「ミントに緊急で送り出されたって聞いたけど、死界での用事はもう大丈夫なの?」
「うん。あとは俺がいなくても問題ないものしか残ってない」
「そっか。なら良かった」
ソファーに腰掛けながら、霜月と言葉を交わす。
肩が触れ合うほど近い距離に、欠けていたピースが埋まっていくような心地よさを覚えていた。
「そういえば、
「……あいつが勝手に来ただけだ」
「それだけ霜月のことが大切なんだよ」
霜月の方を向くと、少しだけ長い前髪を流すように手の甲で撫でた。
透き通るような金色が、私の方へと向けられる。
「
威吹の話をした時、霜月の雰囲気がかすかに揺らいだのを感じた。
ただ、その原因は威吹ではなく、別のことにあるような気がしたのだ。
「……耳障りな
わあ、物騒。
どうやらその死神が話していた内容は、霜月にとって相当気に障るものだったらしい。
相手が誰であろうとあまり関心を払わない霜月なだけに、どんな話をしたらそんなに怒らせられるのか不思議ではあるが。
威吹の様子もどこかおかしかったことを考えると、もしかしたら
「とりあえず、色々とお疲れ様」
少し高い位置にある頭を撫でると、霜月の目がゆるりと細まっていく。
目を閉じされるがままになっている霜月の姿を見ていると、不意に満月のことを思い出した。
違うと分かっていても、霜月と満月はあまりによく似ている。
目を細める時の表情や、近くにいる時の距離感。
何より、一緒にいることが必然だと思える空気さえも。
「睦月が危ない時、傍にいれなくてごめん」
「今回のことは仕方ないよ。ミントも予想外だって頭抱えてたし、死局側からしても異例の事態だったんでしょ? 結果的に何とかなったんだから、霜月も謝るのはこれで終わりね」
霜月は悪くない。
もちろん律たちも、誰一人悪くなどない。
原因を作ったのは上司だが、元はと言えば、それだって私が弱かったせいだ。
今回の件で、情報管理課は悪魔が退いた理由を総出で調べていると聞いた。
私も何があったか聞かれはしたのだが、よく分からないと
実際、
──私にもっと力があればいいのに。
どうして自分が選ばれたのかも分からないまま、死神としての時間を過ごしている。
人間と死神の
死神としての契約期間がいつまでかは分からない。
けれど、私はこれからも
……思ってしまった。
守られるだけは性に合わない。
だから、今度は私から行こう。
呼ばれるのを待つのではなく、自分から開けに行けばいい。
たとえ扉の先に何があったとしても──私は必ず、掌握してみせる。
ふと、肩にひんやりとした感触が広がった。
肩に乗せられた霜月の頭と、閉じられたままの
霜月の頭の上に頬を当て、互いの身体で支え合うようにして寄り添う。
かすかに動きを見せた霜月には気づかない振りをして、私もそのまま瞼を閉じた。
まるで、満月がいた頃のように穏やかで、こんな日々が続けばいいのにと思ってしまうほど……温かい時間だった。
◆ ◇ ◇ ◇
「やあ睦月。今日は寝たまま来たんだね」
目を開けると、真っ先に転幽と視線が合った。
どうやら、寝ている間に無意識で来てしまっていたようだ。
転幽はこちらを見ながら、「寝心地は良かった?」なんて聞いてくる。
「寝心地?」
何のことか分からず身体を起こすと、ちょうど頭のあった位置に転幽の膝があるのが見えた。
見覚えのない長椅子。
そこに座る転幽は、機嫌が良さそうに微笑んでいる。
「膝枕……」
「正解」
隣に座り直した転幽を、何とも言えない気持ちのまま見つめる。
「一度やってみたくてね。どうだった?」
「どうと、言われましても」
「おや。もしかして照れてるのかい?」
つい丁寧な口調になってしまった。
転幽の内面は読みにくいが、今は何となく驚いているように感じた。
「睦月のそんな姿が見られるなら、もっと早くやっておけば良かったよ」
「……」
物好きだなという気持ちを込めて見つめるも、転幽の機嫌は余計に良くなっただけらしい。
全くもって解せない。
しかしそんな感情は、私の膝に乗ってきた存在によって打ち消されることとなった。
「満月」
黒く艶やかな毛並みと、美しい輝きを放つ金色の目。
甘えるように鳴いた満月の姿に、私はそっと小さな頭を撫でていた。