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第23話:シヴァ犬(4)

 ミルキーたちはポチを撫でまわし、さらには抱っこしている。だが、レオンは気づいていた。


 ポチの顔は破顔しているように見える。しかし、実は違う。あれは相手の隙を伺いつつ、獲物を狙う目をしている。


 頭の中がピンク色に染まりがちの青春真っただ中のレオンだからこその気づきとも言えた。どうにかして、女性陣を白銀狼の魔の手から救わなければならなかった。


「おはよー、皆って……レオン、お前、朝からなんて格好してやがる!?」


 宿屋の奥からバーレがやってきた。彼はこちらの恰好を見て、驚いている。しかしながら、こちらとしては渡りに船だ。


 しめしめとばかりにレオンはバーレを巻き込もうとした。相手はあの白銀狼だ。仲間が多いにこしたことはない。


「これには海よりも深い理由があるっ! スライムに溶かされた!」

「……え? スライムに負けたってこと?」


 バーレが怪訝な表情になりながら、こちらのつま先から頭のてっぺんまでじろじろと見てくる。好奇の光が彼のからし色の瞳にくっきりと映っている。


「う、うむ。気持ちよさに勝てなかった!」

「まじかよ。おれっちも一度はスライムに負けてみたいとは思ってるが、実行は出来ん! さすがは見習い勇者(むっつりすけべ)だなっ!」

「うるせえ! むっつりすけべ言うな!」


 バーレが近づいてきて、こちらの肩に腕を回してきた。そして、あろうことか、空いた手で、こちらのむき出しの乳首を手でくりくりと、ねじってきた。


「あふんっ!」

「良い声で鳴きやがる」

「やめてっ! 感じちゃうっ!」

「はははっ。そんなに喜ばれるともっといじめたくなっちまう」


 バーレはテクニシャンだった。彼の指の動きに、こちらの身体が過剰に反応してしまう。足が生まれたばかりの小鹿のようにがくがくと震え、その場でへたりこんでしまうしかなかった。


 そんな自分が可愛らしいのか、バーレはよしよしとこちらの赤髪を優しく撫でてくれる。


(女神様、俺……禁断のバーレ攻略ルートのフラグを建築したくなっちゃいます)


 バーレは余裕しゃくしゃくといった表情で、こちらから視線を外し、エクレアたちの方へと顔を向けてしまう。くやしさを覚えて、マントを手にして、そのマントを噛むしか他なかった。


「さて、レオンをいじるのはこれくらいにして、ミルキー、そのワンコロ、どっから拾ってきたんだ?」

「レオンさんについてきたみたい」

「そうか。じゃあ、レオンとおなじくむっつりすけべ?」

「おいっ! 失礼なことを言うんじゃないっ! 俺はそこのポチってやつよりかは遥かにマシなむっつりすけべだっ!」

「何張り合ってんの? ワンコロ相手に」


 バーレがやれやれと肩をすくめている。こちらは「くぅ!」と唸るしかない。ポチがこちらに顔を向けてきて、「シッシッシ!」と笑ってやがった。


 余計に悔しさが滲んできた。どうにかして、白銀狼のポチをギャフンと言わせてやりたくなった。


「朝飯、すませようぜ。そのワンコロは……」


 バーレは困り顔になりながら、宿屋の受付に立っている禿げ親父へと視線を向けた。宿屋の禿げ親父がこちらへとサムズアップしてきた。


 どうやら禿げ親父もシヴァ犬姿のポチに癒されているように感じる。


(さすがは白銀狼。癒しの効果か何かをその身に宿してるのか?)


