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ep.34 墓参り


 雨も降り尽くしたのか、明け方には太陽の姿が見えていた。

 庭園には妖精たちが飛び交っており、茂みの隙間からは何かのつぶらな瞳が覗いている。


「そろそろ行こっか」


 霜月に声をかけると、すぐに私の方へ寄ってきた。

 黒猫の霜月を腕に抱き上げ、私は用事を済ませるため部屋を後にした。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「姉さん、その……今から行くんだよね?」


 玄関口で声をかけられ振り向く。


「そんなに私と行きたい理由でもあるの?」


 陽向ひなたはやや緊張した面持ちをしていたが、私の問いかけに黙って一つ頷いた。


「分かった。支度が終わってるなら、このまま一緒に向かおうか」


 腕の中で、霜月がパチリと瞬くのが見える。

 安心した様子の陽向を尻目に、私はそのまま玄関の扉を開けた。


 玄関先で追いついた陽向は、「僕が持つよ」と言いながら、墓参りの用具を私の手から抜き取っていく。

 大して重くないのだが、せっかくなので任せておくことにした。


 片手で抱いていた霜月を両腕で囲い直すと、横からじっと見てくる陽向に首を傾げる。


「どうしたの?」


「あ、その……随分おとなしいんだなって。猫ってもっとこう、自由気ままなイメージだったから」


 逃げも暴れもせず、素直に抱かれたままの霜月が珍しく見えたのだろう。

 敷地内にも猫は沢山いるが、周りのことなどそっちのけで住み着いている。


 まあそれも、猫ならではの魅力なのだが。


「霜月は特別だから」


「……そっか。姉さんが言うなら、本当にそうなんだろうね」


 すんなりと受け入れた陽向は、それ以上何かを聞くこともなく、空を見て眩しそうに目を細めている。

 陽向がどう受け取ったのかは分からない。

 けれど、別にそれで良いと思った。


 きっとこの先も、陽向が特別に込められたの意味を知る日は来ないのだから──。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 墓石ぼせきの前で手を合わせる。

 両親の名前が記された墓石には、まだ鮮やかな花が添えられていた。


 神楽かぐらの一族が眠る墓には、一つとして異なる苗字は書かれていない。

 どんな形であれ、ここは神楽を名乗るものだけが入ることを許された場所なのだ。


 つまりこの先、私が両親と同じ墓に入ることはない。

 だからこそ、もう訪れる必要のない神楽かぐらに、今だけはと来ている理由でもあった。


 墓に手を合わせ終えるまで、陽向は一言も口を開かなかった。

 日差しが降り注ぐ中で、そよそよと吹く風が、供えられた花の先端を揺らしている。


 隣で寄り添っていた霜月を抱き上げると、同じように手を合わせ終えた陽向と視線が合う。


「それで、どうして一緒に来たかったの?」


「……姉さんに、どうしても伝えたいことがあったんだ」


「わざわざここを選んだってことは、他の人に聞かれたら困る話ってこと?」


 神楽の家には使用人が住み込みで働いている。

 もちろん人払いが出来ないわけではないが、陽向は未だ、神楽かぐらの人間だけが使える部屋を使おうとはしないのだ。


 当主として必要な時は使うものの、寝食を行う部屋は別に設けているらしい。

 そのためだろうか。

 内密の話をするのに、わざわざを選んだのは。


「姉さんの言う通り、二人だけで話したかったんだ。でも、この場所を選んだ理由はそれだけじゃない」


 真剣な顔つきでこちらを見る陽向からは、どこか思い詰めているような雰囲気も感じられる。

 無言で見つめ返す私に、陽向は意を決した様子で口を開いた。


「姉さんに、神楽かぐらの当主の座を返したいと思ってる」



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