ハイトの呪いに取り憑かれたみたいに、アタシは今日もタバコを咥えていた。
いつまで、こんな風に生きていくんだろう?
気づけば、何のために生きているのか分からない。
そんなとき、ましろから一通のメールが届いた。
”いつもの場所で待っている”としか書かれていない。
あそこだ。体育館裏。
アタシとましろが初めて、本音でぶつかった場所。
行くと、ましろが先に来ていた。
「ましろ……久しぶり、どうしたんだ?」
ハイトと付き合うようになってから、ましろとは会っていなかった。
だけど、久しぶりに再会したましろは、どこか冷たい目をしていた。
やば、タバコを咥えっぱなしだ。
「ボク、タバコ嫌いだから吸わないで」
「……わりぃ」
慌ててタバコを箱に戻す。
「センパイ、変わったよね。ハイトさんがいなくなってから……まるで、別人みたい」
ましろの声は優しいけど、言葉は刺さる。
図星だった。だから、何も言い返せない。
「今もハイトさんと同じタバコ吸っているの……ストーカーみたいだよ」
お前は優しいな、ましろ。
誰も言えないことを、ちゃんとアタシに言ってくれる。
そうさ、アタシはフラれた男の影をいつまでも追い続けるストーカー女。
忘れたくて、他の男と寝た。
でも、ダメだった。
ふとした瞬間に、アイツの声や匂いが蘇る。
「ハイトさんも、もったいないことしたな~。男が好きなら……ボクみたいな可愛い子に告れば良かったのに」
は?
ましろ……本気で言っているのか?
お前、アタシをおもちゃにして楽しいのか!?
「ふざけるな! お前に何がわかる……」
「わからないよ!」
「え?」
「自分をフッた最低男を、いつまで想い続けるセンパイの気持ちなんて!」
ましろの瞳に、涙がにじんでいた。
まるで、アタシの代わりに泣いてくれているみたいだった。
「ボクは……こんなセンパイ見たくないよ」
ありがとう、ましろ。
間違った道に進んでいたアタシを止めてくれて。
ハイトに振られてからも、誰もアタシを止めなかった。
父さんや母さんもアタシが隠れてタバコを吸っているのを知ってたくせに、見て見ぬふりをしていた。
本当は止めて欲しかった。
アタシは、涙をこぼすましろを強く抱きしめた。
もっと早く、お前に「助けて」って言えばよかった。
そう思った瞬間、アタシの目からも涙が溢れた。
アタシたちは体育館で声を上げて泣いた。
***
泣き疲れたあと、アタシたちは2人並んで空を見上げる。
「センパイ、もうすぐ卒業だけど、これからどうするの?」
あぁ、卒業か……。
ずっとハイトのことで頭がいっぱいで、将来のことなんて何も考えられなかった。
「……声優になりたいって言ってたよね。目指すの?」
ハッとして、アタシはましろを見た。
そうだ。アタシは声優になりたかったんだ!
自分の声で、好きなアニメの世界で生きることが夢だったじゃないか。
「ありがとう、ましろ……アタシ、声優になる!」
「がんばってね……ボクも、声優になろうかな」
「え、お前、声優に興味あったのか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
初耳だぞ。
でも、なんか嬉しい。
同じ夢を持つ仲間がこんな近くにいるなんて。
「そうか。お前の声、可愛いから声優になれるぞ!」
「センパイだってカッコいい声だから絶対になれるよ!」
「ありがとう。アタシ、絶対声優になる!」
「うん。ボクもここを卒業したら、センパイと同じ専門学校に行くから! 待っててね」
「おぅ、待っているぞ!」
アタシは、ましろに誓った。
夢を叶えるって。
***
アリアンヌ学院を卒業した春、アタシは上京した。
夢だった声優になるために。
だけど、現実は甘くなかった。
アタシが選んだのは『日本アニメーション学園』。
アニメ業界を目指す人間なら、誰もが知っている名門校。
声優だけじゃなく、アニメーター、アニメの脚本家を目指す人も多く在学している。特に声優コースに力を入れていて、大手声優事務所とのパイプがあり、実力があれば在学中に事務所に在籍出来る可能性もある。
そんな大手の学校を選ぶのはアタシだけじゃない。
毎年、何百人という声優志望者が入学してくる。
でも、夏を越える頃に半分の人間が消えていた。
学校の授業以外にも大変なことはたくさんある。
金だ。専門学校は金が掛かる。学費は父さんが用意してくれたけど、それ以外の生活費は自分で稼がなきゃいけない。
色々なバイトの面接を受けたけど、今は唯一採用してくれた男装カフェでバイトをしている。
男っぽい見た目を武器にしたくなかったのに、それをフル活用して生活費を稼いでいる。皮肉だよな。アタシはお客さんにウケて、気づけば店の”ナンバーワン”となった。
それが原因で、バイト先の空気が悪くなった。
シフトを外される日もあって、店の裏口で一人泣いたこともあった。
それでもアタシは耐えた。声優になるために。
だけど……。
学校の進級審査の日。
アタシの番が回ってきた。
「では、クロナさん。お願いします」
「はい!」
ステージに立った瞬間、審査員の視線が集まる。
その瞬間、アタシの時間が止まった。
あれ? 言葉が出ない。
喉が締め付けられる。
頭の中が真っ白になって何も考えられない。
「クロナさん、どうしました?」
審査員に声をかけられても「大丈夫です! 続けられます」の一言も出ない。
しゃべれ! しゃべろよ!
まだ声優の門すらくぐってないだろ。
アタシは……声優に、声優に……。
心の中で、もがき続けたけど、何も出来なかった。
***
父さんは「もう一年、挑戦してみなさい」と言ってくれた。
娘の夢を応援してくれる優しさから出た言葉だって分かっている。
ごめん、父さん。その言葉がプレッシャーなの。
進級審査以降、アタシは人前で何かをする度に言葉が詰まるようになった。大好きなアニメのセリフを言うだけでも、身体が震える。
あの日のことが何度も
学校に行くことさえも怖くなった。
そして、アタシは学校を辞めた。
「ごめん、父さん、母さん……ましろ」
いや、違う。
夢から逃げたんだ。諦めた自分と一緒に。