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ましろの前世(かこ)

第51話 ボクは男の子?

「センパイ、またタバコ吸っているの?」


 その声は届かない。

 儚げにセンパイの口から出る煙が心の中に住み着く”あの人”の存在を主張している気がした。


 やっと、殺せたと思ったのに。

 まだ、いるんだね。


「ハイトさん、もういい加減にしてよ……このままじゃ、ボクらは前に進めないよ」


 センパイの後ろ姿を見つめるのがつらくて、ボクは自分の部屋へと逃げた。

 ベッドに沈み込み、抱き枕をぎゅっと抱えながら、あの背中を何度も思い出す。


「センパイ……お願い、もうハイトさんのことは忘れてよ」


 まぶたの裏が熱くなって、ボクはそのまま眠ってしまう。


***


「”おんなおとこ”がきたぞ!」


 それは、ボクのことだった。

 まつげが長くて、声が高くて、肌が白くて。

 まるで、女の子そのもの。

 そんな自分が嫌で「ボクは、男の子だよ」と否定した。


 でも、誰も信じてくれない。お母さんさえも。


 お母さんはボクのことを”娘”だと思い込んでいた。

 戦隊もののロボットが欲しいと言っても、買ってくれるのは魔法少女のステッキ。

 ズボンが欲しいと言えば、ピンクのワンピースやレースのドレス。

 何を言っても「ましろちゃん、こっちの方が似合うから」と耳を貸してくれない。


 野球をやりたいと言えば、「ましろちゃんは女の子なんだから、ダメでしょ!」と叱られる。


 その度に思った。

 この人、本気でボクを”女の子”だと思ってるの?


「ボクは、男の子だよ」と告げたとき、お母さんは目を見開いて、肩をぐっと掴んだ。


「ましろちゃんは女の子でしょ? わかった?」


 その目に浮かぶ狂気。子どもながらに悟った。

 この人の前では、女の子を演じないといけない。

 そうしないと何をされるか分からない。


 実際、お母さんの執着はどんどんエスカレートした。


 中学生になった頃には、セーラー服を着せたがるようになった。

「うちはブレザーなんだよ」と言っても、「ましろちゃんはセーラー服の方が可愛いでしょ?」と返される。


 学校には男子用の制服で通った。

 でも、家に帰れば強制的に”お着替え”。

 リボン、フリル、パフスリーブ。鏡の中の”女の子”が、ボクをあざ笑う。


 休みの日は、女の子ブランドの服屋さんに連れて行かされる。

 写真スタジオ、遊園地、動物園……どこに行っても一眼レフのデジカメを構え、ボクを撮った。

 もちろん、娘として。


 お父さんは耐えきれず、家を出て行った。

 離婚の時、お父さんにはボクを引き取る選択肢もあったはず。

 でも、親権はお母さんが持つことになった。


 きっと分かっていたんだ。お母さんから親権を奪うことは、命取りだと。


 お父さんは正しかったと思う。賢い人だった。


 それ以来、ボクに会うことは一度もなかったけれど、生活費だけはきちんと送ってくれた。離婚後、お父さんはお金はちゃんと払ってくれた。 無言のメッセージだったんだと思う。


「金は出す。だから、俺の人生に関わるな」と。


 お父さん、ボクを捨てて新しい人生を楽しんでいるのかな?

 幸せになれて良かったね。

 ボクの地獄は、まだまだ終わりそうにないよ。


 そんな地獄のような日々の中でも、ボクの中の”男の子”は生きていた。


 恋をした。

 中学校の同じクラスの女の子だった。


 彼女のことが好きで好きでたまならくて、あの日に思い切って告白した。


 放課後、体育館裏に呼び出して、震える声で言った。


「ボク、○○さんのことが好きです。付き合ってください!」


「……無理」


 その言葉が、冷たく心に刺さった。


「私、自分より可愛い男なんて無理なの。あんた、自分が男だって本気で思っているの?」


「え?」


 彼女は軽蔑した目でボクを見ていた。


「あんたみたいな顔で生まれた奴を見ているだけで、ムカつくのよ!」


 なんで、そんな理由で……。

 どうして、ボクの1番のコンプレックスがボクの初恋を殺す理由になるの?


 わけがわからなくて、その日は泣きながら家に帰った。


 お母さんがすぐに駆け寄ってきて、顔を覗き込んでくる。


「ましろちゃん、どうしたの!?」


「お母さん……ボクをもっと可愛くして」


 もちろん、本心じゃない。

 でも、そう言わずにいられなかった。


 失恋の痛みを覆い隠すには、それくらいの真逆の言葉じゃなきゃダメだ。お母さんは、目を輝かせた。


「もちろんよ! どんな女の子より可愛くしてあげる!」


 ルンルン気分で夕飯の支度に向かうお母さんを見送りながら、ボクはただ静かに目を閉じた。


「もう、ボクは女の子を好きにならない……」


 決意は静かだった。

 でも、ボクの心の奥で知らない感情が生まれた気がした。


「ボクは、女の子より可愛くなって、笑ってやる。男のボクよりモテないキミ達を……」


 これから始まるんだ。

 ボクをバカにした女という生き物へ対しての復讐が。


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