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第31話 ふわふわしていたせい

 ベッドはおれが抜けだしたまんまで、掛け布団はドーム状になっているし、手の届く範囲に熱が出た時の必需品がセットされてる。

 着替えようとしていたパジャマやバスタオルは放置されているしね。

 人を招き入れられるような状態じゃないのはわかっているけど、病人なのでご勘弁。

 部屋の様子を見たシュンは、おれが着替えかけていたのに気がついたらしい。


「ごめん、タイミング悪かったね。身体冷やしてない?」

「いや、袢纏あったから大丈夫」

「そっか、よかった。いっくんは着替えちゃいなよ。台所借りるね」


 さっき、シュンからのメッセージを断って寝た気がするんだ。

 すごく心細かったけど、出ない声を聴かせるよりはましだろって、我慢したはず。

 なのに、なんかいきなり本物がここにいる。

 頭んの芯がボヤってしていてよくわからないけど、シュンがここにいるのはやっぱり嬉しくて、やっぱりおれはシュンが好きだなって思った。

 シュンはキッチンスペースの方に立って、持ってきたビニール袋から何かを取り出していた。


「話できないくらい辛いんだったら大変だって思って、急いできたんだけど、思ってたより元気そうでよかった」


 シュンがそう言いながら勝手に準備しているのは、どうもレトルトの粥らしい。

 ありがたいんだけど、シュンがここに来ることなんてないと思っていたから、急すぎると驚くだろう?


「嬉しいけど、大丈夫なのか?」


 時計を確認したら、今すぐダッシュで帰っても、絶対門限には間に合わない時間。

 それなのにシュンは安心したような顔で、のんびりとしている。


「大丈夫。外泊届けだしてきた。明日の朝、急いで戻る」

「は?」

「大先輩の言いつけ通り、遠藤さんには袖の下置いてきた。いっくんの看病に行きたいので、って申告したら『お大事に』って、届受理してくれたよ。ほら、いっくん着替え」


 おれのマル秘情報、存分に活用しているらしい。

 まあ、いいんだけどね。

 活用するのはいいんだけど、寮則破ってんのはいいのかなってなるよね。

 まあ、いいのか。

 おれはシュンに背を向けてもそもそと着替えをする。

 着替え終わって、さっきまで着ていたものを洗濯機の前においてきたら、ローテーブルの上におれの分の病人食が並んでた。

 ほかほかの食事。

 おれは嬉しくて、用意された食事の前に座る。


「コンビニご飯だけど、これなら食えるっしょ?」

「あ、うん。ありがと」


 やっぱり熱でふわふわしてるんだと思う。

 じゃなきゃ、こんな風に顔が熱く感じるわけない。

 おれは今、一人暮らしのはずなのに。

 なのに、熱があってもこんなに安心してる。

 シュンが手を伸ばして、そっとおれの首筋に触る。


「ん……ちょっと高いかな。解熱剤飲んだ?」

「帰ってすぐに。あとは寝てた」

「じゃあ、ちょうどよかった。これ食って、もう一回、寝ちゃいなよ」

「うん」


 すすめられて素直にうなずいて、箸をとった。

 って!

 ちょっと待ておれ。


「いや、おれはいいけど、シュン今夜泊まっていくの? 布団ないぞ?」

「外泊届けだしてきたからね。今から寮に戻る方が、イチかバチかになるじゃん。それに、オレはいっくんみたく熱出さないから、その辺で転がって寝ても平気」

「平気じゃないだろ? そんなのおれが心配になるじゃないか。じゃあ、せめて一緒に布団はいろう。毛布ならあるから」


 そう言ったら、シュンが絶望的な顔になった。


「いっくん……わかってる? オレ、いっくんのこと好きなんだよ。部屋にいるだけならまだ『いっくんは病人』って我慢できるけど、一緒の布団はちょっと……」

「お前の寝場所が部屋だろうが布団だろうが、今のおれは病人だけど?」

「いやそうじゃなくて……あのね、今、オレすごく嬉しいっていうか高揚してんの。いっくん、部屋に入れてくれるし、袢纏使ってくれてるし、信用されてるなって気持ちが高ぶってるからさあ、一緒の布団に入ったら振り切れちゃう」

「でもおれは、シュンが一緒だと安心する」


 おれが飯食っているのを見守りながら、シュンがうんうん悩んでいる。

 これまでだってさんざん布団に侵入してきたくせに、何言ってるんだろうって思ったけど、なんか頭の芯がぼんやりしてて、うまくまとまらない。

 とりあえず出された食事を何とか完食して、薬を飲む。

 明日の朝には下がっていることを願って、がっちり寝ようと寝支度にとりかかる。

 歯を磨いて戻ったら、シュンが意を決した顔で正座していた。


「シュン?」

「あのね、いっくん。オレ、いっくんのこと好き。だから、ちゃんとお付き合いして」


 さっきの今で何が起きたのかよくわからない。

 でも嬉しいと思った。

 頭はふわふわしてるし身体はポカポカゆらゆらしているけど、寒さも不安も感じないのは、きっとここにシュンがいるからだ。

 だからいいかって、頷いた。


「うん」


 正座した姿勢のままシュンが目を見開く。


「おれも多分、シュンのこと好きだ」

「え?」

「好きなんだと思うんだ。だって、袢纏が嬉しくて涙が出そうになったから」


 大真面目な顔のシュンの前にかがんでそう言ったら、シュンが涙目になった。


「ホントに?」

「うん」

「オレと付き合ってくれる?」

「いいよ」


 涙目のシュンが、両の手でおれの頬を挟む。

 それから、そっとそおっと、優しいキスをくれた。


「いっくん好き。大事にする」

「うん」

「まだ、ぽかぽかだ……早く元気になってね」

「うん。じゃあ、一緒に寝ようか」


 先に布団に入ってシュンを招いたら、シュンは床にうずくまってしまった。


「……って、なにそれ、すごい我慢大会なんだけど……ま、いいか。待っていっくん、片付け済んだらね。先に寝てて」


 シュンはすぐに立ち直って、おれを布団に仕舞い込んだ。

 それからもう一回優しいキスをくれたから、おれは大人しく目をつむった。


 確かに、おれはシュンのこと、好きになってた。

 ちゃんと気持ちを確かめたいと思っていた。

 だけどなし崩しにつきあうまで行くとは、思ってなかった。

 キスまでしちゃうとか、一足飛び過ぎんか。


 すべては熱でふわふわしていたせい。


 だけど、今までになく安心して眠れたのは、言うまでもない。





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