「謀りましたね」
「おや、何のことでしょう」
じと目の私を面白そうに見ながら、上司は素知らぬふりで返してくる。
「威吹くんのことです。初めから明鷹さんに協力するつもりで、ここに連れて来させたんじゃないですか?」
「私が手を貸さなくとも、結果自体は変わりませんでしたよ。ですが、この件で
つまり、行き着く先は同じでも、上司にとってより都合のいい方を選択したと言うわけだ。
先手を打ち、
ここまで来ると、まるで──。
「もしかして、未来でも視えてたりするんですか?」
「全てとはいきませんが、それなりに視えてますよ」
今、上司、イエスって言った?
混乱のあまり、頭の中で言葉がバラバラと崩れていく。
自分から聞いておいて何だが、肯定が返ってくるとは思っていなかったのだ。
「未来が視える能力って、もはやチートに近いんじゃ……」
「別にチートと言うほどでもありませんよ。
言われてみればそうだ。
例えば少し先の未来と、かなり先の未来では、その事象が起こるまでに取れる選択肢も変わってくる。
極端な話、十秒後に事故に
そしてそれは、未来が先になるほど変わりやすい一因にもなり得ている。
「もし、同じ能力を持つ者同士がぶつかったらどうなるんですか?」
「力の強い方が勝つでしょうね。実力差がそれほどない場合については、能力を制した方が勝つこともあります」
「能力を制す……」
どの世界であっても、弱肉強食の仕組みは変わらない。
圧倒的な力は、強者を強者たらしめるものでもある。
しかし、大抵の場合は、能力を制することが勝敗に繋がると言えるだろう。
──何故なら、弱肉強食はピラミッドの形をしているからだ。
位や実力も高いうえ、能力まで貴重ときている。
どうやら上司は、二物どころか何物も持っているみたいだ。
不意に、朧月の言葉が脳裏を過ぎっていく。
「上司は、月を冠するものについて……何か知ってますか?」
「今日は随分と聞きたいことが多いようですね」
穏やかだった空気が張っていく。
真っ暗な闇を詰め込んだかのような瞳は、覗くほど落ちていきそうな深さだ。
月については、聞かない方が良かったのかもしれない。
取り消すために口を開きかけた私を、上司が目で制してきた。
「構いませんよ。いずれは知ることになったでしょうから」
呼ばれるまま近づくと、「適当に掴まっておいてください」と話しながら、上司は軽く手を一振りしている。
突然、視界が闇に包まれた。
隣には上司がいるはずだが、光一つない空間に思わず手を彷徨わせる。
服の端に触れる感触に、そのままがっしりと力を込めて掴んでおいた。
上司はスーツのような服を着ている事が多い。
普段であれば皺にならないよう気を遣いそうな状況だが、今の私にそんな事を考える余裕などなかった。
隣から、呼吸が漏れるような音が聞こえてくる。
「笑ってないで何とかしてください」
「仕方ないですねぇ」
何が仕方ないだ。
この状況を作った犯人は、一人しかいないだろうに。
早急に、迅速に、超特急で何とかして欲しい。
夜でも問題なく見える視界が、今は何一つ見えないのだ。
おそらく、扉の先のように特殊な空間に包まれている状態。
普段の暗闇とは違い、全く見えない状況には不安も募ってくる。
握りしめた服に、どんどん皺が増えていく。
斜め上から、視線が向けられた気配を感じた。
次に目を開いた時、私の視界に映ったのは見知らぬ部屋の光景だった。