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第24話:愉快な三大神その1

▼女神ユピテル


 ここはユグドラシルと呼ばれる巨大樹の頂上部にある神の間だ。この世界を司る三大神が一同に会していた。


 円卓を挟み、三柱がそれぞれに意見を交わしている。妙齢の女神が口を開く。腰辺りまである銀色の髪を手櫛ですきながら、仕草も交えてだ。


「だから報告したように、1年ほど前に、この世界に魔王が送り返されたと言っているのです! マルスお兄様! 椅子で色ボケの頭を殴るわよっ!」


 問い詰めるような口調で左斜め側に座る金髪の男神を睨みつける。男神は金色の髪をふわふわと揺らしながら、立ち上がって椅子を振りあげているこちらに驚いている。


「おい、椅子はやめろ! 降ろせ! レオンはまだ魔王として覚醒していないのだろう? ならば、そこまで気にする必要はなかろう」

「ですが、マルスお兄様。放っておいていい存在ではありませんことよ! クリイヌス、貴方もこのポンコツ創造神に椅子でツッコミを入れてよ!」


 話にならないとばかりに慈愛の女神ユピテルは右斜め前に座る男神である破壊神クリイヌスの方へと顔を向けた。クリイヌスはやれやれと肩をすくめている。


「まあまあ、ユピテル姉さん、椅子を降ろしなよ。ボクも憂慮しているよ。仕事が増えてめんどくさなーってくらいには……ね?」

「んもう! この役立たず!」

「ひどい言われようだ」


 破壊神クリイヌスは気取った感じで短い黒髪を右手で払い上げてみせる。女神ユピテルは「ぐっ」と唸り、湧いてきた怒りを椅子に乗せて、神の間の壁にぶん投げる。


 そうした後、違う椅子を手に取って、その椅子に尻をドスンと勢いよく乗せて座る。その姿をおろおろと使用人の天使たちが見ているというのに、おかまいなしといった仕草を取ってみせる。


「んで? ユピテル姉さんは対策をしっかり取ってくれたんだろう?」


 クリイヌスがこちらへと黒い目を向けてきた。挑発の色が込められている瞳だ。ユピテルは「ふんっ」と鼻を鳴らし、けっして、弟の挑発には乗らないといった雰囲気を醸し出す。


「もちろん、魔王の卵であるレオンには、しっかりと仕込みをしてきたわ。こちらを見てくださいまし」


 ユピテルは円卓の中心部を指差した。するとだ、円卓の中心部にはめ込まれた大きな多角形の宝石から淡い光があふれ出す。その光は円卓の上にスクリーンを展開させた。


「ほう……かねてから、地上の人々を正しき道へと導くための善行ガイドブックをレオンに与えたのか」

「その通りですわ、マルスお兄様。魔王をこの世界から追放してから今年でちょうど一千年」

「もうそんなに経つのか。ならば、レオンが魔王とともにこの世界にやってきたのも予言通りだったわけだな?」

「それに合わせて、こちらも人心をまとめるための勇者プロジェクトを進めてきましたわ。それがよもや、魔王を体内に封印したレオンそのひとで試すことになるとは思いませんでしたけど」


 かつて、この世界には魔王が存在した。その魔王は予言を残し、異界送りにされた。だが、魔王は不滅であった。いつか、この世界に戻ってきて、復讐してやると言い残していた。


