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ep.2 意志の芽生え


「ミントに緊急で送り出されたって聞いたけど、死界での用事はもう大丈夫なの?」


「うん。あとは俺がいなくても問題ないものしか残ってない」


「そっか。なら良かった」


 ソファーに腰掛けながら、霜月と言葉を交わす。

 肩が触れ合うほど近い距離に、欠けていたピースが埋まっていくような心地よさを覚えていた。


「そういえば、威吹いぶきくんと会ったんだってね。『死局で霜月と会いました!』ってメッセージが届いてたよ」


「……あいつが勝手に来ただけだ」


「それだけ霜月のことが大切なんだよ」


 霜月の方を向くと、少しだけ長い前髪を流すように手の甲で撫でた。

 透き通るような金色が、私の方へと向けられる。


死界むこうで何かあった?」


 威吹の話をした時、霜月の雰囲気がかすかに揺らいだのを感じた。

 ただ、その原因は威吹ではなく、別のことにあるような気がしたのだ。


「……耳障りな死神やつがいたから、どう処理しようか考えてた」


 わあ、物騒。

 どうやらその死神が話していた内容は、霜月にとって相当気に障るものだったらしい。


 相手が誰であろうとあまり関心を払わない霜月なだけに、どんな話をしたらそんなに怒らせられるのか不思議ではあるが。

 威吹の様子もどこかおかしかったことを考えると、もしかしたら一悶着ひともんちゃくあったのかもしれない。


「とりあえず、色々とお疲れ様」


 少し高い位置にある頭を撫でると、霜月の目がゆるりと細まっていく。

 目を閉じされるがままになっている霜月の姿を見ていると、不意に満月のことを思い出した。


 違うと分かっていても、霜月と満月はあまりによく似ている。

 目を細める時の表情や、近くにいる時の距離感。

 何より、一緒にいることが必然だと思える空気さえも。


「睦月が危ない時、傍にいれなくてごめん」


「今回のことは仕方ないよ。ミントも予想外だって頭抱えてたし、死局側からしても異例の事態だったんでしょ? 結果的に何とかなったんだから、霜月も謝るのはこれで終わりね」


 霜月は悪くない。

 もちろん律たちも、誰一人悪くなどない。

 原因を作ったのは上司だが、元はと言えば、それだって私が弱かったせいだ。


 今回の件で、情報管理課は悪魔が退いた理由を総出で調べていると聞いた。

 私も何があったか聞かれはしたのだが、よく分からないとにごしておいた。


 実際、転幽てんゆうと入れ替わっていたため嘘にはなっていない。


 ──私にもっと力があればいいのに。


 どうして自分が選ばれたのかも分からないまま、死神としての時間を過ごしている。

 人間と死神の狭間はざまにありながら、いつか来る別れを受け入れながら生きるなんて嫌だ。


 死神としての契約期間がいつまでかは分からない。

 けれど、私はこれからも死神かれらと共にありたいと思った。

 ……思ってしまった。


 守られるだけは性に合わない。

 だから、今度は私から行こう。

 呼ばれるのを待つのではなく、自分から開けに行けばいい。


 たとえ扉の先に何があったとしても──私は必ず、掌握してみせる。


 ふと、肩にひんやりとした感触が広がった。

 つややかな黒髪が首筋をくすぐる。

 肩に乗せられた霜月の頭と、閉じられたままのまぶたを見て、私は思わず笑みを浮かべていた。


 霜月の頭の上に頬を当て、互いの身体で支え合うようにして寄り添う。

 かすかに動きを見せた霜月には気づかない振りをして、私もそのまま瞼を閉じた。


 まるで、満月がいた頃のように穏やかで、こんな日々が続けばいいのにと思ってしまうほど……温かい時間だった。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「やあ睦月。今日は寝たまま来たんだね」


 目を開けると、真っ先に転幽と視線が合った。

 どうやら、寝ている間に無意識で来てしまっていたようだ。

 転幽はこちらを見ながら、「寝心地は良かった?」なんて聞いてくる。


「寝心地?」


 何のことか分からず身体を起こすと、ちょうど頭のあった位置に転幽の膝があるのが見えた。

 見覚えのない長椅子。

 そこに座る転幽は、機嫌が良さそうに微笑んでいる。


「膝枕……」


「正解」


 隣に座り直した転幽を、何とも言えない気持ちのまま見つめる。


「一度やってみたくてね。どうだった?」


「どうと、言われましても」


「おや。もしかして照れてるのかい?」


 つい丁寧な口調になってしまった。

 転幽の内面は読みにくいが、今は何となく驚いているように感じた。


「睦月のそんな姿が見られるなら、もっと早くやっておけば良かったよ」


「……」


 物好きだなという気持ちを込めて見つめるも、転幽の機嫌は余計に良くなっただけらしい。

 全くもって解せない。


 しかしそんな感情は、私の膝に乗ってきた存在によって打ち消されることとなった。


「満月」


 黒く艶やかな毛並みと、美しい輝きを放つ金色の目。

 甘えるように鳴いた満月の姿に、私はそっと小さな頭を撫でていた。



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