クロナセンパイに助けてもらったあの日から、ボクの中で何かが変わった。いや、壊れたのかもしれない。
あれ以来、ボクの頭はセンパイのことでいっぱい。
あのときの声、横顔、真っ直ぐな瞳。どれも焼きついて、消えてくれない。
まさか、ボクが男の人を本気で好きになるなんて。今までのボクからすれば、絶対に考えられないことだった。
男は、女子を絶望に落とすための”アクセサリー”だった。
”女子への復讐”。それだけのために、顔だけで選んで、甘い言葉をささやいて、ポイ捨てしてきた。
恋なんて演技。ボクにとって優越感しかなかった。
でも、クロナセンパイに出会って、そんな価値観が一気に崩れた。
ボクって、そっちもイケるのか……ちょっとショックだった。
だけど、それ以上に戸惑いの方が大きかった。
ここ、アリアンヌ学院には、世間の”普通”から外れた人が多い。
男の子がスカートを穿いたり、女の子が男装したり、それを誰も気にしない。
だから、ボクがセーラー服を着ていても、誰も文句なんて言わない。
きっと同性に恋することも、ここじゃ”普通”なんだよね?
こんな経験は初めてだから、誰かに相談したかった。
でも、ボクには本音を言える友達が誰もいない。
そりゃそうだ。ボクの周りは”アクセサリー”ばかり。
顔だけで選んだ、中身が空っぽな人たち。
可愛いボクを隣に置いて”可愛い彼女”持ちというステータスを自慢したいバカばかり。そんな彼らにボクの気持ちは理解できない。
じゃあ、お母さん?
いや、それは無理。
ボクのことを”娘”として扱ってくるお母さんに「男の子に恋したかも」なんて言えない。
「はぁ、どうしたらいいのかな……」
思わずタメ息が出ちゃった。誰かが言っていたけど、タメ息をすると幸せが逃げちゃうって。
でも、そんなことを気にしている余裕はない。
だって、ボク、本気で好きなんだもん。
クロナセンパイが、好きで好きでたまらない。
センパイは、見た目だけじゃなくて、中身まで完璧だった。
誰よりもピュアで、傷つきやすくて、優しい。王子様みたいな見た目なのに、あのとき、気持ちを抑えきれなくて泣いた顔……可愛かった。
そのギャップに、ボクは完全にやられてしまったのかもしれない。
「うわ……ボク、マジでキモいな」
恋する乙女かよって、ツッコミたくなるよ。
でも、その”乙女モード”は止まらない。
クロナセンパイに惚れてから、ボクは男子を弄ぶことをやめた。
今まで遊んでいたアクセサリーたちの連絡先を消去した。
いらないアクセサリーに使っている時間が勿体ないと気づいた。
それよりも、クロナセンパイと距離を縮めることが大事だ。
だけど、怖い。
センパイのように真っ直ぐで純粋な人の隣に、ボクみたいに汚れた人間が近づいていいのかなって。
「見た目は可愛いのに、中身はブサイクだな」
あの言葉が、今でもボクの胸に刺さっている。
こんなボクが、センパイに恋をしていいのかな?
***
その日は、ボクがアリアンヌ学院で1番嫌いな日だった。
始業式と終業式には、本来の性別の制服を着る決まりがある。
いつもはセーラー服を着ているボクも、今日は男子用のブレザーを着なくちゃいけない。
入学式以来、袖を通していなかったブレザーを久々に着ると、お母さんは「彼シャツみたいで可愛い」と笑った。
いや、お母さん。それが息子へのリアクション?
ちょっとオヤジっぽくてキモいよ。
まぁ、お母さんなりの褒め言葉なのかもしれない。
本当は似合っていないよって言いたいんでしょ。
ボクだって分かっているよ。
はぁ、マジで最悪。センパイに可愛くないボクを見せなくちゃいけないなんて。この格好じゃバッチリメイクもできないよ。
まぁ、ノーメイクでもボクは可愛いし。肌はツヤツヤ、モチモチでナチュラルメイクと間違えられるくらいだし。
自分で褒めていて惨めだな。
ボクが学校の校門前に着くと、人だかりができていた。
なんだろう? ボクが人混みをかき分けていくと、セーラー服姿のクロナセンパイだった。
「え!? センパイ!?」
「ま、ましろ!?」
一瞬、何が起きているのか分からなかった。
いつもブレザーを着ていたセンパイがセーラー服を着ている。
違和感があった。
でも、それ以上に可愛かった。
着慣れていない制服を恥ずかしそうに着ているその姿に、ボクの胸はぎゅっと締め付けられた。
「お前、男なの!?」
「センパイこそ……女の子?」
「お前、アタシを何だと思っていたんだ?」
「イケメンの王子様」
「寝言は寝て言え! ましろ……似合っているぞ!」
センパイがボクのブレザー姿を褒めてくれた。
でも、ボクはそれどころじゃなかった。
今日、クロナセンパイがセーラー服を着ている。
つもり、クロナセンパイは女の子。
ボク、女の子に恋していたんだ。
それだけで、ボクの心は一気に軽くなった。
男の子に恋しちゃったって焦ったけど、これで心配事がなくなった。
ボク、女の子……いや、クロナセンパイが好きなんだ。
「よかった……」
「はぁ? ましろ、どうしたんだ?」
「なんもない! センパイのセーラー服姿、可愛いよ!」
「う、うるせぇ!」
ボクは、心からホッとすると自然とニコッと笑った。
この恋は、ちゃんとした恋だ。
そして、誰よりも本気で、誰にも渡したくない。
ボク、センパイの彼氏になりたい。
この恋だけは、絶対叶える!