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ep.49 恋のいざこざ ー Ⅱ / Ⅱ


「リーネアはどうしてここに?」


「あ……えっと……」


 霜月の方を見るリーネアに、威吹は納得した顔で口を開いた。


「霜月に会いにきたのか。ごめんな、邪魔しちまって」


「そんな……。邪魔とかでは……」


 リーネアの視線は常に霜月を見ているものの、やはり霜月が相手にする様子はない。

 黙りこくるリーネアに、威吹はどうしたものかと眉を下げた。


「そ、そういえばさ霜月! 今回は睦月さんと一緒じゃないんだな」


「……」


 その言葉を聞いた霜月の表情が、一瞬だけ寂しそうに歪む。

 無理に離れてでも、死界に戻らなければならない理由があったのだろう。


 候補生の頃のような、どこか空虚くうきょさを感じる霜月の姿に、威吹が何と声をかけようか迷っていた時だった。


「睦月って……霜月くんが組まされてる死神の名前だよね」


「リーネアも知ってたんだな。さすが情報管理課」


 情報管理課なら、睦月の情報を知っていても不思議ではない。

 威吹の言葉には答えず、リーネアは何かをこらえるように唇を引き結んでいる。


現世あっちにはいつ頃戻んの?」


情報管理課ここでの用が終わればすぐに戻るつもりだ」


「あー、なるほど……。早く終わるといいな」


 いまだ閉じたままの扉を見て、威吹はそう呟いていた。


「何で霜月くんが、現世むこうに行かなきゃいけないの……?」


「リーネア?」


 不満と怒りを押し込めたような声だった。

 リーネアは霜月に向けて、こらえていた感情を吐き出していく。


「いくら霜月くんが優秀だからって、いきなり素人同然の死神と組まされるなんておかしいよ……! の時だって、霜月くんの足を引っ張ってたじゃない!」


「リーネアいったん黙っ──」


「今、何て言った?」


 威吹が止めようとしたが間に合わず、その場に凍えそうなほど冷たい空気が流れていく。


 様子をうかがっていた死神たちからは、「終わった」「地雷踏んだぞあれ」「空気が読めないにもほどがあるでしょ……」「転職しまーす」などといった声が聞こえてくる。


「落ち着けって霜月。何か誤解があったのかもしんねぇし」


「何でそんな目で見るの……? だって、本当のことじゃない。霜月くんはこのまま死界にいる予定だったのに、睦月って死神のせいでわざわざ現世なんかに──」


 リーネアの頬を、鋭い何かが切り裂いた。

 背後の柱に突き刺さった氷の刃は、霜月の能力によって生み出されたものだ。


 無関心とは違う。

 明確な敵意と怒りのこもった眼差しに、リーネアの顔から血の気が引いていく。


「ちょ、霜月! 女性の顔に傷つけちゃ駄目だって!」


「死神にとって、性別は大した問題にならない」


「いやそうだけどさ! 睦月さんだって女性だろ?」


 睦月の名前が出たことで、霜月の雰囲気が僅かに緩まる。

 目の前で固まるリーネアに、威吹が話しかけようとしたその時──何かが勢いよくぶつかる音がした。


「霜月いる!?」


 専用ルームから飛び出してきたミントは、霜月たちを見るなりもの凄い速さで近寄ってきた。


「今すぐこっちに来て!」


 霜月の腕を握むと、ミントは再び専用ルームの中へと戻っていく。


 一瞬の出来事だった。

 残されたのは威吹と、隣で黙りこくるリーネアだけ。

 周囲の死神たちは、解散だと言わんばかりに各々の仕事へ戻っていった。


「あのさ、リーネア」


「……」


 リーネアは黙ったままだったが、威吹は気にせず話し続けていく。


「霜月のことは諦めた方がいいと思う」


「……どうしてですか」


「霜月にはもう、心に決めた相手がいるから」


 悔しそうにうつむいたリーネアは、手で顔をおおっている。

 泣いているのかもしれない。

 けれど、今の威吹にはどうでもいいことだった。


「じゃあ、俺ももう行くな」


 リーネアに背を向けると、威吹はそのまま来た道を戻っていく。


「平和が一番なんだけどなぁ」


 自宅に帰る途中、威吹は空を眺めながら、そんなことを呟いていた。



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