誓約書?
悪魔?
いきなり出てきた爆弾発言に、頭の中がぐるぐると渦巻いている。
今まで悪魔と聞いて、良い事が起きた試しがない。
それに加え、身に覚えのない誓約書ときた。
複雑な気持ちで誓約書を見つめる私に、上司が詳しいことを教えてくれる。
「
「悪魔が私に、ですか?」
「読んでみれば分かりますよ」
意味深な言葉に戸惑いつつも、誓約書に目を通していく。
内容を簡潔に
この誓約書は一方的に破棄できず、誓いを破ったものには相応の罰が与えられる。
誓約者は今後一切、私に関わることが出来なくなる。
禁止の対象には誓約者の部下や配下も含まれ、破れば当人と誓約者、双方へ罰が与えられる。
ただし、私が許可を出した場合のみ、その範囲の効力は無効化される。
誓約者の署名欄には、レインと記されていた。
おそらくこれが、誓約した悪魔の名前なのだろう。
「とんでもない内容ですね。こんな一方的な誓約書で、サインに応じた悪魔がいるなんて驚きです」
「自らが最も大切にするものを
「悪魔が合理的? どちらかと言えば、欲望に忠実で自由な存在だと思ってました」
現世における常識や、それに伴うイメージは、あくまで想像に過ぎない部分が多いのかもしれない。
実際、私も死界に来るまでは、もっと殺伐とした光景を想像していた。
けれど、四季折々の風景やさまざまな建造物、出会った死神たちの姿に、想像は
「欲望を満たすという目的に対して、悪魔はかなり合理的ですよ。そういった意味で言えば、死神や天使の方がよほど非合理に当たるでしょうね」
「死神や天使のどこが非合理なんですか?」
悪魔が合理的で、死神や天使が非合理的なんて、考えたこともなかった。
悪魔は対価を受け取る代わりに、契約者の願いを叶える存在だ。
死神や天使と違い、悪魔は人間と関わることで欲しいものを手に入れる。
他よりも関わりが深いからこそ、合理的になるのだろうか。
「神とは
死神や天使は神よりで、悪魔はそうではないと聞こえる言い方だ。
「さて、そろそろ戻りましょうか」
椅子から立ち上がった上司が、視線を向けてくる。
何となく意図を察し、上司の傍へと近寄った。
服が
来る時はいきなりだったし、真っ暗で何も見えていなかった。
上着の裾を思い切り掴んでしまったが、それもあの状況では仕方なかったと言えるだろう。
見た限り、服には皺一つ残っていない。
死神のローブといい、自動で修正する効果でも付いているのかもしれない。
「どうぞ」
隣から差し出された手に、驚きで硬直する。
「えっと、何でしょうか」
「随分と悩んでいるようでしたので、こちらから手助けしたまでですよ」
どうやら、私が迷っているのに気づき配慮してくれたらしい。
茶化すような雰囲気もなく、こちらに手のひらを向ける上司を見て、自分の手を被せるように乗せた。
「今後はそれが必要になるはずです。きちんと仕舞っておいてくださいね」
反対側の手に持った誓約書を見て、上司が注意を促してくる。
扉の空間に送り込むイメージを浮かべると、誓約書は黒い霧に変わり消え去っていった。
上司は特に驚いた様子もなく、誓約書が消えたのを確認すると、軽く手を動かしている。
来た時と同じ、暗闇の空間。
違うのは、私の手が繋がれていることだけだ。
──それなのに、比べ物にならないほど安心するのは何故だろう。
悪魔との誓約書。
クリスティーナの魂。
悪魔に狙われていることも含めれば、自ずと答えは分かってくる。
このタイミングで渡したのも、何か考えがあってのことだろう。
本当に……ずるい上司だ。