「お前……何なんだ」
「なに、とは?」
いくらかの距離を残して、死神が足を止めた。
向かい合うアヴァリーと死神を、プーパたちが冷や冷やした様子で見守っている。
──腹の内が全く読めない。
この死神が何を考えていて、どれほどの力を持っているのか。
アヴァリーであっても読み取ることの出来ない存在を前に、異様な緊張感が走っていた。
「さっきの死神じゃねぇだろ。名前くらい名乗ったらどうだ?」
「わたしの名が気になるんだね」
優しい微笑みと、穏やかな口調。
先ほどの死神には無かった変化が、アヴァリーの警戒をさらに強めていく。
悪魔も死神も、名前を知られること自体は問題ない。
けれど極一部、名前でさえも明かさない存在がいる。
死界の
それぞれの世界の王が直接名付けた存在であり、名前を呼べるのは王と、同じ位を冠するものだけだと言われている。
つまり、もしも目の前にいる死神がその位に該当するものであった場合、名乗るのは
「軽々しく呼ばれるのは好まないが、名乗るくらいなら構わないよ。──
「……聞いたことねぇな」
「睦月が付けてくれたものだからね。良い名だろう?」
予想に反し名乗ってきた死神に、アヴァリーの警戒はかつてないほどまで高まっていた。
宝月でないとすれば、いったい何だと言うのか。
立っているだけで、アヴァリーをここまで追い詰める存在。
そんな存在がいるとしたら、宝月ほどの位でなければありえないと思っていたのだ。
「そんな名付け
「おや、おかしなことを聞くんだね。君はそれを、とうに理解しているというのに」
悪魔の本能。
鳥肌が立つような違和感に、思わずその場から飛び
直後、大量に降ってきた槍が、アヴァリーのいた場所に突き刺さっていく。
少しでも遅れていたら、今ごろ串刺しになっていただろう。
そもそも、転幽と名乗った死神がいつ槍を出したのか、それさえもアヴァリーは分かっていなかった。
腕に痛みを感じ目を向けると、深く
裂けた肉の色が
「おいプーパ! お前はその蛇つれて、今すぐここから退避しろ。ぐずぐずしてると巻き込んじまうぞ!」
「わかりました! いきますよびべれ!」
「はいプーパ様!」
プーパを乗せたビベレが空高く昇っていったのを確認すると、アヴァリーは周囲を埋め尽くすほどの槍を出現させ、転幽の方に穂先を向けた。
「悪りぃな。待たせちまってよ」
「構わないよ。わたしは君がしたことを、何倍かにして返しているに過ぎないからね」
「俺様がしたこと?」
アヴァリーは初め、何のことだと言うように眉を
納得した顔で転幽の方を見ている。
「そういや、珍しく
普段のアヴァリーであれば、速攻で片を付けていたはずだ。
アヴァリーにとって、待つという行動は苦痛でしかない。
だからこそ、珍しい行動に自分でさえも驚くほどだった。
「で、お前はいいのか? あの死神の小僧ら、一応お仲間なんだろ?」
「あの子たちには、少し眠ってもらってるよ。安全な場所に移してあるから、巻き込まれる心配もない」
「そーかよ。なら、思う存分やれるってこったな」
その言葉を合図に、大量の槍が転幽を襲った。
明らかに回避は不可能な量だ。
挑発の込もった笑みを浮かべるアヴァリーに対し、転幽は動じた様子もなく、槍越しに微笑みを返してくる。
突如、全ての槍が動きを止めた。
槍の
「マジかよ」
「さて、何倍くらいがいいかな」
驚くアヴァリーを気にも留めず、転幽は何かを考えているようだった。
ふと、先ほどの言葉がアヴァリーの脳裏を過ぎっていく。
転幽はこう言っていた。
アヴァリーがしたことを、何倍かにして返しているに過ぎないと。
考えてみれば、転幽がしたことは全て、アヴァリーが目の前の死神にしたことと同じだ。
唯一違うのは、威力が何倍にも加算されていることくらいだろう。
「おいおい、そんなんありかよ……」
周囲どころか、上空をも埋め尽くすほどの数。
圧倒的な量に、アヴァリーの口から乾いた声が
落ちてくる槍は雨の如く、
◆ ◆ ◆ ◇
ビベレは、上空を全速力で飛んでいた。
しかしその背に、プーパの姿は見えない。
あまりの速度に、雷で焼けた毛がさらに乱れることを心配したプーパが、ビベレの能力で自らを収納するよう頼んだのだ。
「ああ、何てことでしょう……! 早く魔界に戻らなければ」
レインの元へと急ぐビベレだったが、誓約書の影響を受けていることもあり、本来の力を
「ぐえっ!」
突如、ビベレの体が何かで拘束された。
体中を覆っていく氷に、為す
空中で氷漬けになるかと思われたビベレだったが、首の辺りで止められた氷に気づくと、
「睦月をどこにやった」
ぞっとするほど冷たい声に、ビベレは恐る恐る目線を上げた。
風に舞うローブと、手に握られた
一難去ってまた一難な状況に、ビベレの目はとうとう
「そそそ、それは……!」
「消されたくなければ答えろ。睦月を、どこにやった」
静かに怒り狂う死神を前に、ビベレは半泣きになりながら、睦月の居場所について口を開いていた。