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第24話 回想: 獣人を娶れだって?

 その日の朝、朝食の食器を下げに来た侍女から、アルベルトは信じがたい情報を入手した。


「どうも獣人連合国が戦争を仕掛けようとしているみたいなのです」

「何だと?」


 彼が美しい猫の獣人の妻を貰ってから、まだ二ヶ月ほどしか経っていない。


(どういうことだ? 例え表面的であったとしても、婚姻によって互いの国同士の和平を望む姿勢を見せ合ったはずなのに。こんなにも早くそれが破綻するものなのか?)


「何かあったのですか?」


 不安そうな声で妻にそう尋ねられて、アルベルトは一瞬躊躇した後、軽く頭を振ってから小さく微笑んで見せた。


「あなたは何も心配しなくていい。確認したいことがあるから、私は少し父上と話してくる」


(まだ何も詳しい情報が手元に無いのだ。嘘か誠かも分からない噂話で、悪戯に彼を不安にさせるのはよそう)


 たった一人で知らない土地に嫁いで来て、自分のアレルギー体質のせいで不当な扱いを受けて、ただでさえ毎日不安を抱えて生活しているはずなのだ。その上母国と嫁ぎ先の国が戦争になりそうだなんて話を聞いたら、彼はショックで倒れてしまうのではないだろうか?


(しかもシアンは平和の象徴である人間と獣人のハーフの子供をすぐに作れないことを前から気にしている。人間と獣人の関係が悪化しそうだと聞けば、きっと自分のせいだと的外れな勘違いを起こして気を病むに決まっている)


 彼は優し過ぎるのだ。優しくて繊細で、いつも自分より他人を優先してしまう。そんな彼を自分は愛おしく想い、また同時に儚くて危うい存在だといつも危惧している。

 父親であるルイス国王陛下に謁見を願うために長い廊下を早足で進みながら、アルベルトは自分の婚姻に関する話が持ち上がってからの日々のことを思い返していた。



「アルベルト、お前も今年で二十五になる。そろそろ後継のことを考えなければならない時期に差し掛かったのだ」

「まだ父上がご健在でいらっしゃるのに、もう私の後継の話ですか?」

「当たり前だ。王位を継いでから結婚して後継を作るのでは遅過ぎるからな。とくにわしの代はお前しか後継がおらぬ。早く妻を娶るに越した事はない」

「父上もリナルド叔父上もまだまだ十分後継を残せると思うのですが……」

「黙れ! 例えそうであったとしても、一体何歳差になるのだ? お前とは親子ほどの歳の差になるではないか! なんにせよ、お前が王位継承者であることに変わりはないのだ」


 何となく納得できない父の言い分を、アルベルトはうんざりした心持ちで聞いていた。別に結婚したくないわけでは無かったし、自分の役割も十分承知してはいた。ただ……


(肝心のその結婚したい相手ってのがいないからなぁ……)


 アルベルトが接した事のある女性といえば、一番接する機会が多いのは王宮で働く侍女たちであったが、当然彼女たちが彼の結婚相手候補になるはずなど無い。候補者になりうる女性といえば、舞踏会やパーティーで顔を合わせた事のある貴族の子女たちなのだろうが、特定の子女と関係を深めたこともなければ、下手すると顔すら思い出せない女性たちばかりであった。


「お前もいい年なのだから、懇意にしている女性の十人や二十人くらいいるのだろう?」


(嘘だろ。俺の年齢だとそういうものなのか? 仲のいい女性が居ないどころか、今まで会った事のある女性の顔も特徴も思い出せないなんて、これってもしかして普通じゃ無いのか?)


