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ep.31 贈るもの ─ Ⅱ / Ⅱ


「おおー!」


 歓声をあげる威吹と、こちらをじっと見つめる霜月。

 二人の様子を見る限り、問題なく着れているようだ。


 サイズも丁度いいし、着心地や動きやすさもいい。

 何より、落ち着いた色合いが綺麗で、現世でも着ていたいほどの快適さだ。


「威吹くんありがとう。すごく気に入った」


「そう言ってもらえて嬉しいです! 厳選した素材を使ったので、軽さや着心地もですが、耐久性も上がってるんですよ。あと、修復の糸を織り込んであるので、皺や汚れも自動で直してくれます」


 何それ便利すぎる。

 洗濯やアイロンが要らないなんて、夢のような服を手に入れてしまったかもしれない。


「睦月によく似合ってる。綺麗だ」


「ありがとう霜月」


 溶けそうなほど甘い笑みで投げかけられた言葉に、崩れかけた平常心をすんでのところで保っていく。

 相変わらず、直球で飛んでくるのが恐ろしい。


 威吹が驚きと照れの混じった表情で霜月の方を見ているが、まさか霜月からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。

 頬が赤くなっている。


「しゅ、修復されるといっても限度はあるので、何かあればいつでも持ってきてください!」


「ありがとう。大切に着るね」


 店の前まで見送りに来た威吹は、頬の赤さを残したまま手を振ってきた。

 振り返そうと手を上げ、ふと思い至る。


「そういえば、支払いがまだだった気が……」


「あ、霜月から貰ってるんで大丈夫ですよ!」


 威吹の言葉に思わず霜月を見る。


「俺が買いたかったから」


「でも霜月、その服は私の──」


「行こう睦月」


 戸惑う私の手に、霜月の手が重なる。

 優しく、けれど有無を言わせない強さで手を引くと、霜月は現世に向かう道を進んでいく。


 これは何を言っても、払わせてはくれなさそうだ。

 せっかく霜月が贈ってくれたんだし、ここはありがたく受け取っておいた方が良いだろう。


 振り向いた先で目が合った威吹は、「またね睦月さん! あと霜月も!」と声を上げながら、大きく手を振ってくれた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 現世に帰ってきた私と霜月は、神楽かぐらにある自室でくつろいでいた。


 もう死神の姿であっても視ることが可能なため、霜月には姿を変えなくていいと話したのだが、どうやらまだ猫の姿でいる気らしい。


 実体化して傍にいる方が、外では何かと安心するみたいだ。

 膝の上で丸まった霜月を撫でながら、私は今日あったことを思い返していた。


 そういえば、私に届いていた上司からの連絡は、天気に関するものだった。


「今日は窓を閉めて寝るといいですよ。現世では雨が降るでしょうからね」


 それだけ書かれた簡易なメッセージ。

 けれど、読んだ瞬間、私は自然とあの日の違和感が繋がっていくのを感じていた。


 上司と初めて出会ったあの日、空は曇っていた。

 今にも降ってきてそうな曇天と、湿った空気。

 テレビではニュースキャスターの女性が、夜間に降る激しい雨について注意を促していたくらいだ。


 けれど上司は、そんな空を見て「天気が良い」と呟いていた。

 寝る前には窓を閉めておこう。

 何故なら、今夜は間違いなく雨が降るだろうから。


 あの日、夜空には雲一つなく、煌めく星々が散っていた。


 美しい満月の浮かぶ空は、天気予報よりも確かな言葉を裏付けるように──夜通し晴れ渡っていた。



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