自分の気持ちに気がついて、何となくスルーしたままではいられなくなった。
おれは、シュンの好意を当たり前にしてしまっていた。
ないがしろにしてたわけじゃないけど、でも、いつか心変わりするだろうって勝手に思っていた。
だって最初は小学生だったんだよ?
いつまでも続くなんて思わないじゃないか。
だけど、彼女とののろけ話を垂れ流すチュンを見ていて、シュンから差し出される優しさは全部優しいだけじゃない、おれに向けられた気持ちだって気がついた。
気がついたっていうか、実感してしまった。
ふんわりした好きじゃないかもしれない。
おれはおれで、シュンを好きかもしれない。
それは、可愛い弟分っていうんじゃなくて、独り占めして隠してしまいたい方向かもしれない。
気持ちを、ちゃんと確かめなきゃいけない。
そう思うのは、おれとしてはとても珍しいことで、それなりに意を決して、確かめようと思ったはずなのに。
珍しいことを思いついたところで、すんなりいくはずはない。
ゴールデンウィークにかぶって、急ぎの仕事が入った。
当然、シュンに会えるわけもなく。
寺に行ってテルさんに会うことも、チュンと呑みに行くこともお預けになった。
急ぎの仕事を仕上げたらちゃんと顔を見て話そう! って思い定めたものの、チュンと一緒に顔を出す予定をしていた五月末の寮祭の時は、先輩の代打で出張になった。
当然、寮祭訪問も含めて全部お流れだ。
そんなこんなで、おれのやる気はペッチャンコ。
珍しいことだったから、タイミング外されるともうダメだよね。
改めてシュンに連絡とるのもためらわれて、うだうだしているうちにカレンダーは水無月で、梅雨が目の前になっていた。
そして現在、お約束のように、絶賛体調不良中です。
いい加減慣れればいいのになと思うのだけど、つられて気分もサイアクです。
慣れないことを考えすぎて、いろいろへろへろです。
ちゃんと雨具も装備していたっていうのに通り雨に降られてしまって、かろうじて濡れ鼠は回避したけど、帰ったら熱が出ていた。
咳はないから、今夜だけで下がるかな。
いつも熱が出た時のように、枕元に水分を準備する。
ベッドの下、手を伸ばせば届くところにタオルと着替えを用意して、足元に寒気が来た時用の毛布もスタンバった。
こういう時に静かすぎる部屋は心細さが倍増するから、音量を低くしてテレビをつけて、二時間ほどで切れるようにタイマーをかける。
スマホは充電器をつないで手の届くところに。
さて、では、おやすみなさい。
スマホが震えて目が覚めた。
テレビは消えているから、あれから二時間以上たってはいるんだろう。
手探りでスマホを探す。
体を動かしたら、咳が出た。
「ぅあ~……」
変な声出るじゃないか。
これからまだちょっと上がるなって感じで、体が重い。
面倒な用件じゃないといいなあって思いながら、スマホを見る。
浮かび上がっているのはシュンの名前。
ホッとして、いきなり声が聞きたくなるけど、ぐっとこらえた。
いやあ、今はダメでしょう。
いったん切れるのを待って、メッセージを送る。
『出られなくてゴメン。どうした? なんかあった?』
すぐに既読がついて、折り返しのメッセージが来る。
『元気かなって。今、話できる?』
ぴょんぴょんと画面の中で飛び跳ねるスタンプ。
少し迷った。
声は聞きたい。
すごく聞きたい。
でも、無理だな。
おれが話できない。
『今は無理。また今度』
『熱?』
『そう。だから、また今度。おやすみ』
そっけないけどゴメンねと思うけど、ここはやせ我慢。
スマホから手を放して、もう少し寝る。
ぼやぼやした頭で考える。
うん。
やせ我慢でもいいんだよ。
今は少し寂しいけどさ、出ない声で通話つないでも心配かけるだけだから、ちゃんと寝た方がいいんだ。
そこからまた寝て、スマホの振動で目が覚めた。
だいぶ汗もかいていて、これは明日には下がるなって安心して、体を起こす。
ふわふわしているのは、寝起きだからか熱が残っているからか。
冷える前に着替えてしまおう、それからスマホの確認だなって、部屋の電気をつけて動き始めたら、インターホンが鳴った。
「へ?」
正確な時間はわからないけど、今時分に誰だなんだ?
首は傾げたけど、荷物が届いたとか急ぎの用事かもしれないと、バスタオルで身体を拭きながらインターホンに出る。
「……はい」
『えと……オレ、です』
「シュン?」
え、なんで?
慌てて手に取りやすいところに置いてあったものを羽織って、玄関に向かう。
っていうか何でだ?
そんで今、何時だ?
門限どうした?
鍵を開けた途端にシュンが部屋に入ってきて、おれのことを確認した。
「いっくん、大丈夫?」
「何やってんのお前? 門限は?」
同時におれも問い質していて、お互いにどうすりゃいいんだっていうお見合い状態になる。
あー……うん、まああれだ。
落ち着け、おれ。
「とりあえず、入って座って。おれ、着替えるから」
まだちょっと頭がぼんやりしていて、熱は残ってるなって思いながら、鍵をかける。
テレビの前の床を指さして、シュンの顔を見たら、へにゃ、ってなってた。
「シュン?」
「それ、使ってくれてんだ。嬉しい」
自分が羽織っていたのは、この間贈られてきた綿入り袢纏。
あーってなる。
いやだって慌ててたし手近にあったし。
いろいろと言い訳考えたけど、口には出せなかった。
嬉しそうなシュンの顔があまりにもかわいくて、脱ぐのが少し惜しくなった。