 先ほど、二日酔いと魔法酔いのセットで辛そうにしていたエクレアはすでに元気を取り戻している。


 二日酔いはともかくとして、魔法酔いは半日はベッドで休むなりしないといけない症状のはずだ。


 しかし、ポチに触れているだけで、エクレアの顔に血色が戻っていた。そこから推測されることはただひとつ、ポチが何かをしている。そう考えるのが自然であった。


 バーレに促されて、女性陣が椅子から立ち上がる。バーレはこっちだとばかりに女性陣を誘導する。


 この宿屋には食堂がある。彼らはそこへと向かうようだ。ポチは可愛らしく尻尾を振りながら、女性陣のすぐ後ろをついていく。


 レオンはやれやれと頭を振りながら立ち上がり、バーレたちの後を追う。


 食堂につくと、レオンは「へぇ~~~」と感嘆の声を漏らす。テーブルが3つしかないこじんまりとした食堂だった。


 しかしながら、食堂の壁の一方はガラス戸となっており、そこから気持ちのよい朝の日光が差し込んでいる。


 白を基調とした食堂であり、清潔感で溢れていた。テーブルは黒色だ。色合いのアクセントが効いている。バーレが食堂のカウンターへとひとり、先に進む。


「温玉うどんをふたつ、肉うどんをふたつ頼む。それとワンコロのために何か見繕ってくれ」

「へいよ。てか、それだけで足りるのかい? 若いってのに」

「昨日は飲み過ぎてさ。朝はさっぱりしたものが良いかなって」

「そうかい。んじゃ、5分ほどテーブルで待ってな」


 バーレはカウンターの向こう側にいるエプロン姿の壮年の女性にてきぱきと注文を告げている。それを横目に見ながら、自分たちはテーブルに備え付けられている椅子へと着席する。


 調理場の方へ女性が消えてから5分もすると、カウンターに女性が戻ってくる。それに合わせて、バーレと一緒に椅子から立ち上がり、カウンターに置かれた温うどん入りの器を手に持つ。


 その器をカウンターからテーブルの上へと移動させる。着席するや否や、3人が目を閉じ、手を合わせた。こちらも彼らに遅れて、同じようにする。


「女神ユピテル様。今日もご飯にありつけさせて、ありがとうございます。いただきます」


 僧侶のエクレアが皆を代表して、女神への祈りを唱える。それが終わるや否や、箸立てのカップから箸を取り出し、ずるずると音を立てながら、一斉にうどんを口に運ぶ。


「おい、レオン……」

「なんだ?」

「土管がどっかーん」

「ぶふっ!」


 不意打ちすぎた。しょうもないダジャレであるが、麺類を食べている時は致命傷になりかねない。右の鼻の穴からうどんがにょろんと飛び出してしまっている。


「おい、レオン……」

「んぐんぐ?」

「猫が寝ころんだ」

「ぶぴぃ!」


 ダメだ。一度、ハマると、どうしようもない。バーレが絶対にもう一度、かましてくるとわかっていたというのに、防ぎようがなかった。最初のダジャレで、こちらのダジャレ防御力は半減していた。


