選んだ右側の扉は、拍子抜けするほど
吹き抜ける風から、新緑の香りが漂う。
一帯を飛ぶ蛍が幻想的な光景を生み出しており、夜の森だというのにやけに明るく感じた。
「いってらっしゃい」
転幽の声に背中を押され、扉の先へと足を踏み入れる。
どうやら、今回は一人で向かう場所のようだ。
閉じていく扉の隙間から、きらきらと輝く丸い月が見えた。
◆ ◇ ◇ ◇
木々の間に細い道が通っている。
道を照らすように飛んでいる蛍を眺めながら、月明かりを頼りに進んでいく。
突如、ぽっかりと開けた場所に出た。
目の前には立派な日本家屋が建っている。
縁側の床は月の光を反射して輝いており、開け放たれた
近づいてみるも、部屋の中には誰もいないようだった。
「申し訳ありません。お出迎えが遅れました」
不意に、斜め後ろから声をかけられた。
淡く輝く金色の髪と、エメラルドの様な瞳。
ただでさえ顔面偏差値の高い死神たちの上を行く、圧倒的な美貌。
この空間の雰囲気といい、やけに
和服に身を包み、肩に
「どうぞお好きな部屋に上がってください。すぐにお茶をご用意いたします」
「それなら、ここでもいいですか? もう少し景色を見ていたくて」
家の中へ案内しようとする青年に問いかけると、
縁側に腰掛け、蛍が生み出す灯りを眺める。
ここからだと、空に浮かぶ月もよく見えた。
「
「はい」
聞こえた返事に、思わず後ろを振り向く。
「お呼びでしたか?」
青年は運んできた茶器を近くに置くと、その横に茶菓子を添えている。
「三日月って名前なんですか?」
「三日月は敬称ですが、そう呼ばれることが多いですね。ご存知だったのでは?」
「空の月が……ちょうど三日月だったので」
隣に座った三日月が、恥ずかしそうに顔を伏せた。
何とも言えない沈黙が流れる。
「もしかして、三日月は月を
「関係があるというより、俺もその月を冠するものに当たります」
気を取りなおすように問いかけると、三日月の視線が真っ直ぐこちらに向けられた。
私が話すのを待っているのだろうか。
黙ってこちらを見つめる三日月に、気になっていた事を口にする。
「月を冠するものは、死神王の側近だと聞きました。どうして死界ではなく、
「ここが創り出した空間だということはご存知なんですね。……少し、記憶を読み取らせていただくことは可能でしょうか?」
三日月が向き合うように身体をずらしたことで、
読み取りやすいように顔を近づけると、三日月は
「な、何故……顔をお近づけに……?」
「記憶を読み取る時は、おでこを合わせるんですよね?」
「……いったい、誰が貴女にそんなことを?」
穏やかに吹いていた風がぴたりと止んだ。
辺りを飛んでいた蛍が、何かを悟ったように動かなくなっていく。
いつのまにか、三日月の手には刀が握られていた。
「三日月、いったん落ち着こう」
「いいえ。そのような不届き者は、俺が早急に始末して参ります」
わあ、物騒。
もしかして、私の周りには思考が極端なものしかいないのだろうか?
立ち上がった三日月の
「朧月だよ。前に朧月の空間で会った時、記憶を
「朧月……」
三日月の怒りが、一瞬で凪いでいくのを感じる。
同じ月を冠するものなら、何か反応も変わるかもしれない。
それに、いざとなったら朧月自身がなんとかしてくれるだろう。
そんな考えで口を開いたが、とりあえずどうにかなったみたいで安心した。
「記憶を読み取るのに、
「そうなんだ」
額に手のひらを当ててきた三日月に
霜月といい美火といい、距離感の近い死神が多かったため、感覚が
「朧月は月の中でもかなりの情報通です。こうして個々の空間にいても、ある程度は外部の情報を得ていたりします。貴女のことも、情報を得た上で最適な場所を選んでいたのでしょう」
言われてみれば、どうして朧月が
待っていたという言葉通り、私が来ることを見越してあの場所に滞在していたのだろう。
「貴女をここへ導いたのも、おそらく朧月の判断によるものかと」
「それなら、朧月のおかげで三日月と会えたんだね」
私の言葉に照れた表情の三日月が微笑む。