降りしきる雨の中、細長い影が空を飛んでいく。
ぐねぐねとした形のそれは、とある家屋の庭園へと降り立った。
「ふう、やっと着きましたか」
黒い体は雨に濡れ、艶々とした光沢を帯びている。
蛇の悪魔──ビベレは、舌をチロチロと出しながら、家屋の方を見てため息を
「プーパ様は雨で外出を嫌がりますし、ここはわたくしが頑張るしかありませんね」
例の娘が死界から戻った気配に、ビベレとプーパは喜び
ビベレはさっそく娘の所へ行こうとプーパを誘ったが、外の天気を見たプーパが、やっぱり今日は止めておこうと態度を一変させたのだ。
説得を
人形の悪魔であるプーパは、もともと体が濡れるのを極度に嫌がるため、それを知るビベレとしても早々に諦めるよりほかなかった。
まあとにかく、ビベレは一匹でこの場所へやって来たという訳だ。
家の方から、人の動く気配は全く感じられない。
現世に住んでいる以上、娘は実体化しているはずだ。
もしかして、寝ているのだろうか。
そう考えたビベレは、じわじわと家の方へ近寄っていく。
本来、三界の存在に睡眠は必要ないのだが、死神や天使は眠ることで
特に、下位の存在であればなおさらだとも。
娘が新人の死神だと聞いていたビベレは、喜びからシューシューと音を鳴らす。
これは好機だ。
いくら死神が天敵といえど、ビベレは悪魔伯爵レインの優秀な部下である。
それなりの地位にいる自分が、新人の死神ごときに負けるはずがないのだ。
とは言え、今回はあくまで視察のようなもの。
主人が交わした誓約により、ビベレも例に漏れず、娘との関わりを禁じられていた。
この場合の関わりとは、対象への直接的な接触や、間接的な危害を含んでいる。
つまりビベレは、娘と遭遇することなく、この視察を終えなければならないのだ。
寝ているならば好都合。
壁に体を這わせたビベレは、ぴったりと閉じられた窓の向こうを覗こうとした。
ビベレが留意している悪魔の威厳というものは、今の姿から
「ふうむ。これはまるで、窓の向こうに別の領域でもあるかのような──」
悩むビベレが、再び窓に頭を近づけた瞬間。
何かが降ってきた。
「ぐえっ!」
押し潰されたビベレの口から、苦しそうな声が上がる。
上にいる何かへ視線を向けたビベレの目に、月のように輝く金が映り込んだ。
「ねっ、猫!? さっきまでそんな気配は……!」
慌てるビベレの体に、鋭い爪が食い込んでいく。
逃れようにも逃れられない状況。
ビベレの
「そこのおまえ! 無礼ですよ! わたくしは伯爵に使えし悪魔です。今すぐそこを退きなさ──」
ビベレの言葉が不意に止まる。
そう、ビベレは悪魔だ。
実体化を取らない悪魔は、現世の生き物には見えない。
そして、触れられない。
しかし、ビベレは己の力を以ってしても、自身の上に乗る存在を退かすことができないでいた。
つまり、それが意味するところは──。
「まさかおまえ……死神!?」