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第22話:シヴァ犬(3)

「エクレア、近い、近いって!!」

「勇者様ぁぁぁ!」


 エクレアが両膝を地面につけたまま、こちらへと近づいてくる。恐怖しかない、はっきり言って。


 こっちがたじたじとなっているというのに、エクレアとの距離はどんどん縮まっていく。


「俺の勇者、何かやっちゃいました!?」

「勇者様ぁぁぁ! 好き、抱いて!」


 見習い勇者(むっつりすけべ)のレオンはポチを抱きかかえて逃げ出した。しかし、エクレアが祈りの姿勢をそのままに回り込んできた。


 どうすれば、そのようなことが出来るのか、理解が出来なかった。


「あばよっ! エクレアのとっつあ~~~ん!」


 エクレアに両腕で、がっちり身体をホールドされる前にレオンはその場から走って逃げた。


 背中側から「勇者様ぁ……」と悲しげなエクレアの声が聞こえたが、振り向くことはしなかった。


 立ち止まれば、人生のゴール地点がエクレアにセットされることは確実だった。レオンは一切、後ろを見ようともせずにリゼルの街を走りに走る。


「お、おい! 犬を抱きかかえたほぼ全裸の変態が走ってるぞ!」

「きゃぁーーー! おまわりさーーーん!」


 現在時刻は朝の6時になろうとしていた。レオンは冒険者用の施設が集まる区画を抜けて、さらに朝市で賑わう商業区画へとやってきた。


 こちらはパンツ一丁にマントをなびかせながら、さらにはポチを抱きかかえて全速力で走っている。商業区画ですれ違う人々が大層、驚いている。しかし、こちらの事情を説明している余裕などない。


 未だにエクレアの身体から発せられているプレッシャーを背中におおいに感じていた。立ち止まれば捕まることは必定だ。


 その証拠にイバラの蔦が蛇のようににょろにょろと追っかけてきている。僧侶が使える拘束魔法だ。


「くそっ! エクレアの奴! 俺とゴールインする気だっ! そんなことはさせん!」


 レオンは迷わなかった。エクレア攻略ルートを選ぶつもりはなかった。エクレアから見ればトゥルー・エンドになるのであろう。だが、こちらとしてはバッド・エンドに違いない。


 だからこそ、レオンは躊躇しなかった。魔王の力を使うことに。立ち止まり、後ろへと振り向く。左手を地面へと向かって突き出した。


「ライトニング・メガ・キャノン!」


 レオンは左手から真っ黒な雷球を打ち出す。それによって、自分を追いかけてきたイバラの蔦を焼き払う。雷球は地面を穿ち、さらには大爆発を起こす。


 土煙が巻き起こった。それとともに熱風が空へと舞い上がる。それをマントを広げることで、マントの内側に取り込む。レオンは浮いた。浮力感をそのままにその場から大跳躍する。


