「クロナくん、受け取って!」
「あ、ありがとう」
アタシは女の子から可愛いラッピングされた箱を手渡された。
きっと中身は手作りチョコ。
今日はバレンタイン。女の子にとって大事なイベントの日。
甘い物が大好きなアタシはチョコがもらえて素直に嬉しい。
しかし、そのチョコに込められた想いには応えることができない。
「チョコ、ありがとう。でも、その……キミの気持ちには……」
「そ、そっか……」
チョコをくれた子は、アタシの言葉の意味を察して、それ以上何も言わずに教室を後にした。
「ごめんね……」
アタシは誰もいない教室で、ぽつりと呟いた。
はぁ、このやり取りも何度目だろう?
バレンタインが始まってから、段ボール10箱くらいの量のチョコをもらった。
当日はアタシにチョコを渡すだけでの長蛇の列ができた。昼休みなんて、お弁当を食べる暇がないほどだった。女の子たちは列をなして教室に訪れ、男子たちはジト目で見ていた。
おいおい、アタシは、ただチョコを受け取ってるだけなのに。
正直、この量のチョコを持って帰るだけでも大変だ。チョコをもらえない男子たちに分けてやりたいくらいだ。
でも、それじゃ男子のプライドを踏みにじる行為だし、せっかく作ってくれた女の子にも失礼だ。
結局、もらったチョコを全部家に持ち帰った。
これでしばらくお菓子には困らないな。さすがに、もうチョコはいらないなって思った。
大量のチョコを見て母さんは嬉しそうに言った。
「クロナ、モテモテね~。父さんも学生時代、これくらいチョコをもらったらしいわよ。でも、今は母さんの手作りチョコしか受け取らないんだから!」
はいはい、熱々夫婦の惚気はもういいから。
もらったチョコが溶ける前に片付けたいけど、ツッコんだら負けな気がしてスルーした。
そんなアイドルみたいな経験をしている間に、アタシは2年生になっていた。もう1年が過ぎたんだ。アタシにも後輩ができるんだ。
「楽しみだな」
***
「先輩! お弁当、作ってきました!」
「あ、ありがとう」
「先輩、勉強教えてください!」
「あぁ、いいよ」
「先輩! 一緒にデートしてください!」
「そ、それはちょっと……」
勘弁してくれよ。2年生になったアタシは去年よりも勢いの増した後輩の女の子たちに押されっぱなしだ。
新入生の案内係を担当したせいで、入学直後から彼女たちのターゲットにされてしまう。
休み時間の度に教室へ押し寄せる後輩たちに、クラスの女子が口を挟む。
「ちょっと! クロナくんが困っているでしょ! 毎回来ないでよ!」
「えー? でも、クロナ先輩は嫌がってませんよ? ねぇ、先輩?」
いや、リアクションに困るフリをするなよ!
アタシが返事に困るだろ。
「ほら! 先輩は嫌じゃないって言ってますよ!」
いやいや、何も言ってないぞ! どれだけポジティブに解釈しているんだよ。
「クロナくんは、この学院の宝なのよ! 1年生が独占するんじゃありません!」
やめてくれ! 変なキャラづけしないで。
これじゃ、益々アタシが女の子らしい恋愛ができないじゃないか。
「もう、諦めようかな……」
アタシの女の子らしい恋愛は永遠に来ないかもしれない。
***
「おい! 今、1年のましろが体操着で体育やってるらしいぞ!」
「マジかよ! 行こうぜ!」
男子が何か大騒ぎで教室からダッシュで出て行った。
そんなに騒ぐことか?
「もう、男子ってバカなんだから」
「ましろって1年生でめっちゃ可愛い子だよね?」
「うん。アイドル顔負けの可愛い顔で、あざといらしいよ。ウワサだと、男を取っ替え引っ替えしているみたいだし」
「マジで最悪!」
「でも、イケメンしか狙わないみたい。クロナくん、気をつけてね」
キミたち、アタシは男じゃないからな。女の子に言い寄られても嬉しくないし、そんな性悪の口車には乗らないから。
「あぁ」
クラスメイトの忠告に適当な相づちをして受け流した。
***
「アタシが、あざと女に騙されるわけないのにな」
放課後、クラスメイトの忠告を思い出しながら、家に帰ろうとしていると、アタシの前を誰かが横切った。
風に舞うきれいなセミロング。その小さな背中は寂しげだった。
「あれが、ウワサのましろ……?」
ウワサのあざと女は何か逃げるようにアタシの前から消えていった。
「待て、ましろ!」
そのましろを追うように数人の女の子がアタシの目の前を通り過ぎる。
「なんだろ?」
まぁ、アタシに関係ない。そう思いながらも、何か嫌な胸騒ぎを感じる。アタシは、ましろが去っていた方向へと走り出す。
追いかけて着いたのは、体育館裏だった。
数人の女の子がましろを囲んでいた。
「ましろ」
「なに?」
「あんた、わたしの彼氏を盗ったでしょ?」
「はぁ? 何を言っているの? あっちから告ってきたんだよ? こっちは悪くないよ」
「ふざけるな!」
え!? ケンカ!? やばいだろ!
