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レオンたちはリゼルの街から出立してから、1日半後、ゴブリンたちが出没している森へと到着する。
太陽は空の高い位置にある。すでにあちらこちらで戦闘が行われており、魔法による爆発音が森中で鳴り響いていた。
レオンは真っ先に荷馬車から飛び降りる。わくわくとしながら、辺りをきょろきょろと見渡す。
「うひょぉ! 気持ちが昂るぜ! 相当な人数の冒険者たちが集められてるっぽいな」
「そりゃそうだ。ゴブリンは繁殖力が相当に強い、1匹見たら30匹はいると思えってのがゴブリンだ」
レオンに続いて荷馬車から降りたバーレがレオンの隣へと並んできた。彼は全身鎧に身を包む重装備だ。
左手に長方形の盾を持ち、右手には手槍を持っている。まさに肉壁戦士としてふさわしい恰好だ。
「うう……緊張してきた。お腹にまで緊張感がやってきちゃう」
上着はお尻あたりまでのチェニック、膝までのキュロットパンツでキュートなお尻を包み隠し、魔法使いのフード付きミドルコートを羽織るミルキーがゆっくりと荷馬車から降りてきた。
ミルキーは胃のあたりに手を当てている。そんな彼女をにやにやと見つめながら、レオンは彼女に気さくに声をかけた。
「おいおい、ミルキー。顔色が悪いぞ? トイレか?」
「ち、ちがうわよ! 失敗したらどうしようと思うと、胃がきりきりしちゃうの! 膀胱のほうじゃないもんっ!」
「女の子が膀胱とか言っちゃだめだろっ」
「んもう! 変なこと言わせないで!」
ミルキーの顔はとたんに赤く染まっていく。どうやら、上手く彼女の気持ちの向きを変えることに成功したように見えた。
レオンは次に荷馬車からなかなか上手く降りれないエクレアの方を見た。彼女はぶかぶかの僧侶服に身を包んでいる。そのため、服が引っかかるのを気にして、動きが緩慢だ。
そんなエクレアにバーレが近づいていき、彼女の身体を手で支えて、荷馬車から降りるのを手伝うのであった。
「お、お待たせしました。裾がめくれるかもって思うと……」
「へえ……ちなみに今日のパンツはどんなの?」
「黒のTバックですって、何を言わせるんですか!」
「ははは。さすがはセクシーギャルだ。ちなみにブラは?」
「言いませんよ! んもう!」
エクレアとバーレが楽しそうに会話している。レオンは顎に軽く手を当てながら、エクレアのお尻を僧侶服の上からじっくりと眺める。
レオンは頭の中でエクレアのぷりんとしたお尻とTバックを思い浮かべた。にやにやが止まらなくなってしまった。そして、ちらりとミルキーの方へと視線を移した。
すると、バッと勢いよく、ミルキーは胸の前に両腕を持ってきて、身体を強張らせた。さらには真っ赤な顔でこちらを睨んできた。
「い、言いませんからねっ!」
「わかってるって。ピンク色の下着なんだろ?」
「えっ!? なんで、わかったの!?」
「むっつりすけべの力だっ」
ミルキーがこちらに向かってマジックワンドを突き出してきた。左腕は胸の前に置いたままだ。マジックワンドの先端をぐりぐりとこちらの鼻の穴に突っ込んできた。
「ふがふが! やめて! 鼻の穴が広がっちゃう!」
「今すぐ、むっつりすけべを解除してちょうだい!」
「むっつりすけべにそんな能力無いから! あてずっぽうで言っただけだから!」
「えっ!? そうなの!?」
鼻の穴からマジックワンドを引き抜かれた。ミルキーの追求はようやく終わる。しかしながら、鼻の穴に受けたダメージは思いのほか大きかった。鼻水が出てきて、なかなか止まらない。
レオンは鼻の穴を親指で軽く押さえながら、鼻の穴に魔力を送る。鼻の穴を電流で軽くパチっと焼く。そうすることでようやく鼻水が止まった。通りのよくなった鼻で森の空気を吸う。
戦いの匂いが漂ってくる。魔法によって焼かれた肉の匂いと鼻毛が焼けた匂いが鼻腔を刺激する。
ここが戦場だということを否応なく感じさせられた。その匂いを押しのけるように獣臭さが濃厚にやってきた。
「おいでなすったな。バーレ、ミルキー、エクレア。お客様のご到着だっ!」
「おう! 女性陣は俺の後ろへっ」
「あれ!? 俺は!? バーレ、女尊男卑はやめてくれよっ。俺もバーレに守られたい!」
「何言ってやがる。お前も前衛だろっ! 右翼は任せたぞっ!」
バーレが向かって左側からやってきたゴブリン5匹の前に立つ。長方形の盾を構えながらだ。
その盾を手槍で殴り、ガンガンと音を鳴らす。肉壁戦士がもっとも得意とする『挑発』スキルを発動していた。
ゴブリン5匹はバーレに注目せざるをえない状況となっているようだ。バーレとしっかり距離を取り、攻撃を仕掛けるタイミングを計っているように見えた。
左翼はバーレに任せておけばいい。ならば、こちらは右斜め前の茂みから飛び出してきた3匹のゴブリンを始末してしまえばいい。
レオンは鞘から剣を抜き出す。その剣を高々と天に向けて振り上げた。その途端、空は真っ青に晴れ渡っているというのに、ゴロゴロという不穏な音が鳴った。