 土煙が晴れると眼下にはイバラの蔦が大量にあった。それに向かって、さらに左手を突き出す。


「ライトニング・メガ・キャノン!」


 またしても、レオンは真っ黒な雷球を放つ。雷球が持つ高熱がどんどんイバラの蔦を焼き払う。さらに起きた熱風に乗って、レオンは建物の屋根へと着地する。


「おいおい。レオンはいつもこんな騒動に巻き込まれているのかワン?」

「いつもじゃねーよ! エクレアっていう俺の仲間が、俺が思っていた以上にヤバイ女だったことが、今判明したばかりだ!」

「ふむ……もしかして、アレもそのエクレアという女が使役したものなのか?」

「……って、おいおい! 町中で何てもん、召喚してんだっ!」


 レオンは屋根の上で驚愕した。不自然にも白いモヤが発生している。そのモヤが一点へと集中していく。モヤが固まり、上半身だけの霧の巨人に変わった。


 レオンは驚愕するしかなかった。それでも困難に立ち向かってこその勇者だ。


「エクレアとのトゥルー・エンドをぶっ壊す!」


 それがミルキー攻略ルートに続くと信じている。そのためには魔王の力を拝借するのも辞さない覚悟を持った。


「ライトニング……」


 左手を前へと勢いよく突き出す。右手はそっと添えるだけ。


 霧の巨人が口を開き、大きく息を吸い込んでいる。邪悪を消し去るホーリー・ブレスを吐き出す準備を整えている。


 だが、それによって霧の巨人は弱点をこちらにさらけ出している。レオンは吼えた。


「メガ・ランチャー!」


 レオンの左手の前に集中していた魔力が極太の光線ビームの形状となって放たれる。真っ黒なビームが空気の壁をぶち破り、轟音と高熱と鼻が曲がりそうな匂いを発生させる。


 そのビームが霧の巨人の口の中に吸い込まれるや否や、巨人の頭が10倍に膨れ上がった。


「むおおお!」


 巨人が抗いを見せた。だが、真っ黒なビームは勢いを止めずに、そのまま巨人の頭を貫通した。


「ぐおおお!」


 巨人が断末魔をあげながら元のモヤへと変わっていく。その姿を見ながら、レオンは頭に絡まっていた布を手でほどき、その布を吹き荒れる風に乗せて、どこかへと運んでもらう。


 レオンの顔は精幹と言えた。一仕事終えた男の顔になっている。「へへっ……」と指で鼻の下を擦ってみせる。


「汚い花火だぜ」


 レオンはエクレアの追従を許さなかった。朝日がレオンを祝福するかのように輝いている。その朝日を背中にしながら、レオンは屋根の上から飛び降りて、石畳の地面へと着地する。


 その場で立ち上がり、ゆっくりと宿屋の方へと歩いていく。気持ちの良い汗が全身を濡らしていた。


「レオン、お前、すごいんだワン!」

「お褒めに預かり、どうもどうも!」

「でも、それ、魔王の力だよね? 僕、魔王と戦ったことがあるから、知ってるんだワン」

「……ねえ、俺と敵対するのはよして?」

「どうしようかな? じゃあ、エクレアのパンツが欲しいんだワン!」

「この俗物がーーー!」


 レオンは叫ぶことしかできなかった。気持ちの良い汗を朝風呂で流したい気持ちを抑え、ポチが御所望するエクレアのパンツをゲットしなければならなくなった。


 シヴァ犬の姿をしているポチは白銀狼が擬態した姿だ。そして、女神からは白銀狼はリゼルの街をこの世から消し去るだけの力を有していることも教えられている。


 ポチから魔王認定されれば、ポチは白銀狼の姿に戻り、魔王である自分と戦うことになるだろう。


 そうなればリゼルの街はとんでもない被害を被ることになる。それだけはどうしても避けなければならない。


(俺が原因でリゼルの街が地図から消えるのだけは嫌だーーー!)


◆ ◆ ◆


 レオンは渋々ではあるがポチとともに宿屋に戻る。宿屋のエントランスにあるテーブル席にミルキーたちが座っていた。


「レオンさん、お帰りなさい」

「ただいま、ミルキー。それと……エクレアがまた俺をゴミを見るような目で見てくるんだけどぉ!?」

「なんか、朝から魔法を盛大に使っちゃって、それで二日酔いと魔法酔いがセットで襲ってきたんだって」

「なるほど。じゃあ、さっき、俺をゴミを見るような目で見ていたのは、そもそも二日酔いが原因だったのか」


 レオンはホッと胸を撫でおろす。先ほど、エクレアにとんでもない目力で見られたのは、自分がミルキーにいかがわしいことをしたことを咎められているがゆえだと思っていた。


 それはどうやら、こちらの勘違いだったようだ。


(要らぬ心配をしてしまった。そりゃそうだ。ミルキーをスイートルームに運んだのを知っているのは宿屋の禿げ親父だけだもんな)


 レオンはミルキーたちが座るテーブル席へと椅子を運び、その椅子に座る。ミルキーが「大丈夫?」と言いながら、エクレアを介抱している。


 エクレアは相当に無茶をしたようだ。彼女の状態から見て取れる。そうだというのにポチがゲシゲシと前足でこちらのお尻をつついてくる。


(この畜生がーーー!)