 魔王は宣言していた。一千年後に戻ってくると。それに合わせるように魔物の出現数がこの数十年で一気に増えた。地上の人々は魔物に脅かされるようになった。


 だが、地上の人々はたくましく、魔物と戦うための組織を作り上げた。そのひとつが冒険者ギルドだ。冒険者ギルドに所属する冒険者たちは日夜を問わず、魔物と戦っている。


 少しでも魔物の被害を抑えるためだ。だが、これだけでは足りない。人心も魔物という存在に惹かれ、世の中は乱れ始めていた。


「魔王による世界への悪影響は、ボクの望まぬ世界の変革です。ユピテル姉さん。ボクにも何か出来ることはありますか?」

「ええ、クリイヌス。そして、マルスお兄様。レオンが魔王の力を抑えるために彼が正しく善行を積めるよう、手伝ってほしいの」


 円卓のスクリーンにはレオンが映し出されていた。彼は今、ユピテルの指示に従い、リゼルの街にたどり着き、さらには冒険者ギルドの扉をくぐっている。


 レオンが受付のお姉さんのおっぱいを色んな角度から見ている間抜けな姿は三大神から筒抜けになっていた。


 マルスは「がーははっ!」と豪快に笑い、クリイヌスは「くくっ……」と笑いを噛み殺している。ユピテルは2柱を見て、「ぐぬぬ……」と唸る他なかった。


 しかしながら、レオンが仲間を募集する段階まで来たところで、男神たちはスクリーンに注目することになった。


 レオンは受付のお姉さんとともに登録名簿をチェックしている。その後、レオンの視線の向きが変わる。それにつられて、三大神もレオンが見ている女性を見ることになった。


 視線の先には大きなおっぱいに、艶めかしいくびれ、思わず引っ叩きたくなってしまいそうな尻の女遊び人の姿があった。


 うさ耳に兎のまんまる尻尾。さらにはタイトなレオタードで身体のラインを強調している。


 男神たちは女神がいる前でごくりと息を飲んだ。その途端、ユピテルは男神たちを非難の色で睨んでやった。


 男神たちはわざとらしく、「ゴホン……」と咳払いをした。


「遊び人か……。うーーーむ? ダメだな。堕落の象徴だ」

「だけど、ボクはそこまで悪くはないと思いますけど」

「いかんいかん。ユピテルを見ろ。お勧めしたら、どうなるか、わかっているわよね? という顔をしている」


 マルスの言う通りだとばかりにユピテルは椅子の上で踏ん反り返ってみせた。クリイヌスは何か言いたげな表情となっていたが、ジロリと彼を睨んで、無理矢理、黙らせた。


「うん、遊び人を勧めるのはやめておくよ。ユピテル姉さんのお仕置きが怖そうだ。さて、この者たちのプロフィールを見るとだ……。お勧めは男魔法使いだが……」


 クリイヌスは渋々ではあるが、近くにあるボタンを手で押した。「ぴこーん♪」という音が鳴って、男魔法使いにお勧めを示す☆がひとつ点灯した。


 弟神に合わせて、マルスもボタンを押して、お勧めの☆を男魔法使いに付けた。


「やはり男魔法使いで一致ですわね」


 ユピテルもボタンを押す。これで男魔法使いのお勧め度は☆3となった。だが、女神ユピテルはひとつだけ、男魔法使いに対する懸念があった。


「問題はこの男魔法使いが今年で60歳ということですわね……さすがにおじーちゃんをつれて、三種の神器集めはきついわね」


 ユピテルが思案していると、各人のプロフィールを確認していたマルスがニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた。


「ならば、女魔法使いに☆3つけておこう。ドジっ娘とか、見ていて面白そうなのである」

「注目するところ、そこなの? マルスお兄様。もっと、この娘の境遇をチェックしてほしいわ」


 兄に難癖をつけたが、本心ではガッツポーズをしていた。


 善行のお勧め提示は三大神の協議の上で行うという取り決めがあった。自分だけの意見で女魔法使いミルキーを無理矢理、推すわけにはいかない。


 最低でも兄が推してくれることを願っていたのだ。ユピテルはしめしめ……と思いながらも、その感情を表情としては出さなかった。


 あとはレオンの良心を信じた。ユピテルは女魔法使いミルキー・ウェイの経歴をチェックし、彼女は確かにドジっ娘であるが、同時に努力家であることを知っていた。


(ミルキーはただ単に空回りしているだけなのよね。レオンという存在が彼女に良い刺激を与えてくれるっていう予感がするの……)


