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ep.51 決断と反転


 思った通りの言葉に、手を握りしめる。

 私のせいで、燕や時雨を巻き込んでしまった。

 私と一緒に居なければ、こんな危険な状況に巻き込まれることもなかったはずなのに。


 アヴァリーからの圧が増していく中、話を聞いていたプーパから「えっ!」という声が上がった。


「おいプーパ。まさかお前のことまで面倒見ろってか?」


「ぷーぱになにかあれば、ごしゅじんがかなしんでしまいます!」


「そ、その通りです! 侯爵様、何卒わたくし共をお助けくださいませ……!」


「お前らなぁ……」


 プーパたちに気を取られている隙に、二人と話をする。


「燕と時雨は今のうちに逃げて」


「何言って……!」


「そうだよ睦月ちゃん! 離れるなんて嫌だよ!」


 燕がローブのそでを握り締めてきた。

 いつのまにか、怪我をした腕の痛みが幾分かやわらいでいる。


「少しだけ、治療系統の適性があるんだ。大したことはできないけど……」


「そんなことない。ありがとう燕」


 腕を見ていたためか、燕が能力で治療したことを教えてくれた。

 燕の頭をそっとでると、私は覚悟を決め、その場に立ち上がった。


 プーパを摘み上げていたアヴァリーの視線が、こちらへと向けられる。


「もういいか? この俺様がわざわざ待ってやるなんて、珍しいことなんだぜ」


「もし、私が大人しく同行すれば……二人のことは見逃すと約束してくれますか?」


「おい! 勝手に決めんな!」


「駄目だよ睦月ちゃん!」


 反対する時雨たちを見て、アヴァリーから漂う空気がだんだんと鋭いものに変わっていく。


「後ろのやつらは納得してねぇようだがな。まあ、俺様もこれ以上待つつもりはねぇからよ。三秒以内に決めろ。いいか、これが最後の機会チャンスだ」


 いくらなんでも相手が悪すぎる。

 このまま離れなければ、二人とも消されてしまうかもしれない。


 死神に、終わりはあるのだろうか。

 不意に浮かんだその言葉の答えを、私は知りたくないと思った。

 少なくとも今は、知る必要のないことだと。


 燕や時雨のことを思うなら、ここは無理矢理にでも引き離すべきなのだろう。

 けれど、二人の取った選択を、心のどこかで嬉しいと感じてしまっている。


 燕も時雨も、とっくに分かっているのだ。

 残ればどうなるかなんて、初めから理解わかっている。

 それでも、私の傍にいることを選んでくれた。


 だから私も選んだ。

 全員で生き残る道を。

 みんなでアパートに帰れる、たった一つの可能性を。


「三秒経ったぞ」


 アヴァリーの声が、やけに遠く聞こえる。


「答えは変わらずってわけか。ま、根性だけは買ってやるよ。無謀むぼうで愚かな選択だと思うがな」


 その言葉を皮切かわきりに、周りの圧が桁違いに上がっていく。

 上空にずらりと現れた槍の穂先は、全てこちら側を向いていた。


「どきな嬢ちゃん。わざわざ痛ぇ思いなんてしたくねぇだろ? 俺様も、レインみたいな趣味は持ってねぇからよ」


 口の端を持ち上げ笑うアヴァリーだったが、その直後──周囲の槍が一斉いっせいに降り注いでくる。


 最後に見えたのは、私をかばおうとして前に立つ、燕と時雨の姿だった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 爆音が鳴り響き、辺りに土煙が立ち込めた。


「ったく、遅ぇんだよ。早く決めねぇと命取りになるぞ」


 不機嫌そうに髪を掻き上げたアヴァリーは、「ま、嬢ちゃんさえ生きてりゃいいんだけどな」などと呟きながら立っている。


「わー! けむたい! つちでからだがまっくろに!」


「プーパ様! ご無事ですか! プーパ様!」


「うっせぇんだよお前ら! ほんとにあいつの部下か!?」


 やかましく騒ぐプーパたちに、空気を台無しにされたアヴァリーの怒りが落ちる。

 しかられたプーパたちが口をふさぎ、黙り込んだその時だった。


「たしかに、少し煙が多すぎるかもね」


 周囲の土煙が一瞬にして払われた。

 はっきりとした視界と、映り込む死神の姿。

 突如、猛烈もうれつな違和感がアヴァリーをおそった。


 目の前の死神は、そんなアヴァリーを見て不思議そうに首をかしげている。


 先ほどまでの死神とは、何かが違う。

 まるで、入れ物は同じなのに、中身だけが変わってしまったかのような──。


「どうしたの? そんな顔して」


 何の感情も読み取れない所は同じだ。

 けれど、明らかに違う点を挙げるとするならば……。


「何か喋ったらどうかな。わたしも、のろまは嫌いなんだ」


 そう話す死神は、アヴァリーに向けてにこりと笑みを浮かべている。

 近づいてくる死神と、視線がかち合った。


 ──そうだ。あの死神は、不思議な目をしていた。


 神秘的とも呼べるほど、綺麗な目をした死神。

 それは今も変わらない。

 変わらない……はずだった。


 中で眩しく光る星。

 表面だけは優しく笑う死神の目には、宙ではなく──紺碧が宿っていた。



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