 エクレアのパンツをゲットしなければならないミッションを白銀狼のポチから課せられた。レオンはそれをどうやってこなそうかと考える。


 レオンは虚空に手を当てて、横にスライドさせた。その虚空の先にある自分の荷物を物色する。収納魔法はとても便利であった。


 冒険者ギルドの受付のお姉さんにこの魔法を教えてもらった後、自分の手荷物を虚空の向こう側へと全部、放り投げた。


 その中に睡眠薬があったはずだ。女性に使ってはいけないお薬TOP3に入る代物だ。しかし、リゼルの街消滅の危機が、自分のすぐそばにやってきている。


(許せっ! 俺はミルキーに続いて、エクレアにも大罪を犯すかもしれないが、これはこれで善なんだっ!)


 レオンは自分に言い聞かせた。本当ならこんなこと、切腹してでもやりたくはない。だが、自分の尻をバンバンと叩いてくるシヴァ犬に擬態した白銀狼がいる。


 こいつの望みを叶えなければならない! レオンは腹をくくった!


「これは下痢止め。そして、こちらは熱下げ。んで、こっちは毒消しか。毒消しって二日酔いに効くはずだよね?」

「高価な毒消しの葉なら二日酔いにもばっちり効くわよ」

「うーーーん。オダーニ村に自生してたドクダミなんだよな、これ。まあでも、ものは試しだ」


 レオンは手荷物から毒消しの葉と小さなすり鉢とすり棒をを取り出す。ドクダミの葉と偽ったネムリ草をすり棒で丁寧にすり潰す。


 さらにはカウンターにいる禿げ親父から湯呑みとヤカンをもらってきた。


 湯呑みの中にすり潰したネムリ草の粉を入れる。さらにはヤカンに入っている温いお湯を注ぐ。朝までぐっすり睡眠茶の完成だ。湯呑みをそっとエクレアの前へと差し出した。


「おいおい……睨まれる筋合いはないぞ?」

「あやしい。二日酔いの薬と見せかけて、睡眠薬なんでしょ?」

「……」

「おまわりさん、ここでーす!」


 エクレアの目はごまかせなかった……。エクレアから目線を外し、シヴァ犬のポチを抱きかかえる。


 そして「よーしよしよし」とポチの頭を撫でまわし、徹底的にごまかしに入ることにした。エクレアが「むぅ」と声を漏らしながらも、ポチの頭へと手を伸ばしてきた。


「……ミルキーにいかがわしいことをしようとしたくせに」

「えっ!? 知ってるの!?」

「……なんでもありません。ワンちゃん、可愛いですね。見ているだけで頭痛がどこかに飛んでいきます」


 エクレアがポチの頭を優しく撫でながらも、こちらへと小さな声でぼそぼそと、昨夜のことを知っている事実をこちらに伝えてきた。


 タイミングが良いことにミルキーは席を外してくれていた……。


 こればかりは女神に感謝するしかなかった。エクレアの小言が終わったのを計ったかのようにミルキーがどこからか戻ってきた。


「良かった……顔色がだいぶ良くなってるね」

「はい。ワンちゃんを撫でているとなんだか元気になってきました。不思議なワンちゃんです」

「わぁ! シヴァ犬のワンちゃんだぁ!」


 ミルキーは花が咲いたかのような笑顔を見せた。こちらへと身体を寄せて、シヴァ犬のポチを「よしよしっ可愛い子だねぇ!」と撫でまわしている。


 ポチは何を思ったのか、ハッハッ! と興奮気味にミルキーとエクレアたちの周りをぐるぐると駆け回り始めた。


(ふっ。所詮、ワンコロか……このまま、エクレアのパンツ奪取はうやむやにしてやるぜっ!)

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