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第53話 クロナセンパイは女の子!?

     クロナセンパイに助けてもらったあの日から、ボクの中で何かが変わった。いや、壊れたのかもしれない。

 あれ以来、ボクの頭はセンパイのことでいっぱい。

 あのときの声、横顔、真っ直ぐな瞳。どれも焼きついて、消えてくれない。


 まさか、ボクが男の人を本気で好きになるなんて。今までのボクからすれば、絶対に考えられないことだった。


 男は、女子を絶望に落とすための”アクセサリー”だった。

 ”女子への復讐”。それだけのために、顔だけで選んで、甘い言葉をささやいて、ポイ捨てしてきた。

 恋なんて演技。ボクにとって優越感しかなかった。


 でも、クロナセンパイに出会って、そんな価値観が一気に崩れた。

 ボクって、そっちもイケるのか……ちょっとショックだった。

 だけど、それ以上に戸惑いの方が大きかった。


 ここ、アリアンヌ学院には、世間の”普通”から外れた人が多い。

 男の子がスカートを穿いたり、女の子が男装したり、それを誰も気にしない。


 だから、ボクがセーラー服を着ていても、誰も文句なんて言わない。


 きっと同性に恋することも、ここじゃ”普通”なんだよね?


 こんな経験は初めてだから、誰かに相談したかった。

 でも、ボクには本音を言える友達が誰もいない。

 そりゃそうだ。ボクの周りは”アクセサリー”ばかり。

 顔だけで選んだ、中身が空っぽな人たち。

 可愛いボクを隣に置いて”可愛い彼女”持ちというステータスを自慢したいバカばかり。そんな彼らにボクの気持ちは理解できない。


 じゃあ、お母さん?

 いや、それは無理。

 ボクのことを”娘”として扱ってくるお母さんに「男の子に恋したかも」なんて言えない。


「はぁ、どうしたらいいのかな……」


 思わずタメ息が出ちゃった。誰かが言っていたけど、タメ息をすると幸せが逃げちゃうって。

 でも、そんなことを気にしている余裕はない。


 だって、ボク、本気で好きなんだもん。

 クロナセンパイが、好きで好きでたまらない。


 センパイは、見た目だけじゃなくて、中身まで完璧だった。

 誰よりもピュアで、傷つきやすくて、優しい。王子様みたいな見た目なのに、あのとき、気持ちを抑えきれなくて泣いた顔……可愛かった。


 そのギャップに、ボクは完全にやられてしまったのかもしれない。


「うわ……ボク、マジでキモいな」


 恋する乙女かよって、ツッコミたくなるよ。

 でも、その”乙女モード”は止まらない。

 クロナセンパイに惚れてから、ボクは男子を弄ぶことをやめた。

 今まで遊んでいたアクセサリーたちの連絡先を消去した。

 いらないアクセサリーに使っている時間が勿体ないと気づいた。

 それよりも、クロナセンパイと距離を縮めることが大事だ。


 だけど、怖い。

 センパイのように真っ直ぐで純粋な人の隣に、ボクみたいに汚れた人間が近づいていいのかなって。


「見た目は可愛いのに、中身はブサイクだな」


 あの言葉が、今でもボクの胸に刺さっている。

 こんなボクが、センパイに恋をしていいのかな?


***


 その日は、ボクがアリアンヌ学院で1番嫌いな日だった。


 始業式と終業式には、本来の性別の制服を着る決まりがある。


 いつもはセーラー服を着ているボクも、今日は男子用のブレザーを着なくちゃいけない。

 入学式以来、袖を通していなかったブレザーを久々に着ると、お母さんは「彼シャツみたいで可愛い」と笑った。


 いや、お母さん。それが息子へのリアクション?

 ちょっとオヤジっぽくてキモいよ。

 まぁ、お母さんなりの褒め言葉なのかもしれない。

 本当は似合っていないよって言いたいんでしょ。


 ボクだって分かっているよ。


 はぁ、マジで最悪。センパイに可愛くないボクを見せなくちゃいけないなんて。この格好じゃバッチリメイクもできないよ。

 まぁ、ノーメイクでもボクは可愛いし。肌はツヤツヤ、モチモチでナチュラルメイクと間違えられるくらいだし。


 自分で褒めていて惨めだな。


 ボクが学校の校門前に着くと、人だかりができていた。

 なんだろう? ボクが人混みをかき分けていくと、セーラー服姿のクロナセンパイだった。


「え!? センパイ!?」


「ま、ましろ!?」


 一瞬、何が起きているのか分からなかった。

 いつもブレザーを着ていたセンパイがセーラー服を着ている。

 違和感があった。

 でも、それ以上に可愛かった。

 着慣れていない制服を恥ずかしそうに着ているその姿に、ボクの胸はぎゅっと締め付けられた。


「お前、男なの!?」


「センパイこそ……女の子?」


「お前、アタシを何だと思っていたんだ?」


「イケメンの王子様」


「寝言は寝て言え! ましろ……似合っているぞ!」


 センパイがボクのブレザー姿を褒めてくれた。

 でも、ボクはそれどころじゃなかった。

 今日、クロナセンパイがセーラー服を着ている。

 つもり、クロナセンパイは女の子。


 ボク、女の子に恋していたんだ。

 それだけで、ボクの心は一気に軽くなった。


 男の子に恋しちゃったって焦ったけど、これで心配事がなくなった。

 ボク、女の子……いや、クロナセンパイが好きなんだ。


「よかった……」


「はぁ? ましろ、どうしたんだ?」



「なんもない! センパイのセーラー服姿、可愛いよ!」


「う、うるせぇ!」


 ボクは、心からホッとすると自然とニコッと笑った。

 この恋は、ちゃんとした恋だ。


 そして、誰よりも本気で、誰にも渡したくない。


 ボク、センパイの彼氏になりたい。

 この恋だけは、絶対叶える!

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