「思い出した魔法をさっそく使ってやるぜ!」
レオンは冒険者ギルドでずっこけて、後頭部を床に打ち付けた。その時に魔法をいくつか思い出した。そのひとつである、剣に雷を纏う魔法を発動させた。
「ライトニング・ソード!」
レオンがそう叫ぶや否や、落雷が起きた。雷光がジグザグに空気を割きながらレオンの剣に当たる。
レオンは「ふっふっふっ!」と意気揚々にその剣を左から右へと払う。その動作に合わせて、雷光の雫が地面へと散乱し、バチバチッ! と火花を散らす。
3匹のゴブリンが後ずさりしていく。驚きの表情となっている。レオンはそんな尻込み状態のゴブリンを見ていると、気持ちが高ぶってきた。
「あーははっ! さあ、今宵のライトニング・ソードは血を求めているぜ!」
「おお、かっけえええ! さすがはニセ勇者(むっつりすけべ)だ!」
「レオンさん、すごすぎる! さすがはニセ勇者(むっつりすけべ)ね!」
「キャー! ニセ勇者(むっつりすけべ)様! 素敵! 抱いてー!」
「お前ら! 言ってて長いって思わねーのかよっ!」
レオンは手に持つ剣をぶんぶんと振って、バーレたちに抗議する。バーレとミルキーは苦笑いし、エクレアは恍惚な表情だ。
レオンは気を取り直し、稲光に包まれた剣を構え直す。それに合わせて、3匹のゴブリンはこちらに向かって、ごつごつとした棍棒を振り上げてきた。
ゴブリンたちは引く様子を見せない。ならば斬るしかない。レオンは剣の柄を両手で握りこむ。剣を高々と振り上げた。さらにその剣に雷が天から降ってきた。
「ライトニング・スラッシュ!」
掛け声とともに必殺技をゴブリンに叩きつけようとした。しかし、剣を振り下ろしているその真っただ中、パリーン! と勢いよくガラスが割れる音がした。
「えっ?」
レオンは剣を振り下ろす動作を止めた。手に持つ剣をじっくりと見た。眉間に皺を寄せながらだ。
刀身がさらさらと砂のように消えていく。それとともに雷光も霧散していった。残ったのは剣の柄部分だけであった。
「あっるぇぇぇーーー!?」
「おいおい!どうやったら鋼の剣が砕け散るんだよ!? どんな魔力だよ!」
バーレもこちらと同じく驚愕の表情となっていた。
「これはこれですごい……」
ミルキーがひくひくと頬を引きつらせている。
「惚れなおしました……」
ミルキーが両手を頬にあてながら、うっとりとした表情になっている。
「俺の勇者、また、やっちゃいましたーーー!?
「ごふごふっ!」
「いや!? ちょっと待って! 今、俺、手ぶら!」
3匹のゴブリンは愉悦で醜い顔をさらに歪ませる。棍棒を振り回しながら、こちらへと突進してきた。
レオンは逃げるしかなかった。パンツ一丁の姿でマントをなびかせながら。3匹のゴブリンはしつこく、こちらを追っかけてくる。
しかしながら、レオンは超軽装だ。ゴブリンも腰蓑のみの超軽装の恰好だが、重そうな棍棒を持っている分、レオンよりも動きが遅かった。
レオンは十分にゴブリンとの距離を取る。そして、振り向きざま、左腕をゴブリンの方へと突き出す。
左手の人差し指でゴブリンを指さした。さらにはその左手に右手をそっと添えた。
レオンの左手の人差し指に魔力が集中していく。ゴブリンが異常に気付いて、急ブレーキをかけた。だが、もう遅い。レオンはニヤリと口角を上げた。
「ライトニング・バレット!」
レオンの人差し指の先から雷の弾丸が発射された。その弾丸はギュルギュルと回転しながら、まっすぐにゴブリンの額に向かって飛んでいく。
その弾丸がゴブリンの頭に命中するや否や、落雷に似た爆音が鳴り響いた。ゴブリンは雷に全身くまなく焼かれた。ゴブリンの丸焼きが完成した。
「ごふぅ!? ごっふごっふ!」
「おっと、逃がすわけがないだろっ! ライトニング・バレット!」
2匹のゴブリンは棍棒を放り投げ、さらにはこちらに背中を見せて、逃げていく。そんなゴブリンたちの背中にレオンは雷の弾丸を2連続で放った。
またしても落雷に似た爆音が辺りに響き渡る。新たなゴブリンの丸焼きの出来上がりだ。
レオンは左手の人差し指を軽く上に向けた。指先から白くて細長い煙が昇っている。レオンは指先にフッと勢いよく息を吹きかける。白い煙がかき消された。
その途端、ミルキーとエクレアがぱちぱちと割れんばかりに拍手してくれた。
「へへっ。俺って最高に格好いい……だろ?」
「レオンさん、すっごいです!」
「勇者様ぁ……濡れちゃいましたぁ」
レオンは黄色い声援を受けながら、右手で赤髪をかき上げる。
レオンは勢いはこちらにあると見て、ゴブリンたちに追い打ちをかけることに決めた。目に見えているゴブリンはバーレの前にいる5匹のゴブリンだ。
そのゴブリンをバーレひとりで抑えてくれている。レオンはミルキーの方を見た。こちらの雄姿を見たことで、ミルキーがふんふんっと鼻息を荒くしている。
レオンはゴブリンたちへの追い打ちをミルキーに託すことにした。