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ep.30 贈るもの ─ Ⅰ / Ⅱ


 死局に戻ってきて早々、隣には霜月と美火が張り付いている。

 今回は緊急の呼び出しで来たため、終わり次第すぐに現世へ帰ろうと思っていた。


 いくら時の流れが違うとはいえ、私たちが居た場所は神楽かぐらの本家だ。

 出来る限り、早く帰った方が無難だろう。


「睦月さん、もう戻ってしまうんですね……」


「ごめんね。また会いにくるから」


 しょんぼりした美火の頭を、宥めるように撫でる。

 嬉しさと寂しさがないまぜになった表情で、美火はこくりと頷いてくれた。


「帰る前に、威吹いぶきくんの所へ寄って行かないと。まだお店にはいないのかな?」


「今回は契約だけだから、店には戻っているはずだ」


「そっか。なら大丈夫そうだね」


 霜月と共に、威吹の店へ向かう。

 当然のように差し出された手を、私もぎゅっと握り返しておいた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「睦月さん!」


 太陽のような笑顔が眩しい。

 明るく笑う威吹の周りには、爽やかな風が吹いているようだ。


「威吹くん、あの後大丈夫だった?」


「あー、まあ……それなりに。でも、入るって決めたのは俺なんで。腹は括りました」


 真っ直ぐな眼差しに、後悔は微塵みじんも感じられない。


「明鷹さんとの相性も良さそうだし、何より威吹くんのためになるといいね」


「はい、頑張ります! あ、そう言えば睦月さんって──」


「睦月」


 意気込む威吹が言いかけた言葉は、後から店に入ってきた霜月によってき止められた。


「うおっ。霜月、来てたなら声かけてくれよ……!」


「店の前にはいた」


 驚く威吹をよそに、霜月は淡々と返事をしている。


「いや、よく考えれば霜月が睦月さんから離れるわけなかったよな……。それにしても、気配くらいは出しといてほしかったけど」


 上司から連絡が届いたことで、霜月はいったん店の近くで留まっていた。

 連絡は私の方にも届いていたのだが、返事が必要な内容でもなかったため、私は一足先にお店へ入っていたという訳だ。


「もういいの?」


「うん。ただ、思ったよりも時間が押してるみたいだ」


 時間というのは、現世に戻る時間のことだろう。

 アパートからであれば急ぐ必要もなかったが、あいにく今回は場所が悪い。


「頼まれてた服なんですけど、試着してもらって問題なければ、そのまま渡せるようにしてあるんです」


 任せてくださいと笑った威吹は、私と霜月を以前の部屋に案内してくれた。

 入ってすぐ、正面に飾られた服に目が留まる。


 黒を基調としたワンピースの襟元えりもとには、銀色のラインが入っている。

 上半身や袖口にも入れられたラインは、繊細ながら美しいフォルムを生み出していた。


 胸元と袖口を留めるボタンの色は金で、まるで霜月の目を模したかのような色だ。

 膝丈ほどのスカートと、大きく入った切れ込み。

 その間を繋ぐ別の生地には、散らされた銀が天の川のように流れていた。


 ワンピースとは別にショールも用意してくれており、ローブを着ていない時はこっちを着るのも良さそうだ。


「スカートは繋ぎの部分が伸縮するので、自由度も高いんですよ。とりあえず、試着してみてもらえますか?」


 威吹は服を手に取ると、そのまま隣の部屋へ案内してくれた。

 さらりとした生地に腕を通しながら、不意に聞こえて来た声に小さく笑みを溢す。


 本来なら急がなければいけないのだろうが、威吹の嬉しそうな笑い声を聞いて、ほんの少しだけ……着替える手を緩めておいた。



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