 両方の鼻の穴からうどんがにょろんと飛び出してしまった。左隣に座るバーレは「やれやれ……」と肩をすくめている。


 ポチがおかしそうに床で笑い転げていた。「くぅ!」と悔しそうな声を上げざるをえなかった。


 そんな自分に尻を向けながら、ポチはガツガツと自分用のごはんを食べ始める。


 皆が食事を終える。皆でもう一度、手を合わせて、「ごちそうさまでした」と厳かに感謝の祈りを行う。


 その後、皆でカウンターに移動して、空になった器を返す。カウンターの向こう側にいる女性がこちらを見るなら「ひぃっ!」と驚いている。


 仕方がない。こちらとしては両方の鼻の穴から、うどんが出ているため、手の施しようが無いのだ。このままの恰好で、食堂を後にするしかない。


 食堂から外に出て、宿屋のエントランスへと向かう。他の冒険者がこちらを見て、「ぶひゃひゃ!」と大笑いだ。いい加減にしてほしい、こっちもどうにもならないのだ。


「勇者様、ヒールですわ」


 こちらの惨状を見かねたのか、エクレアが指をこちらの鼻の頭へと軽く当ててきた。さらには回復魔法をかけてくれた。


 するとだ、不思議なことに、ずるんっと勢いよく、うどんはあるべき場所へと帰っていく。


「あ、ありがとう、エクレア」

「どういたしまして。あたしの勇者様が笑われるのは癪に障りますので」

「えっと……あたしのって、俺、いつのまにエクレアのものになったんだっけ?」

「……」


 エクレアの沈黙が痛い。すごく胸にちくちくと突き刺さる。こちらはパンツ一丁にマントを纏う変態だ。そうだというのに、彼女はこちらのことを「勇者様」呼ばわりだ。


 エクレアが言うには、これでマスクを被れば、伝説の勇者の姿そのものらしい。うどんを鼻から出しているのは、勇者の顔に泥を自ら塗る行為だそうだ。


「伝説の勇者は極寒の凍土でも、パンツ一丁にマントを羽織って、さらには顔をマスクで覆うその姿で平然と魔族と戦い続けたと言われています」

「それは……そういう趣味だったからじゃないのか?」

「いいえ、趣味ではありません。伝説の勇者ヘラクレスなのですよ! 失礼なことを言わないでください!」

「あっはい。ヘラクレスだったのか……」


 そう返事をするしかなかった。確かに絵画で描かれているヘラクレスはエクレアの言う通りの恰好をしている。


 今の今までミルキーに抱っこされていたシヴァ犬のポチが床に飛び降りた。そして、こちらの横へとやってきて、こちらのパンツの端を咥えてきた。どうやら、話があるみたいなので、皆に断りを入れて、離席することにした。


 皆が見えないところまでやってくると、ポチが遠くを見るような目でポツリと語りかけてきた。


「ヘラクレスか……懐かしい名前だワン。あいつはなかなかの強敵だったワン」

「ん? ヘラクレスと戦ったことあるのか?」

「うむ。ヘラクレスが僕の爪を欲しがってな? その時は城ひとつと街ふたつが僕たちの戦いに巻き込まれて、地図から消し飛んだワン」

「あんたたち、何やってんの!? ひとの迷惑を考えてよ!?」

「若気の至りだったワン。反省するワン」


 シヴァ犬のポチが反省を示すべく、ふくよかなお腹を見せてきた。レオンは「ははは……」と笑いながら、お腹を手で優しく撫でるしかなかった。


 三種の神器を手に入れるということは、それくらい周りに被害が及ぶことになる。こちらの事情を知ってか知らずか、白銀狼のポチが教えてくれた。


 ポチはこちらにウインクしてくれた。そして、お尻と尻尾を振り振りさせながら、一匹、静かに宿屋の外へと出て行ってしまう。


 去っていくポチは頭からTバックを被っていた……。どうやら、白銀狼の謎の力をエクレアのパンツを手に入れるために使ったようだ……。


 エクレアのパンツはリゼルの街を救った。奴はとんでもない物を盗んでいきました。しかし、レオンはポチを咎める気は一切無かった。


 レオンは白銀狼のポチを見送った後、バーレたちの下へと戻る。ミルキーとエクレアは「ワンちゃん、帰っちゃったの?」と寂しそうであった。知らぬは仏とはまさにこのことだ……。


 寂しさはあるが気丈に振舞ってみせた。それに呼応するようにバーレが軽快に笑い出す。自分も姿勢を正し、椅子へしっかりと尻を乗せる。


「何はともあれ。これからよろしくな、ミルキー、バーレ、エクレア」

「よろしくね、レオンさん」

「おう、こちらこそだ、レオン」

「頑張っていきましょう、あたしだけの勇者様」


 皆の心がひとつになった気がした。ひとりだけ異様な気がする。エクレアの気持ちを心の隅に追いやったとしても、やる気が昂ってきた。


 ステキな仲間に出会えたことを女神に感謝しつつ、次へのステップに向けて、声高々に宣言してみせる。


「冒険者ギルドに行こう。依頼を受けて、その報奨金で新しい服と防具を買うんだー!」


 一刻も早く、このパンツ一丁でマントを纏うのみの姿から脱したい。そのためには先立つものが必要だ。


 レオンを先頭に彼らは宿屋から出て、冒険者ギルドへ向かうのであった……。

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