返事はなかったが、ビベレは確信していた。
この猫は死神だ。
それも、新人などとは程遠い力を持っている。
何故あの娘の近くに、このような死神がいるのか。
尾をびたびたと動かしながら、ビベレは必死で考えていた。
何とかしてここから抜け出さなければ。
そう思ってはいても、体に爪が食い込み、下手に動くことができない。
黒猫の姿をしているのは、おそらくこの死神の能力なのだろう。
死神は、彼らの王に
悪魔とは異なり、元の魂が人であれ動物であれ、死神は自らの主と近い姿を取りたがる
「こほん。そこの死神、聞こえていますか? 聞こえているなら、今すぐそこから
消すつもりであれば、とっくに行動しているはず。
しかし、この死神は未だ、ビベレを拘束する以外の行動はとっていない。
気を取り直し声をかけたビベレだったが、押さえつける力は少しも変わらない。
とにかく、視察は失敗だ。
ここから離脱するためには、拘束をなんとかする必要がある。
いきなり暴れ始めたビベレに、死神は警戒を強めた。
外皮に刺さった爪が、ビベレの皮を
自傷とも取れる行為に、死神の拘束する手が僅かに緩んだ。
その隙を見逃さず、ビベレは死神の拘束から逃れると、龍のように空へと急上昇した。
地上を振り返るが、追ってくる気配はない。
どうやら、あの死神は娘の居る場所を守っていたようだ。
いや、正確には娘を……だろうか。
どっと疲れた様子のビベレは、プーパの元へ戻るため空を進んでいく。
何にせよ、逃げることが出来たのは幸いだった。
引き裂かれたはずのビベレの体に、傷跡などは見られない。
急速に外皮を成長させたビベレは、脱皮と共に拘束から抜け出したのだ。
「プーパ様に報告しなければ……」
レインからの命令を遂行するためには、まずあの死神をなんとかする必要がある。
においは既に記録した。
今後、もしあの死神が娘の傍を離れた時は──。
雨が降りしきる中、ビベレの姿は夜空の向こうへと消え去っていった。
◆ ◆ ◆ ◇
悪魔がいなくなった後、霜月は睦月の居る部屋に戻ってきた。
報告を送り終え、睦月の寝顔を静かに見つめる。
アパートに戻ったら、霜月は少しの間、現世を離れなくてはならなくなる。
ほんの一時でさえ離れたくない気持ちになるほど、睦月は霜月にとって特別な存在だった。
──それでも、今回は任せるべきなのかもしれない。
アパートの住民を思い浮かべ、霜月は決意を固めるように瞼を閉じた。