 スクリーンに映し出されたレオンはユピテルの思惑通り、ミルキーを仲間に選んだ。ユピテルは満足げな表情になりながら、レオンに女神からのコメントを送るのであった。


 次の仲間も同じように三大神で話しあった。戦士バーレ・シュタイン、僧侶エクレア・シューにそれぞれ☆をつけていく。


「うむ。我ながら良い者たちをお勧めできたと思うぞっ」

「お疲れ様です、マルスお兄様。どうです? この善行システム。思ったよりも上手くいっていると思うの」

「そうだなっ。これからもレオンを温かく導いてやろう」


 マルスはご機嫌であった。その姿を見ていると、ユピテルも気分が良くなってくる。


 レオンは見習い勇者(むっつりすけべ)だ。さらには彼はおっぱいの大きさだけで女性の良し悪しを判断してしまいかねない18歳の年頃の男子だ。


 正直言って、レオンを見てるとハラハラしてしまう。だが、その心配もよそに、レオンは良い仲間を選ぶことが出来た。


 女神からのコメントを送ることで、最初の作業を終える三大神だった。あとは、勇者たちのパーティ結成会を心温かく見守っていた。


 ロシアンタコ焼きが運ばれてくるや否や、マルスとクリイヌスも大はしゃぎとなる。


「サソリだろ、おい! サソリにいっておけ!」

「ベタにハズレを引くのが男というものです。はい、サソリにお勧めボタン連打です」


 レオンたちは仲間たちとともに結成会を楽しんでいた。こちらもレオンたちのにぎやかさに合わせて、円卓に運ばれてきた赤ワインと料理を堪能していた。


 しかしながら、ユピテルはお酒と料理を楽しみつつも、だんだんと眉間に皺を寄せ始めていた。


 ユピテルから見れば、レオンは甲斐甲斐しく、ミルキーの酒量をコントロールしてくれている。だが、レオンの鼻の下はどんどん伸びていく。


(怪しいわね。でも、この時点でおっぱいをさりげなく触っているわけじゃない。それが余計にうさんくさい……)


 宴会場で女性を介抱しつつ、おっぱいにさりげなくタッチするのはスケベな男がよくやる方法だ。


 しかし、レオンはこの段階ではミルキーに対して、ボディタッチをまったくしていない。


 紳士っぷりを発揮するレオンだからこそ、ますます疑念が湧いてきて仕方がなかった。


 ミルキーが酔いつぶれそうになったところで、結成会はお開きになった。だが、お開きを言い出したのはレオンそのひとである。


 ユピテルは油断しきっていた。今更ながらに、レオンの計画がどういったものなのか、知ることになった。


(さすがはむっつりすけべね。騙されたわ……)


 レオンはミルキーを背負って宿屋に向かっている。一見、男らしい姿に見えるが、レオンの頭の中はどんどんピンク色に染まって行く。


(おっぱい、おっぱい、やわらかおぱーい! んもう! ほんと、年頃の男の子ってやつは!)


 男神たちには黙っていたが、ユピテルはレオンの心の声もモニタリングしていた。レオンの心の声を拾うたびに、ユピテルは頭痛を感じることになった。


 だが、レオンの蛮行はそれだけでは収まらなかった……。あろうことか、レオンは宿屋のスイートルームに寝ているミルキーを運んだのだ。


「おっし、いけ! そこで服をはぎとれ!」


 創造主マルスは産めよ増やせよの俗愛を推し進める神だ。こういうシチュエーションでも許すタイプのクソ神である。


「ダメですね。大減点です」


 破壊神クリイヌスは世界のサイクルを司る神だ。変化を好むが、強引なレオンのやり方は気に入らない。もっとスマートにすべきだという主張のもと、レオンにダメ出しをした。


「これ以上のことがないように、レオンを気絶させておきますわね」


 慈愛の女神ユピテルは自分の使徒である僧侶ミルキーを遠隔操作し、レオンの頭をフライパンでぶん殴り、気絶させた。


 かくして、女魔法使いミルキーは元勇者レオンの魔の手から救われることになる。


「では、わたくし、レオンを叱りつける準備をしておきますわね」

「お、おう……男なら誰しもがやりがちなことだから、お手柔らかにな?」

「ふふっ。何を言ってるの、マルスお兄様。レオンの代わりにお兄様が電気椅子に座ります?」

「ひぃっ! やめて! わしでも、あれは5分も耐えれないからっ!」

「あら……良いことを聞きましたわ。ならば、レオンには10分耐えてもらいますわね、くふふ……」


 女神ユピテルは震え上がる兄マルスと弟クリイヌスが身体を寄せ合って震えているのを無視し、神の間から立ち去っていく……。

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