目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第50話 配信者クロナ誕生

 せいゆうから逃げたアタシは、何も上手くいかなくなった。

 専門学校を辞めたあと、バイトしていた男装喫茶でも、お客様が望むキャラになりきることもできず、クビになった。


 収入を失って焦ったアタシは、就職活動を始めた。

 でも、資格もアピール出来る職歴もない。履歴書には、ほとんど空白しか書けなかった。

 書類選考で落ちるのは当たり前。面接まで進んでも、うまく話せない


「ご自身の長所と短所を教えてください」


「あ、あ……」


 ただそれだけの質問に、何も言えなくなる。

 よく思われたい、取り繕いたい、そう思えば思うほど、言葉が喉に詰まって出てこない。


「アタシ……何のために東京にいるんだっけ?」


 すれ違う人たちがアタシを責めているように感じた。

「夢を諦めたお前に東京にいる資格はない」。そんな幻聴まで聞こえてきた。


 耐えられなくなって、逃げるように東京を離れた。

 だけど、実家に戻る気にはなれなかった。

 父さんと母さんに、夢を捨てた姿を見せたくなかった。

 地元の安いボロアパートを借りて、清掃のバイトしながら、ひっそりと暮らした。


 でも、すぐに気づいた。

 ここにはアタシを知っている人がいる。

 こんなアタシを見たら、きっと軽蔑される。


 逃げなきゃ。どこか遠くへ。どこでもいい、アタシを知らない場所に……。

 駅のホームで立ちすくんでいたとき、誰かと肩がぶつかった。


「あ、すみません……」


「センパイ? やっぱり、センパイだ!」


「え?」


 振り返ると、そこにいたのは……ましろ。

 変わらない。いや、あの時とよりも可愛くなった笑顔でアタシを見ていた。


「久しぶり! 元気? 専門学校も辞めちゃったって聞いて、連絡取れなくて……」


 やめろ……やめてくれ。

 お前は夢を叶えた人間だ。

 失敗したアタシを、見下しに来たのか?


 アタシは、ましろから逃げるように走った。


「待って! センパイ、行かないで!」


「放せ!」


「嫌だ! 絶対放さない! ずっと、会いたかった……」


 え? 会いたかった? ましろが、アタシに?


 アタシは、ましろの腕の中で崩れ落ちた。

 もう、何も耐えられなかった。


***


 気がつくと、アタシはましろのマンションに転がり込んでいた。

 売れないバンドマンが彼女に食わせてもらっているような、そんな情けない状況だ。


 でも、アタシは思い切って話した。

 専門学校の進級審査で落ちたこと。

 それから人前でうまく演じられなくなって、就活もうまくいかなかったこと。


 言っちまった。誰にも言えなかったのに。

 でも、ましろに聞いてもらったら、不思議と少し楽になった。


「カッコわるいだろ……笑ってくれよ」


「頑張ったね、センパイ」


 ましろは、そっとアタシを抱きしめて、頭を撫でてくれた。

 まるで、あの頃みたいに。今度は立場が逆になって。


***


「センパイ、ボク、ネットの配信者になろうと思うんだ!」


「すげぇな。元人気声優のお前なら、すぐに人気になれるよ」


「ねぇ、センパイも一緒にやらない?」


「え?」


「大丈夫! 顔出ししないし、リスナーさんは審査員じゃない。自由に話していいんだ。ラジオみたいにね」


「でも……」


「無理にはやろうと言わないよ。でも、ボクは配信しているセンパイを見たいな」


 その言葉が妙に胸に残った。それから、アタシはましろの配信をこっそり見るようになった。

 楽しそうにリスナーと話しているましろの姿を見て、思い出した。

 アニメの絵に合わせてセリフをマネして遊んでた、声優に憧れていた自分を。


 どうして、アタシは配信を見る側にいるんだ!

 画面の向こうのリスナーになっている自分が悔しい。


 アタシもやりたい。リスナーの前で自分の思っていることを話したい! 配信を聞く側じゃなくて、”する側”に立ちたい!


「ましろ」


「何、センパイ」


「アタシと一緒に……配信、やってくれないか?」


「……もう、遅いよ」


「え?」


「いつまで待たせる気だったの? 待ちくたびれちゃったよ」


「それじゃ……」


「OKに決まってるでしょ!」


「……ありがとう」


 こうして、『しろ×クロちゃんねる』が立ち上がった。


***


「初期のアタシって、どんな感じだったっけ?」


 アタシはガラホを取り出して、チューチューブを開く。

 初配信のアーカイブを見返した。


「うわ、噛みすぎ! しかも声ちっさ! 何を言ってるのか聞こえないじゃん!」


 まさに黒歴史だ。

 初回配信の時にアタシもハイエナさん書き下ろしの立ち絵を用意してもらった。黒髪のロングで切れ長の目が印象的なクールキャラ。このキャラの第一印象を壊さないようにクールなしゃべり方にしよう。

 そう思ってやったけど、全然ダメだった。

 最初の「こんくろー!」の挨拶から噛んでしまい、ましろとの掛け合いもボソボソしたしゃべりで字幕がないと解読出来なかった。


 もちろん、そんな配信をすればリスナーから「ましろんの相方いらねぇ」、「ボソボソ配信者帰れ」などコメント欄が荒れてしまった。


 配信もやったことない奴らが偉そうに言うな!

 思わず、配信中に口走りそうになった。

 けど、ふと我に返ってみると、そうだよな。リスナーにだって人生がある。仕事をしたり、デートをしたり、やることはたくさんある。

 そんな中で配信を見るための時間を割いてくれている。

 それなのに、こんなクオリティの配信を見せられたら、文句も言いたくなるのは当然だ。


 アタシはリスナーに時間を割いて見に来て良かったと思ってもらえる配信をしなくちゃいけない。


 それからアタシは変わった。


 滑舌、発声、トーク構成、すべて見直した。

 ましろ以外の配信者の動画も分析して、どうすれば面白い配信になるかを考えた。


 その結果、ましろのファンばかりのチャンネルに「声、カッコいいですね」、「あなたを推したいです!」というアタシへの応援コメントが届くようになった。


 ありがとう。


 声優を諦めたけど、配信者としてなら、もう1度……。


「ありがとう、ましろ……」


 でも、アタシはまだアタシの中には、殺しきれない影がいる。


 ハイト。


 まだアイツの幻影を、アタシはどこかで引きずっている。

 ブラッキーもやめきれない。

 ましろにこれ以上、迷惑かけたくないのに。


「ハイト……もう死んでよ」


 誰にも届かない声で呟きながら、アタシはタバコに火を点けた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?