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ep.27 上司と能力 ─ Ⅰ / Ⅱ


「謀りましたね」


「おや、何のことでしょう」


 明鷹あきたか威吹いぶきを連れて行った後、私は上司に別室へと呼ばれていた。

 じと目の私を面白そうに見ながら、上司は素知らぬふりで返してくる。


「威吹くんのことです。初めから明鷹さんに協力するつもりで、ここに連れて来させたんじゃないですか?」


「私が手を貸さなくとも、結果自体は変わりませんでしたよ。ですが、この件で特別警備課あちらに貸しを作っておくのも悪くないかと思いましてね」


 つまり、行き着く先は同じでも、上司にとってより都合のいい方を選択したと言うわけだ。

 先手を打ち、てのひらで転がしながら、いつのまにか最適な結果を手に入れていく。


 ここまで来ると、まるで──。


「もしかして、未来でも視えてたりするんですか?」


 未来さきを知っているかのような上司の言動に、まさかとは思いつつも問いかけていた。


「全てとはいきませんが、それなりに視えてますよ」


 今、上司、イエスって言った?

 混乱のあまり、頭の中で言葉がバラバラと崩れていく。

 自分から聞いておいて何だが、肯定が返ってくるとは思っていなかったのだ。


「未来が視える能力って、もはやチートに近いんじゃ……」


「別にチートと言うほどでもありませんよ。未来さきになればなるほど、起きる事象は変化していきますからね。未来が視えたからと言って、必ずしもその通りになるとは限らないんですよ」


 言われてみればそうだ。

 例えば少し先の未来と、かなり先の未来では、その事象が起こるまでに取れる選択肢も変わってくる。


 極端な話、十秒後に事故にう未来と、十分後に事故に遭う未来なら、後者の方が回避できる可能性はかなり増しているはずなのだ。


 そしてそれは、未来が先になるほど変わりやすい一因にもなり得ている。


「もし、同じ能力を持つ者同士がぶつかったらどうなるんですか?」


「力の強い方が勝つでしょうね。実力差がそれほどない場合については、能力を制した方が勝つこともあります」


「能力を制す……」


 どの世界であっても、弱肉強食の仕組みは変わらない。

 圧倒的な力は、強者を強者たらしめるものでもある。

 しかし、大抵の場合は、能力を制することが勝敗に繋がると言えるだろう。


 ──何故なら、弱肉強食はピラミッドの形をしているからだ。


 位や実力も高いうえ、能力まで貴重ときている。

 どうやら上司は、二物どころか何物も持っているみたいだ。

 不意に、朧月の言葉が脳裏を過ぎっていく。


「上司は、月を冠するものについて……何か知ってますか?」


「今日は随分と聞きたいことが多いようですね」


 穏やかだった空気が張っていく。

 真っ暗な闇を詰め込んだかのような瞳は、覗くほど落ちていきそうな深さだ。


 月については、聞かない方が良かったのかもしれない。

 取り消すために口を開きかけた私を、上司が目で制してきた。


「構いませんよ。いずれは知ることになったでしょうから」


 呼ばれるまま近づくと、「適当に掴まっておいてください」と話しながら、上司は軽く手を一振りしている。


 突然、視界が闇に包まれた。


 隣には上司がいるはずだが、光一つない空間に思わず手を彷徨わせる。

 服の端に触れる感触に、そのままがっしりと力を込めて掴んでおいた。


 上司はスーツのような服を着ている事が多い。

 普段であれば皺にならないよう気を遣いそうな状況だが、今の私にそんな事を考える余裕などなかった。


 隣から、呼吸が漏れるような音が聞こえてくる。


「笑ってないで何とかしてください」


「仕方ないですねぇ」


 何が仕方ないだ。

 この状況を作った犯人は、一人しかいないだろうに。

 早急に、迅速に、超特急で何とかして欲しい。


 夜でも問題なく見える視界が、今は何一つ見えないのだ。

 おそらく、扉の先のように特殊な空間に包まれている状態。

 普段の暗闇とは違い、全く見えない状況には不安も募ってくる。


 握りしめた服に、どんどん皺が増えていく。

 斜め上から、視線が向けられた気配を感じた。


 次に目を開いた時、私の視界に映ったのは見知らぬ部屋の光景だった。



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