アタシは、気づくとその現場に踏み込んでいた。
「キミたち、何をしている?」
「く、クロナ先輩!?」
「1人に対して、これはないだろ。その子を放しなさい!」
アタシが注意すると、ましろを解放して女の子グループは逃げていった。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます」
「どうして、あんなことになったんだ?」
「さぁ、彼氏を盗られたって勝手な妄想してキレているだけですよ。彼氏が捨てる程可愛くないアイツが悪いんだ」
性格、わる! 顔は可愛いのに。残念美人だな。
これじゃ、あの子たちが怒っても仕方ない。
「顔は可愛いのね、中身は残念だな」
「そう? そういうセンパイだって、女の子にチヤホヤされて優越感に浸っているくせに! それに本当は自分よりモテない男子を心の中でバカにしているんでしょ!」
はぁ、何を言っているんだ、コイツ!
なんで、女のアタシが女の子にモテて嬉しいんだ?
アタシだって……男にモテたいよ。
本当は、あんな風になりたかった。男から可愛い、守ってあげたいと思われる女に。その理想を形にした女が目の前にいる。
アタシがどんな頑張っても”カッコいい”で片付けられてしまう。
神様は、ずるいよ。同じ女で、どうしてこんなにも可愛い女を産み出したんだよ。ましろに女として圧倒的に負けていると思い知らされて、アタシは涙が止まらなかった。
「え? どうしたんですか?」
「うるせぇ! 何でもない。こっちはカッコいいなんて評価はいらない……普通でいたいだけなのに……」
あれ? なんで、こんな女に本音を言っているんだ。
でも、涙も言葉も止まらない。コイツに吐き出したい。
「そっか。センパイも一緒なんだね」
「はぁ? お前みたいなモテモテ人間には分からないだろ」
「わかるよ。本当はね、可愛いなんて言われたくない。お互い、欲しい言葉がもらえない。似たもの同士だね」
「一緒にすんな!」
あれ? アタシ、こんなに他人に心を開いたのは初めてかもしれない。 ましろには本音を話しやすい。なんでだろう?
それから、アタシたちは体育館裏で意気投合した。
初めて本音を言える後輩ができた。
***
「はぁ、また、この時期が来ちまったか」
アタシがアリアンヌ学院で唯一嫌いなこと。それは始業式・終業式などの行事では必ず本来の性別の制服を着なくてはならないという校則。普段は、どんな制服を着ても自由な学院なのに、こういう時だけは真面目なんだから。
いつもはブレザーで楽だったのに。
半年ぶりにセーラー服に袖を通すと、久しぶりのスカートが膝ですうすうして落ち着かない。
「センパイ!?」
「うん? 誰?」
「ボクだよ、ましろ!」
ましろ! 男子用のブレザーを着ている!
しかも、いつものサラサラセミロングを外はねにしている。イメチェンじゃねぇよな。どう見ても彼女が彼氏の制服を勝手に着ているようにしか見えない。
だけど、今日は本来の性別の制服を着ないといけない日。
まさか、そんなわけないよな。ありえないよ。どこから、どう見ても女の子にしか見えないましろが……。
でも、そう思い込もうとしても目の前の状況の説明がつかない。
やっぱり、ましろって……。
「お前……男だったの?」
「そうだよ! 本当はセーラー服の方がボクを可愛く見せられるのに。それより、センパイ! センパイって女の子だったの?」
マジかよ。学院1番の美少女が男だったのか!?
女のアタシより可愛い男ってありかよ!
ってことは、あの時のアタシは男に負けたと思って泣いたのかよ!
ハズい。黒歴史ってやつじゃねぇか。
「悪かったな」
「そっか、センパイが女の子……よかった」
「はぁ? なんか言ったか?」
「なんでもない! これからもよろしくね、センパイ」
「おぅ」
変な後輩に懐かれちまったみたいだな。
まぁ、いいか。可愛い妹……いや、弟が出来た思えばいい。