやろうか。


「お前がクロナはない理由教えて」


「う~ん、まず可愛くない。男っぽいし、胸もないし……」


 男子の悪意のない本音がアタシの小さな胸に刺さりまくる。

 全部、アタシが気にしていることじゃねぇか!

 それに胸がないわけじゃないぞ! 

     他の子より小さいけど、ちゃんと……ハズい。      

     心の中で胸の存在感を弁明しようとしている自分が泣けなくなった。


「1番ないのは女子にモテることだよな」


「それな! 確かにイケメンかもしれないけど、学院の全女子にモテるのは、ずるいよな」


「ウワサだと学院以外の女子からもラブレターやメアド交換されたらしいぞ!」


「マジかよ! 最悪だな。アイツがいるせいで俺たちに彼女ができないんだよ」


「マジ、それな! そろそろ帰ろうぜ!」


 ヤバい。アタシは男子達に隠れるように廊下にある多目的トイレに逃げ込んだ。

     あれ? なんでアタシが逃げる必要があるんだ?

 アタシが女としての価値がないってバカにした男子に言い返す権利が

ある……だけど、そんなことをする気力が一切起きなかった。


「アタシだって、好きでモテているわけじゃないのに……」


 あれ? アタシ、泣いている?

 ”女の子らしさ”はもう諦めたはずなのに。自分らしくいるって決めて、この学院を選んだはずなのに。やっぱり、アタシは女の子らしく生きることを完全に捨てきれない。


「アタシ……このまま、普通の女の子を知らずに死んでいくのかな……」

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