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第7話 行商人がやってきた

■フィオレラ村 教会司祭の家 庭


「風呂に入りたい……いや、浴場を作るのが先だ」


 俺が異世界に来て、数日たった朝に俺は思う。

 〈浄水〉で顔を洗い、体も軽く拭くが日本人としてはちゃんと汗を流したかった。

 大きなタライのようなものに水を張って、汗を流すことはしているが日本人としては暑いお湯の風呂に入ったり、せめてサウナくらいはしたい。


「まぁ、ない物ねだりなんだがな……」


 朝から庭の一画の薬草園に〈浄水〉で水撒きするのが俺の日課になってきた。

 ドリーもいて、育ちがいいのか立派な薬草がたくさん生えている。


「キヨシ様、おはようございます。今日は行商人が来ますので、薬草を摘んでしまいましょう」

「おはよう、ホリィ。ああ、月1で来る行商人だったか? いろいろな商品を売ってくれるとか」

「はい、ただ貨幣なんて村では使いようがありませんので物々交換ですね。街では貨幣で買い付けをしたりするのですけど……」


 なるほどと俺は思う。

 ホリィには毎夜この世界のことを色々教えてもらっているが、まだまだ知らないことが多かった。

 世界の成り立ちくらいの歴史でも結構な時間がかかっているので、一般常識までたどりつけていない。


「なら、交換できる品が今回は多いだろうな」

「はい! キヨシ様のお陰で村の作物もたくさん取れましたし、この薬草も高値が付きそうです」


 薬草を摘んでいって籠に入れつつホリィは嬉しそうに笑っていた。

 笑顔はいいものだ、心が安らぐ。


「パパぁ、ごはんー」

「ああ、わかった。すぐに行く」


 寝起きの目をくしくしとこすりながら、ドリーが起きてきた。


(俺らのことを他の人が見たら家族に見えるんだろうか……そうだといいな)


 内心、そう思いつつも今日も和やかな一日が始まる。


■フィオレラ村 教会前広場


 広場に俺が向うとちょうど行商人が来たところだった。

 馬車で荷物を持ってやってきた商人は一人。

 小さな村だから、これで十分なのだろう。


「おおきに、行商人のリカードや」

「護衛のセリアよ」


 俺は行商人の言葉にぎょっとする。

 見た目は茶髪で眼鏡をかけている外国人なのだが、口調がベタベタな関西弁に近いので仕方ないだろう。


「最近、村に来たキヨシだ」

「ドリーだよ」

「ど、ドリアード!?」


 今度はセリアと呼ばれた女が驚き、ドリーに一気に近づいてきた。

 余りの勢いにびっくりしたドリーは俺の後ろに隠れてしまう。


「おい、怯えるだろ?」

「すまない……精霊なんて、最近見ていなかったから。この村は精霊が生きていける村なのね」

「どういうことだ?」

「私はエルフ、精霊と共に暮らしてきた森の民だ」


 髪をかき上げて長い穂先のような耳をセリアが見せてきた。

 だが、その先が切り取られているのをみるといたたまれない気持ちになる。


「まぁ、長話は荷物を下ろして商売が落ち着いてからにしよか」

「そうだな」

「ええ……」


 リカードの言葉に俺もセリアも同意して、まずは市場の準備をはじめるのだった。


◇ ◇ ◇


「な、なんや……どうなっとるんや……」


 リカードが眼鏡をズラしながら驚くのも無理はない。

 小麦やジャガイモなどが結構な量が物々交換で持ってこられたのだ。


「この芋なんか、なんでこない大きいねん。巷に出ているものはもっと小さいもんやで?」

「そうなのか? 俺がイメージしているサイズはこんなものなんだが……ドリーも俺の意図を組んで成長させてくれたんだよな?」

「あい!」


 リカードが手にしたジャガイモは俺がよく知る男爵だ。

 大きさは日本でよく手に入るサイズで、それほど大きいとは思えない。


「ドリアードの力は植物の成長に大きな影響を与える。育ちがいいのは当然だな」


 ひと段落したのか、小麦の入った袋を馬車に積んでいたセリアが俺達の下に来た。

 セリアがドリーを撫でるとドリーもセリアにすり寄っていく。

 少しの間に慣れてくれたようだった。


「もう一つ驚きなのはあんさん、キヨシはんやっけ? 聖者様やったんやなぁ~、そら大きい芋を育てられるわなぁ」

「そういうものなのか? 俺はただ普通に農業のまねごとをしているだけだ」


 俺がまねごとといっているのは謙遜ではない。

 昔、じいさんの畑を手伝っていたくらいの知識と経験では村の農家の人達とはレベルが違いすぎていた。

 なぜだか、育っている作物が立派なので「ありがたや」とお祈りされたり「さすがキヨシ様」と担ぎ上げられるのでよくわからない。

 ただ、過信はしないように気を引き締めては行きたいところだった。


「そうだ、リカードは街を知っているんだよな? 街の情報として風呂とかについて聞きたい」

「ああ、この村には風呂屋はないなぁ。川で水浴びするだけやろ?」

「俺は風呂のある生活に慣れていた人間だから、あったかい湯を浴びたいんだが何か手がないかなとな……」


 リカードが説明してくれたことで、風呂の文化があることはわかったが村にそれらしいものがない。

 だから、他の方法を知りたかった。


「せやなぁ……いい取引ができたんで、これをキヨシはんにあげるわ」

「これは?」


 俺はリカードから赤い石の様なものを受け取る。

 ゴツゴツした肌触りで、今まで触ったことのないような不思議な道具だ。


「温熱の魔導具ゆーてな、魔力を込めるとあったかくなるんや。魔力を込めてあったまった状態で水につければお湯ができるってわけやね」

「湯沸かしができるものか。再利用もできそうだな」

「火を使わないから川岸でなくても温浴ができるゆーて、街では一時期注目を集めたんやけど」

「だけど?」

「街で大量の水を用意する必要もあるし、魔力をかなり込めないと温らないものなんで使い道があんまりなくて在庫があふれている状態や」

「なるほどな……」


 俺は石を持って、ぎゅっと握ると<浄水>を初めて使ったときのように頭に力の流れがイメージできる。

 すると、石がさらに赤くなって熱を持った。


「あぁぁっっ!? こんなにすぐあったまるものなのか!?」

「キヨシはん! 貴族にしかロクに使えないと言われてたものやのに!」

「わからん……わからんが、これで風呂に入れる!」


 俺は理由なんかどうでもいいので、あったかい風呂に入れることでウキウキする。

 数日ぶりの風呂だ!


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