 まさか自分は男が好きなのでは、と一瞬疑ったりしてもみたが、別に今まで上半身裸で汗を流しながら訓練している兵士たちを見てそういう気分になった事など一度も無い。やはり性別以前に、ただそういう相手に今まで出会ったことがないだけのようであった。


「兄上、そのことで実はご相談がありまして」

「何だ? アルベルトの結婚の話か?」


 一緒に食事をしていた叔父が不意に話に入ってきたため、アルベルトは興味をそそられてリナルドの方へ視線を向けた。


「私が和平交渉で回らせて頂いている獣人国のいくつかは、我々人間と対立するより共存する事を望んでおります」

「はっ! 表向きはそうかもしれんがな」

「それを表面上のものだけで終わらせないために、ここで強固な繋がりを作っておきたいと私は考えております」


 リナルドの言いたい事を瞬時に理解して、アルベルトとルイス国王は驚いて思わず顔を見合わせた。


「まさか……」

「獣人に嫁いで来てもらうのですか?」


 二人の言葉に、リナルドは期待を込めた様子で大きく頷いた。


「実は話が進んでいる国がいくつかありまして、もしお二人が承諾してくださるならすぐにでも交渉に入らせて頂きたいのですが……」

「ちょ、ちょっと待て! 流石にそれは突拍子もなさ過ぎるぞ!」


 ルイス国王は慌てて弟の話を遮ると、気持ちを落ち着けるために一旦グラスを取って中の水を一気に飲み干した。


「ぷはっ! いやはや、獣人を妻に迎えるなどと、そんな事があって良いものなのか?」

「異種間の交配は獣人の間では珍しいことではありません。むしろ我々人間のように一種族だけでコミュニティを構築している種の方が珍しいでしょう」

「いや交配って! 獣人と交わって、一体どんな子供が生まれるのだ?」

「遺伝子的にかけ離れた異種間の子供は、両親の特徴を併せ持ったより強靭で美しい個体になる傾向があるという研究結果が出ています」

「なっ! いつの間にそのような研究を……」

「兄上のお好きな兎の獣人国も手を挙げてくれています。兎の獣人は多産で姫君も多くいらっしゃるため、最有力候補かと」

「う、兎?」


(おいおいおいおい!)


 父が長い垂れ耳を持つ可愛らしい孫を想像してゴクリと唾を飲み込むのを見て、アルベルトは慌てて二人の会話に割って入った。


「ちょっと待ってください! 流石にいきなり獣人と結婚しろと言われましても……」

「異種間の交配には生まれ持った性別は意味を成しません。男性の獣人を娶って子供を産んでもらう事も可能なんですよ」


(いや、違う、そうじゃない! 俺はたまたま好きな女性が居ないだけで、別に男が好きってわけでは……ていうか今心読まれた!?)


「それは便利だな。候補者幅がぐっと広がるではないか」

「父上!?」

「アルベルト殿下、別にお父上の真似をして、生涯一人のお妃に尽くす必要など無いのですよ。政略結婚の妻を一人貰って、人間の妻も娶れば良いのです」


(ええええ~?)


「それに殿下も仰っていたではないですか。ご自分の代では必ず獣人との関係を修復して、平和な世界を構築するのが夢なのだと」

「う……確かにそれはそうなのですが……」

「人間の王族が獣人を娶ってハーフの子供が生まれれば、人間と獣人を繋ぐ平和の架け橋となり得ます。獣人というのは子孫繁栄を最重要視する種族でして、子供を神から与えられた宝として非常に大切にする習わしがあります。もちろん兄弟間での格差は存在しますが、例えそれが望まない妊娠によって誕生した生命だとしても必ず敬意を払い、大切に育てるのです。つまり彼らの中に我々人間に対して恨みを抱いている者がいたとしても、半分獣人の血が流れる子供を彼らが蔑ろにする事は決して無いのです」


 確かに、アルベルトは獣人と人間が種族の垣根を超えて仲良く繋がり、協力し合えるような世の中を作る事を夢見ていた。誰も血を流す必要もなく、政略結婚によってそれが実現するというのなら、自分がこの小さな犠牲を払う価値は十分にあるのではないだろうか?


「……わかりました」


 十分に心の準備ができているわけでは無かったが、リナルドの期待のこもった眼差しに背中を押されるように、アルベルトは渋々頷いて見せた。

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