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第27話 回想: 王家断絶の陰謀

 獣人連合国と戦争になりそうだという侍女の話の真偽を確かめるため、アルベルトはすぐに父親であるルイス国王陛下への謁見を求めたのだが、侍女が忠告した通り城内は慌ただしくバタついていて、国王への目通りはなかなか叶わなかった。

 しばらく待ってようやく謁見室に入れてもらえたアルベルトだったが、部屋に一歩踏み入れた瞬間、ひりつくような視線を肌に感じてはっと全身を硬直させた。


(大臣たちのあのもの言いたげな視線。獣人の妻を娶ったにも関わらず、なぜ戦争が起こりそうなのだと責任を私に問いたいのだろうな)


 という事はやはり侍女の言っていた噂話は本当だったのだろうか。


(なぜこのタイミングで獣人たちは戦争を仕掛けて来たのだ? 一体何の目的で? この二十八年間、決して友好的とまでは言えないものの、我々はお互いの領分を侵害する事なく静かに過ごしてきたじゃないか)


 なぜシアンが彼の元に嫁いで来たタイミングで、このような事態が起こってしまったのだろうか?


「アルベルトよ、遅くなってすまなかったな。この父にわざわざ謁見を願い出るとは、一体どのような要件なのだ?」

「父上、知らないふりをなさらないで下さい。私の妻の母国である獣人連合国と我々人間の国の間で戦争が起こりそうだという噂が流れているのですが」

「何だと! 一体どこから漏れたのだ? あれほど機密情報であると念押ししていたはずなのに……」

「兄上、他人の口に戸は建てられないのですよ」


 怒りにかっと目を見開いているルイス国王の横で、リナルドが宥めるようにそう口を挟んだ。リナルドの顔色もあまり良くなく、事態が悪い方向に向かっている事が容易に想像できた。


「私の妻に関わる事なのですよ! 隠さず正直に仰って下さい。噂は本当なのですか?」


 激しい剣幕でまくしたてるアルベルトに、ルイス国王はバツの悪そうな表情でリナルドを見た。


「陛下、アルベルト殿下にもすぐにお伝えするべきだと申し上げたはずです」

「しかし、情報の出所が不明で信憑性にかける上、不可解な点も……」

「叔父上、父上、今分かっている事を全て教えて下さい!」

「いやそれがな、アルベルトよ……」

「そうですよ陛下! 早く殿下にお伝え下さい。獣人の花嫁たちの部屋に今すぐ鍵をかけるのだと」


 大臣の一人の発言に、アルベルトの指先がピクリと痙攣した。


「……どういう事ですか?」

「大臣たちの中からそのような意見が出ているのだ。あの二人が内偵としてこちらの情報を獣人国に流さぬよう、部屋に鍵をかけて軟禁するべきだと。しかしカトンテールの部屋に鍵をかけるというのは……」

「父上、シアンの部屋は私の部屋でもあるのですよ。私の部屋も施錠すると仰るのですか?」

「ほらな、こやつはこうやって反応すると思ったのだ。だから全てが明らかになってから報告させるつもりであったというのに……」

「父上!」

「分かった分かった。お前の部屋にシャルロットを移して、シアンをシャルロットの部屋に移してから施錠するつもりなのだ」

「ご冗談を」


 アルベルトが吐き捨てるようにそう言うと、ルイス国王はほら見たことかと言わんばかりの視線で先程発言した大臣を睨みつけた。


「そもそもあの二人が何の情報を持っていると言うのだ。あの二人が知り得る情報で、獣人に流されては困る情報など無いはずだ」

「我々の武器を持ち出されて、研究されて増産されれば脅威になります!」

「獣人は我々のように近代的な武器は使わぬ。自然と共に生き、昔ながらの生活を好む種族なのだ。それゆえに我々人間と対立しているのだからな」

「しかし西の兵士が拉致された時、獣人の撃ったと思われる銃声を聞いた兵士が何人もいたのです!」


(何だって? 西の兵士が拉致された?)


