目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ep.33 陰る雨夜


 返事はなかったが、ビベレは確信していた。

 この猫は死神だ。

 それも、新人などとは程遠い力を持っている。


 何故あの娘の近くに、このような死神がいるのか。

 尾をびたびたと動かしながら、ビベレは必死で考えていた。

 何とかしてここから抜け出さなければ。

 そう思ってはいても、体に爪が食い込み、下手に動くことができない。


 黒猫の姿をしているのは、おそらくこの死神の能力なのだろう。 

 死神は、彼らの王にならい人型を取っている。


 悪魔とは異なり、元の魂が人であれ動物であれ、死神は自らの主と近い姿を取りたがるさがなのだ。


「こほん。そこの死神、聞こえていますか? 聞こえているなら、今すぐそこから退くように」


 消すつもりであれば、とっくに行動しているはず。

 しかし、この死神は未だ、ビベレを拘束する以外の行動はとっていない。


 気を取り直し声をかけたビベレだったが、押さえつける力は少しも変わらない。

 とにかく、視察は失敗だ。

 ここから離脱するためには、拘束をなんとかする必要がある。


 いきなり暴れ始めたビベレに、死神は警戒を強めた。

 外皮に刺さった爪が、ビベレの皮をいでいく。

 自傷とも取れる行為に、死神の拘束する手が僅かに緩んだ。


 その隙を見逃さず、ビベレは死神の拘束から逃れると、龍のように空へと急上昇した。

 地上を振り返るが、追ってくる気配はない。

 どうやら、あの死神は娘の居る場所を守っていたようだ。


 いや、正確には娘を……だろうか。

 どっと疲れた様子のビベレは、プーパの元へ戻るため空を進んでいく。


 何にせよ、逃げることが出来たのは幸いだった。

 引き裂かれたはずのビベレの体に、傷跡などは見られない。

 急速に外皮を成長させたビベレは、脱皮と共に拘束から抜け出したのだ。


「プーパ様に報告しなければ……」


 レインからの命令を遂行するためには、まずあの死神をなんとかする必要がある。

 においは既に記録した。

 今後、もしあの死神が娘の傍を離れた時は──。


 雨が降りしきる中、ビベレの姿は夜空の向こうへと消え去っていった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 悪魔がいなくなった後、霜月は睦月の居る部屋に戻ってきた。

 報告を送り終え、睦月の寝顔を静かに見つめる。


 アパートに戻ったら、霜月は少しの間、現世を離れなくてはならなくなる。

 新人今の立場を変えるために、死界へ戻る必要があるのだ。


 ほんの一時でさえ離れたくない気持ちになるほど、睦月は霜月にとって特別な存在だった。

 ──それでも、今回は任せるべきなのかもしれない。


 アパートの住民を思い浮かべ、霜月は決意を固めるように瞼を閉じた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?