「臨時的に用意した空間です。この程度なら目をつけられることもないでしょう」
上司の言葉から推察するに、どうやらここは上司が創った空間らしい。
全体的にモノトーンで落ち着いた部屋は、シンプルながら洗練された雰囲気が漂っている。
「これも能力の一つなんですか?」
「能力というよりは、神としての権能と言った方が近いかもしれませんね」
神の権能ならば、死神にも使えていたはずだ。
だとすれば、他の死神もこうした空間を創り出すことが可能なのだろうか。
「神と言っても、一概に同じではありませんよ。力関係や派閥、出来ることも異なります。それこそ、この
「つまり、死神であってもこうした空間を創るのは難しいということですね」
ちゃっかりあの時の言葉を使ってくるとは。
本当に抜け目のない上司だ。
「死神に限らず、創り出す力を持つものはそう多くありません。無から生み出すということは、世界を創ることと同義ですから」
この場所は、上司が零から創り出した空間だ。
きっと創造主なんて呼ばれる神は、こうした空間をいとも容易く創ってしまうのだろう。
「じゃあ、現世から死界へ行く時に通る空間と、この空間は別物なんですか?」
「亜空間のことですか。あれは元々ある空間を、能力によって歪めているんですよ。空間同士を繋げたり、収納に使うこともできます。ただし、隠すのには向いていませんがね」
亜空間は隠すのに向いていない。
裏を返せば、この空間は
「現世で
「そうでしょうね」
「朧月のいた場所とここは……どこか似ている感じがします」
私の言いたいことを察したのだろう。
上司は黙ったままこちらを見つめてくる。
「朧月は自分のことを、『月を冠するもの』だと言ってました。それから、上司のことを『新月』と呼んでいました」
踏み込んだ話をしたつもりだが、上司の様子は変わらないままだ。
もしかしたら、能力で既に知っていたのかもしれない。
いったいどこまで
考えれば考えるほど、本当に謎の多い上司だ。
「月を冠するものとは、かつて死神王が迎え入れた側近たちのことを指します。それぞれが月にちなんだ敬称を持っており、死神王に次いで力のあるものたちです。名は限られたものしか呼べないので、そう称されているんですよ」
「上司って、王様の側近だったんですか? だからさっきも呼び出しを受けてたとか──」
「いいえ」
驚きのあまり口を開くも、間髪入れず返ってきた否定の言葉に、思わず目を瞬く。
「でも今……」
矛盾した話に戸惑う私を見ながら、上司は椅子に腰掛けるよう勧めてきた。
対面に座ると、少しだけ気持ちが落ち着いたように感じる。
「その話はいずれ知る時が来るでしょう。それよりも、今は優先すべきことがあります」
真面目な空気に、気を引き締め直す。
上司が何かを隠すためにこの空間を創ったのだとすれば、少なくとも気楽に聞いていい話ではないはずだ。
「今後のために、こちらを渡しておこうかと思いまして」
何もない場所に、いきなり書面のようなものが現れた。
上司は書面を手に取ると、こちらに向けて差し出してくる。
「これ、何ですか?」
とりあえず受け取ってみるも、これが何なのかさっぱり分からない。
不思議そうに見つめる私に、上司は笑みを浮かべながら言った。
「誓約書ですよ。睦月と、悪魔に関することが書いてあります」