「おおー!」
歓声をあげる威吹と、こちらをじっと見つめる霜月。
二人の様子を見る限り、問題なく着れているようだ。
サイズも丁度いいし、着心地や動きやすさもいい。
何より、落ち着いた色合いが綺麗で、現世でも着ていたいほどの快適さだ。
「威吹くんありがとう。すごく気に入った」
「そう言ってもらえて嬉しいです! 厳選した素材を使ったので、軽さや着心地もですが、耐久性も上がってるんですよ。あと、修復の糸を織り込んであるので、皺や汚れも自動で直してくれます」
何それ便利すぎる。
洗濯やアイロンが要らないなんて、夢のような服を手に入れてしまったかもしれない。
「睦月によく似合ってる。綺麗だ」
「ありがとう霜月」
溶けそうなほど甘い笑みで投げかけられた言葉に、崩れかけた平常心をすんでのところで保っていく。
相変わらず、直球で飛んでくるのが恐ろしい。
威吹が驚きと照れの混じった表情で霜月の方を見ているが、まさか霜月からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
頬が赤くなっている。
「しゅ、修復されるといっても限度はあるので、何かあればいつでも持ってきてください!」
「ありがとう。大切に着るね」
店の前まで見送りに来た威吹は、頬の赤さを残したまま手を振ってきた。
振り返そうと手を上げ、ふと思い至る。
「そういえば、支払いがまだだった気が……」
「あ、霜月から貰ってるんで大丈夫ですよ!」
威吹の言葉に思わず霜月を見る。
「俺が買いたかったから」
「でも霜月、その服は私の──」
「行こう睦月」
戸惑う私の手に、霜月の手が重なる。
優しく、けれど有無を言わせない強さで手を引くと、霜月は現世に向かう道を進んでいく。
これは何を言っても、払わせてはくれなさそうだ。
せっかく霜月が贈ってくれたんだし、ここはありがたく受け取っておいた方が良いだろう。
振り向いた先で目が合った威吹は、「またね睦月さん! あと霜月も!」と声を上げながら、大きく手を振ってくれた。
◆ ◇ ◇ ◇
現世に帰ってきた私と霜月は、
もう死神の姿であっても視ることが可能なため、霜月には姿を変えなくていいと話したのだが、どうやらまだ猫の姿でいる気らしい。
実体化して傍にいる方が、外では何かと安心するみたいだ。
膝の上で丸まった霜月を撫でながら、私は今日あったことを思い返していた。
そういえば、私に届いていた上司からの連絡は、天気に関するものだった。
「今日は窓を閉めて寝るといいですよ。現世では雨が降るでしょうからね」
それだけ書かれた簡易なメッセージ。
けれど、読んだ瞬間、私は自然とあの日の違和感が繋がっていくのを感じていた。
上司と初めて出会ったあの日、空は曇っていた。
今にも降ってきてそうな曇天と、湿った空気。
テレビではニュースキャスターの女性が、夜間に降る激しい雨について注意を促していたくらいだ。
けれど上司は、そんな空を見て「天気が良い」と呟いていた。
寝る前には窓を閉めておこう。
何故なら、今夜は間違いなく雨が降るだろうから。
あの日、夜空には雲一つなく、煌めく星々が散っていた。
美しい満月の浮かぶ空は、天気予報よりも確かな言葉を裏付けるように──夜通し晴れ渡っていた。