 驚いた表情のアルベルトに、リナルドが近づいて小声で説明した。


「国境を守っていた兵士の一人が拉致され、同時に獣人連合国からの宣戦布告の声明を私が受け取りました」


 獣人は人間とは違って絵のような独特の文字を使う。リナルドはこの獣人文字を解読できる数少ない人間のうちの一人であった。


「どうしてこのタイミングなのですか?」

「分かりません。ただ、声明文に気になる文言が記載されておりまして……」


 リナルドは僅かに躊躇するような素振りを見せたが、すぐに正直にアルベルトに声明文の内容を話してくれた。


「此度の獣人と人間の婚姻は、そもそも我々獣人によって仕組まれた、人間の王家を途絶えさせるための策略であったのだと」

「何ですって?」

「我々は人間の王家の最後の末裔にとって、猫の獣人が脅威になり得ると最初から分かっていたのだと」

「そんな馬鹿な!」


 思わず大声を上げたアルベルトをその場にいた全員が振り返ったが、アルベルトは全く周りが見えていない様子でリナルドに食ってかかった。


「どういう事ですか? 獣人がわざと私を害するためにシアンを寄越したと言っているんですか? そもそもどうやって私が猫にアレルギーを持っていると分かったのです? 私ですらシアンに会うまでは知らなかったというのに!」

「その辺りが今回の声明文の不可解な点でありまして、それで兄上もすぐに殿下にお伝えするのを躊躇されたのです」


 その時、謁見室の扉が突然バアンッ! と勢いよく開かれ、一人の兵士が無礼も構わず一枚の紙を振りかざしながら転がるように部屋の中へ飛び込んできた。


「た、大変です! アルベルト殿下のお妃の一人が逃げ出しました!」


 すぐにその場が騒然となり、リナルドが止める間もなくアルベルトが飛び出して行って、転がり込んできた兵士の胸ぐらをいきなりぐいっと掴んだ。


「どういうことだ? 誰が居なくなった?」

「ね、猫の、シアン殿下です」


 追いついてきたリナルドが慌ててアルベルトの手を押さえて兵士を助けると、すぐに鋭い声で詰問した。


「城は探したのか? その紙は何だ?」

「し、城から抜け出す目撃証言があったのと、この紙は密告書でして……」

「なぜ目撃者はそのままシアン殿下を行かせたのだ?」

「ただのお出かけだと思ったそうでして……」


 リナルドが兵士を詰問している間に、アルベルトは兵士の持っていた紙を取り上げてさっと目を通した。その密告書には非常に丁寧な文字で、アルベルトができれば知りたくなかった情報がしたためられていた。


『猫の獣人は西の辺境へ向かうと言っておりました。マルセルの倉庫から飛行機を奪って故郷に帰る算段のようです』


「……なぜこの人物はシアンの動向を知っていたのだ?」

「わ、分かりません。差出人が誰かも不明ですので……」

「何だ? その紙には一体何と書かれているのだ?」


 茫然と立ち尽くしているアルベルトの代わりに、兵士がしどろもどろになりながら国王に密告書の内容を説明した。それまでカトンテールを擁護するため、同じ獣人であるシアンに対しても擁護の姿勢を見せていたルイス国王だったが、それを聞いた途端表情を一変させた。


「何ということだ! こちらの善意を仇で返すようなことをしおって!」

「陛下! すぐに追っ手をかけましょう!」

「生け捕りにして尋問せねば!」


 次々に大臣たちが声を上げる中、リナルドが素早く密告書を持ってきた兵士に指示を出した。


「すぐに速馬を使って西のマルセルの倉庫に向かえ。徒歩ではいくら近道をしたところで我々より先に着くのは不可能だ。パスカル医師に頼んで、体に害の少ない麻酔薬を貰ってから行け。決してシアン様のお身体を傷つけてはならん」


 リナルドの指示を聞いた兵士がすぐに謁見室を飛び出して行き、興奮した人々でザワザワと騒がしい部屋の中で、アルベルトはまるでその場で一人だけ時が止まってしまったかのようにポツンと立ち尽くしていたのだった。

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